1-9 成し遂げなさい 昨日の敵は明日も敵

「星霊戦隊ブレイブレンジャー?」

「うん、それのハートピンクね」

「ピンキーハートと被ってるじゃないの」

「うっ……だってカラー選べなかったんだもん!」


 サクラはノワールに戦隊のことをかいつまんで話した。

 自分のことやサイケシスのことを主に語り、シシリィや他のメンバーのことは触れる程度にした。

 ノワールの関心はサクラが魔法少女に集中できていない理由だったので、深く問いただされることはなかった。

 それでも魔法少女と戦隊を兼任しているという事実は、ノワールすらも呆れさせた。


「あなたのヒーロー中毒はなんとかならないわけ?」

「なっ……わたし、そんなんじゃないよ!」

「時間と命を削ってまでヒーローかけもちしてるような人がよく言うわね」

「言わせておけば……!」

「べつにあなたに言わせてもらってなんかないわ」


 サクラの拙い反論ではノワールに完膚なくやり返されてしまうので、悔しいながらも黙るしかなかった。

 ノワールは露骨に溜息をついて、やれやれとすました顔でサクラを煽った。


「ずっとわたしに勝てないくせに、余計な苦労を背負ってんじゃないわよ」

「それはノワールが大抵、戦闘後に出てくるからじゃないの!?」

「……サシで戦ったこともあるでしょう」

「最後にまともにやったの二年くらい前だけど」


 サクラとノワールの出会いは、魔法少女になった一年目の夏頃である。

 中学一年生だったサクラの前に突如として現れたノワールは、今よりもだいぶ荒んでおり、こんな風に話すことは想像もつかなかった。

 その年の冬までは定期的にバトルもしていたのだが、二年目からは現在のような関係が続いている。


「何よ、今ここで決着つける?」

「む、無理無理! もっと体調が万全なときに改めて!」

「……情けなくて泣けてくるわね」


 ノワールは呆れ顔で呟いた後、サクラを慈しむような視線を向けた。


「あなたが何をしようと勝手だけど、そんな有り様じゃ困るのよ」

「ノワールには関係ないでしょ」

「ライバルが雑魚じゃあ、つまらないじゃない」

「な、何を勝手なこと――」


 食ってかかろうとしたサクラを人差し指で押し返し、ノワールは不敵に笑った。


「だから、手を貸してあげる」


 予想外の言葉に驚き、言葉を失ってしまうサクラ。

 ぽかーんと口を開けたままでいると、ノワールが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「……だって、ノワールがそんなこと言うなんて」


 サクラはこれまでもノワールを改心させようと説得を試みたことがあった。

 しかし、サクラと戦うこと自体が目的である彼女には響かず、何度も失敗に終わっていた。

 ノワールは驚くサクラを見て、少し顔をそむけながら言った。


「今日だけよ。明日からはまたお互いに敵同士」

「えっ、そんなぁ!」

「昨日の敵は今日の友って言うでしょ。じゃあ、明日は敵よ」

「そのことわざ、そういう意味かなぁ!?」


 サクラは意気消沈して肩を落とすが、ハッと嬉しそうに顔を上げた。


「明後日は助けてくれるの?」

「……あなたのそういうとこ、ときどき感心させられるわ」


 はぁーっ、と重く息を吐きながら、ノワールが一冊の手帳を取り出した。

 ポイっと投げられたそれをサクラは慌ててキャッチし、ノワールの意図がわからないままに手帳を開く。

 だが、手帳は真新しい白紙のページばかりで、有益なことは何も書かれていなかった。


「何これ、なんも書かれてないよ?」

「当然よ。これから書くんだもの」

「……何を?」

「問題とその解決法」


 ノワールは手帳の一ページをつついて、高説を垂れるような口振りでサクラに問いかけた。


「よく考えて御覧なさい? あなたはすでに学生と魔法少女をやっているのよ。

 そこに戦隊を足したら三つよ、三つ。二足のわらじどころじゃないわ」

「足が三本じゃないと無理だね?」

「そんなのただの妖怪じゃないの……そうじゃなくて」


 ノワールは話が進まないと判断したのか、諦めたような溜息をついて説明する。


「まずは問題をすべて紙に書きだしなさい。

 頭の中でふわふわさせとくより、紙面に情報を固定させたほうがわかりやすいでしょう」

「も、問題がありすぎて何から書いていいやら」

「じゃあ今、困ってるのは?」

「えっと……戦隊メンバーの不参加に、パラノイアも放っておけないし、サイケシスの動向も気になってて」

「はい、それを書く」


 教師の指導みたいにビシッと言われて、サクラは若干戸惑いながらもせっせと書き起こした。

 改めて字面で問題を見せつけられると、不安がありすぎてめまいがしそうである。


「わたしからも指摘させてもらうと、あなたの体調面も問題ね。

 魔法少女はおろか、私生活にも影響が出ているんじゃない?」

「うん、まぁ……」


 日中ぼーっとすることが多くなり、寝ても疲れがしっかり取れない。

 そのくせ、パラノイアとサイケシスの両方と戦うわけなので緊張感は絶えない。

 戦隊の悩みも尽きないので、体力だけでなく心までへとへとである。


「次に目標ね、最終的にどうしたいの?」

「えっ、えっ? せ、世界平和?」

「デカすぎるわよ。分割しなさい」

「それじゃあ、パラノイアとサイケシスをやっつける!」

「そんなところね……これでゴールがはっきりしたわね?」


 サクラはうーんと首を捻った。

 当たり前のことを再確認させられただけのような気がしてならないが、意味があるのだろうか。

 恐らく顔に出ていたのだろう。ノワールが不敵な笑みを浮かべた。


「さっき挙げた現状の問題からゴールに辿り着くには?

 戦隊メンバーが不参加で、パラノイアとサイケシスを倒す……何が不足?」

「え……戦隊メンバー?」

「そうね。あとは、あなたが一人でも強くなるというのもあるけど現実的じゃないわ」


 辛抱強くメモを取り続けていたが、サクラはとうとう声を上げた。


「ねぇ、こんなのわかってたことだよ」

「……じゃあ、最初から書けばよかったじゃない」

「それは……」


 サクラは反論しようとして、反論できないことに気付いた。

 わかってるなら書けばいい、というのは至極当然のことで、そこに反論の余地はない。

 そう感じた途端、頭が真っ白に――クリアになっていった。

 不思議な感覚にサクラがついていけないでいると、ノワールが愉快そうに微笑んだ。


「今までのは、あなたのもやもやを問題文にするだけの作業よ。すっきりした?」

「……うん」

「人ってのは頭だけで考えていると、解決できることも解決できないことがあるのよ。

 特に一人で考えているときはね」


 頭の中で繰り返されていた困惑の「どうしよう」が、手帳に書きだしただけで思索の「どうしよう」に変わった。

 紙面に焦りや不安までは書けないからこそ、明確化した問題にやっと冷静になれた。


「ノワールってすごいんだね」

「当然でしょ? でも、これからが本題よ」


 ノワールはサクラの横から手帳を覗きこむと、さきほど挙げた問題点を示した。


「戦隊メンバーの不参加はわかりやすい課題として――

 パラノイアとサイケシス、この二つの敵に対処しなくてはならないというのは、魔法少女と戦隊の両立問題ね」

「そうだよ、身体がいくつあっても足りないよ」

「それが過労の原因とすれば、更に両立問題の原因は戦隊メンバーの人員不足につながるわね」

「結局そこなんだね……」


 サクラががっくりと肩を落とすと、ノワールは容赦なく追い討ちをかけてくる。


「わたしからすれば一人二役が根本的原因な気がするけどね。

 戦隊メンバーの不参加は対症療法的な解決にしかならないわ」

「うぅ……酷い」

「戦隊メンバーの参加率を上げることと、ヒーロー活動の両立は分けて考えましょう。

 手始めに、どうしてメンバーは戦隊に参加しないのかしら」


 戦隊に参加して戦わない理由、大概はサクラが直に聞いていることだ。

 ダイチは私生活、メイカはお嬢様、イズミは――よくわからないけど、それぞれに戦隊よりも優先すべきものがあるからだろう。


「戦隊より優先することがあるから、かなぁ」

「あなただって魔法少女を優先したいでしょう」

「えっ? いや、まぁ、どっちも大事だし……」

「べつにそこははっきりしなくていいわ、要はバランスよ。

 優先事項の比率を下げるか、戦隊活動の比重を軽くするの」


 いまいち具体的でない表現にサクラが固まりかけていると、ノワールが見越したように例を挙げた。


「あなたで言うなら魔法少女の活動をもっと効率化させて、戦隊活動に余裕を持たせるのよ」

「どうやって?」

「そこは自分で考えてほしいけど、一つくらいはヒントをあげる。

 パラノイアは基本的に午後しか出ないわ」

「……あっ」


 サクラは以前にまとめた敵組織の出現記録ノートを思い出した。

 パラノイアは平日午後や休日、サイケシスは午前午後、休日関係なく出現する。

 その情報をノワールに伝えると、何やら得意げな顔をしていた。


「あなたにしてはやるじゃない?」

「う、うん。ノワールみたいに紙に書きだしてまとめたほうがいい、って教えてくれた友達がいたんだ」

「へぇー……」


 何故だかご機嫌のノワールに怪訝な視線を向けるサクラ。

 ノワールはひとしきりニヤニヤすると、改めて情報を吟味し始めた。


「パラノイアが午後に出るのは、わたしの都合に合わせてるからよ」

「わたしが言うのもなんだけどさ。それ言っていいの?」

「今更でしょう。それに絶対じゃないわ。

 パラノイアとは協力関係なだけで仲間じゃないもの」


 あまりにあけすけな悪の魔法少女に、段々とこれでいいのかと思い始めるサクラ。

 一方ノワールは気にする素振りもなく、サイケシスの分析に移っていた。


「サイケシスは時間帯関係なく出る……本当?

 わたしが知っているのは、この前の戦闘中に出た一件だけだけど」

「郵便ポストヤングレーのときだね。

 いやぁ、大抵は戦闘後にテレパシーでキャッチが入って連戦なんだけど、参っちゃうよね」

「電話じゃあるまいし……逆はないの?

 パラノイアと戦う前にサイケシスと戦う日は?」

「あるよ。朝だから遅刻ギリギリになるし、一時間目の授業は眠くて眠くて……」


 サクラが照れくさそうに話すと、ノワールは神妙な顔つきで黙り込んだ。


「な、何?」

「朝の通学前に、放課後、それも夕方過ぎねぇ……」

「それがどうしたの?」

「共通点があるんじゃない?」


 ノワールが呟くのを聞いて、サクラは人出の多い時間帯だと直感で思った。

 サイケシスの出現時間は人出の多い時間帯、場所は駅前や交差点。

 対してパラノイアは広々とした空き地や川原などが多く、人通りはさほどない。


「……そうか、心のエナジーを奪うために」

「なるほどね。通勤通学の時間帯を狙ってるわけね」


 パチン、パチンと整理されたサクラの脳内でピースがハマっていく音がする。

 一見、無作為に思えたサイケシスの出現パターンが光に照らし出され、読めるようになっていく。


「パラノイアもサイケシスも目的がある以上、出てくるパターンがあるんだ」

「良い発見じゃない。これでもっとうまく戦えるようになるわ」


 様々な条件が露わになっていくにつれて、サクラは絡まっていた思考が解けていくのを感じた。

 どんどんと目の輝きを取り戻していくサクラを見て、ノワールはどこか嬉しそうにしている。


「他人が自分の都合を考えてくれないなら、あなたが他人の都合を考えるしかない」

「……うん」

「それは仲間でも敵でも同じよ。

 悪役らしいアドバイスをあげましょうか――自分を信用しなさい。

 自分以外は他人だし、手っ取り早く動かせる人間は自分なんだから」


 それはちょっと独断的のような気がしないでもないが、サクラは小さく頷いた。

 ノワールは調子づいたのか、サクラの私生活にも口を出し始めた。


「あとは早寝早起きすることね。

 朝早く起きるだけで一日のパフォーマンスが変わるわ」

「が、頑張るね……」

「それに勉強は授業中に済ませなさい。家庭学習なんてしてる暇ないんだから」

「ええっ、授業中に寝てる暇ないの!?」

「……何か言ったかしら?」

「な、なんでもないよ!」


 ピキッと表情を凍りつかせたノワールにビビったサクラは元気よく誤魔化した。


「時間の使い方はわかったけど、仲間の説得手段はどうしようか?」

「ヒントは一つと言ったはずよ。

 どうせ、わたしはあなたの『仲間』をよく知らないし」


 仲間、と言った部分に少しトゲを感じたサクラだったが、ノワールは素知らぬ顔をしていた。

 早々に去る気配を見せるノワールに、サクラは呼び止めるように問いかける。


「どうして助けてくれたの?」


 振り向いたノワールが考えるように視線を落とし、フッと軽い笑みを浮かべた。


「おかしなことを言うのね。わたしは無責任に口出ししただけよ」

「そんなこと……でも、ありが、んん!」


 ぐいっと手を伸ばして口をふさぐノワール。

 面喰ったように目を瞬かせるサクラに、満足気な顔で口元を歪ませる。


「聞かなかったことにするわ」

「わふぁったから、もう……」


 口をふさぐ手を振り払いながらサクラが文句をとばすと、ノワールはスッと宙に浮いて転移魔法をかけ始める。

 何も無い空間におなじみの黒い裂け目が開き、ノワールの身体が半分沈んだ。


「パラノイアを抑えるのも限界があるわ。

 手助けはここまで、あとは一人で頑張ることね」

「えっ、そんなことまで……うん、わかった。でも、大丈夫かな」


 だいぶ気力を取り戻したサクラだったが、まだ思わず弱音がこぼれる。

 そんなサクラにノワールは檄を飛ばした。


「あなたならできるわ、というか、成し遂げなさい。

 だって、このわたしのライバルなのよ?」


 応援なのかよくわからないメッセージを残して、空間の裂け目が閉じていく。


「なんかムカっとくる言い方だなぁ」


 消えゆく背中に向けてチクリと言葉を刺したサクラは、ノワールの気配が完全に消えてから、一言付け加えた。


「……ありがとう」


 サクラは書き込みだらけの手帳をギュッと握り締めた。



     + + +



 ラベルの貼られていない瓶が散乱し、紙の束が机に山積する研究室のような部屋。

 大柄の体躯に合わせた頑丈そうな椅子に座り、オーバードは苛立ちを露わにしていた。


「……なんの用だ、ホロウ」

「催促だよ。ここに来る時点でわかるんじゃない?」


 薄汚れた白衣の大男、オーバードと顔のない仮面をつけた子供、ホロウが話している。

 お互いに好き勝手な態度と格好で視線すら合わせず、ホロウは転がる瓶を面白そうに眺めていた。


「エナジーの供給が途絶えて、残量が目減りしていってる。

 この星の心のエナジーは質がいいから我慢してるけど、そろそろ怒り出すよ?」

「……すでに戦闘員(ノロイーゼ)の数は増やした、あとは時間の問題――」


 ガシャン、と瓶が割れる音がして、薬品が床に広がる。

 煙とともに焼けつくような音と臭いが部屋に充満した。


「こっちも時間の問題なんだよ、オーバード。

 失敗しないように確実にやるのはいいけど、早くしないと成功する前にお役御免になっちゃうかもね」


 ホロウの足元には割れた薬瓶が散らばっていた。

 オーバードは鬱陶しげにホロウを睨みつける。


「なら邪魔しに来るんじゃねェ!」

「はいはーい」


 ホロウが煙のように去っていくと、床を焦がしていた薬品臭は跡形もなく消えていた。

 オーバードは腹立たしげに一つの薬瓶を掴むと、ふたを開けて一気に飲み干した。

 空になった瓶を床に捨てて、オーバードはおもむろに立ち上がる。


「……戦力の過剰投与はよくない結果を引き起こしかねないが」


 オーバードの呼吸が激しく、荒くなる。

 苦痛に胸を押さえながらも、どこか楽しげな声を漏らした。


「オレが直々に診てやるか」

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