八百細様 第8話


 鬼目とミズキが八通芽町に到着したのは、如月たちが到着した当日の夜だった。鬼目たちが来ないうちは、細田の宿でゆっくりとくつろぐ算段を立てていた如月と弥生は、入り口でクライアントの姿を見て面食らっていた。


「随分と早い到着だな」


「ええ。我々の到着が遅れた分だけ、如月に支払う報酬が増えてしまいますから」


「石櫃の方は上手くいったんですか?」


「バッチリ!! 鬼目さんが金と権力で浅上教授を叩いたら、あっけなく撃沈したよ」


「……恐ろしい話だな」


「フフフ。如月も私を敵に回さないよう、お気を付けください」


 冗談なのか本気なのか分からない言葉を鬼目が言うと、奥から細田が現れ鬼目を二階の開いている部屋へと案内する。


 その後は如月の部屋に集まる手筈となり、夜が更ける頃に全員が集まって八百細様についての報告会となった。


 如月は昼の間に入手した八百細様についての文献を皆に見せながら、重要な点をかいつまんで話す。


「……という事で、八百細様と空亡を同一視させる計画は難しいだろう」


「豊穣の神や細の集合という側面……確かに従来の空亡とはかけ離れた要素が強すぎますね」


 鬼目も報告を聞いて、如月と同じ意見を持ったらしい。


「空亡と同一視させる存在はもっとメジャーな存在の方がいいんじゃないのか? こんな辺境の地のローカルな神様なんて、同一視させた所で得られる存在承認は雀の涙だろ。他に候補は無いのか?」


 このまま鬼目が八百細様の事を諦めてくれれば、楽に報酬が得られる。八百細様と対峙するリスクも無くせる。そう考えた如月は、鬼目が他の候補を選択するよう誘導する。


「そうですねぇ。他の候補も無い訳ではないですが……最後に八百細様の姿を確認してから判断を下す事にしましょう」


「姿って……さっきの話を聞いていたのか? 山の中腹に設けられた柵の中に入ったものは無条件に取り殺すのが八百細様の特性なんだぞ」


「危険は承知の上。その為に如月を呼んだのですから」


「……死んで来いってか?」


「フフフ。冗談ですよ」


 鬼目は持ち込んでいた鞄から、最近よく見かけるようになった機械を取り出す。


「……ドローンか?」


「左様。これで撮影できるか試してみましょう」


「神様を空撮ってか。そんな事できるかね」


「さあ。ただ、ここまでの情報だと八百細様は神様というよりは厄介な隣人という要素を強く感じます。もしも八百細様が、我々の想像するような存在でない場合、カメラに収める事が出来ると思われます」


「もし八百細様が想像通りの超常的な存在だったらどうする?」


「その時は予定通り、如月に出張って頂きましょう。もしもイメージ通りの神様ならば、命乞いに一言二言は言葉を交わせるでしょうし」


「……ゾッとしない話だ」


 ---------


 翌日、荷物をまとめて宿をチェックアウトする事になった。足細山に入るにあたり、何か予期せぬ事態に陥った際、そのまま逃げても怪しまれぬよう、八通芽町との関係を断ち切っておきたかったのだ。


「娘さんにもよろしくお伝えください」


 如月が社交辞令に言うと、細田は顔をしかめる。


「娘ですか?」


「ええ、昨日ここの表で遊んでいて、声を掛けられたんです」


 まさか深堀されるとは思っておらず、これは墓穴を掘ったかと如月は内心後悔する。しかし、細田は予想外の事を口にした。


「私は未婚ですし娘もおりませんが?」


「ええ? でも細田ベニコとうい子供が……花子という姉も居ると話していましたし……」


 細田は猜疑の目で如月を見る。


「花子は私です。それに妹は二十年以上前に……」


「……何かの勘違いでした。失礼します」


 挨拶も早々に、如月はその場を後にする。他の面々は既に宿の前に居らず、先に集落を降りて鬼目の運転する車に乗り込んだらしい。


 代わりに宿の前に居たのは、昨日ベニコと名乗った子供だった。


「……気づいた?」


 如月は少女を無視して仲間の元へと歩き始める。昨日ベニコは、姉とは死んだから話していないと言っていた。


 それは姉が死んだのではなく、自分が死んだから話さなくなったという意味だったのだ。


「八百細様を見に行くの?」


 如月が無視しても、ベニコは気にせず後をついて来る。


「これ、あげる」


 無視を決め込む如月に対して、ベニコは気にせず後をつけ、如月のコートのポケットに手を突っ込むと何かをその中に入れた。


「!?」


「お守り。バスに乗ってた人がくれたの。橋のこっち側でしか使えないけど」


「……お前は一体何者なんだ?」


「……ジュンちゃんと遊んで来るから、じゃあね」


 ベニコは如月の背後に回り視界から消える。振り返るが、姿は無い。


 ポケットに入れられた物を取り出すと、それは衣服をとめるボタンだった。ほつれた糸が絡まっている。


「……どうしたものかな」


 あのベニコという幽霊からは、悪意は感じらなかった。それでも相手は怪異である。怪異から贈られた物など、どんな呪いが込められているか分かったものでは無い。


 しかし、彼女はこの地で生まれた存在だ。もちろん、これから如月が対峙する八百細様の事も熟知しているだろう。


「まあ、そこまで気にしなくても良いか」


 楽観的な思考でボタンをポケットに入れなおし、再び歩き出す。集落を下りきると、昨日バスが走っていた道の路肩に、一台のワゴン車が停まっていた。


「如月先生遅いですよ!」


「ああ、すまない」


 後部座席の窓から顔を出した弥生に急かされ、慌てて助手席へと乗り込む。運転席に座る鬼目がフフフと気味悪い笑い声を漏らす。


「……意外だな。お前の事だから、スポーツカーとかで来ている物かと思ったぜ」


「TPOは弁えておりますよ」


「フン。いいから行けよ」


 如月が悪態をつくと、鬼目は車のエンジンをかけ走り出す。道なりに舗装された道路を行くと、やがて架橋へと差し掛かる。


 足細山は周囲を深い谷で囲まれた山だ。橋から先の道路は、そんな足細山の外周をぐるりと迂回するように舗装されている。このまま進めば、反対側の橋を渡って他県へと出られるはずだ。


 しかし今回の目的はこの足細山である。鬼目の運転するワゴン車は、外周の道路の途中で停車した。


「ここから山道に入れますね。例の柵の手前まで行って、そこからドローンを飛ばしましょう」


 一同は獣道の様な細い道を縦に並んで登り始める。こんな道を狩猟で取った獲物を担いで登るの、骨の折れる仕事だろうと考えていると、思ったよりも早く立ち入り禁止の柵へと辿り着いた。

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