八百細様 第2話


 まずは空亡計画そらなきけいかくについてお話しておきましょう。


 空亡とは、百鬼夜行絵巻の最後に描かれている妖怪です。球体のような姿をしており、絵巻に描かれる全ての妖怪を喰らう力を持っているとされています。


 という話は嘘です。空亡という妖怪は存在しません。百鬼夜行絵巻に描かれているのは朝日であり、妖怪が喰われるというのは、朝の訪れと共に夜の種族たる妖怪が蜘蛛の子を散らすように解散するという事を意味しています。


 ちなみに空亡という言葉は四柱推命しちゅうすいめい――ようは占いですね――における天中殺てんちゅうさつの別名から取られています。天が味方しない期間、厄年の別バージョンと考えて頂ければ分かりやすいでしょうか。


 もっとも空亡、天中殺は物々しい名前から誤解されがちですが、必ずしも不幸に見舞われる期間ではありません。能動的な行動が裏目に出る期間という解釈であり、実際には受動的な幸運が訪れる事は往々にしてあります。


 おっと、話が脱線してしまいましたね。弥生さんは占いの話に興味がありそうな様子ですが、空亡計画に話を戻させていただきましょう。


 先ほど説明した通り、空亡という妖怪は存在しません。しかし、全ての妖怪を喰らう力を持った最強の妖怪として、インターネットを中心にあたかも実在するかのように扱われた時期があった事は事実です。


 そこに目を付けたのが、じゅんでした。彼女は空亡を世間に広める事で実在する妖怪として具現化させ、怪異退治の鬼札として運用する事を思いつきます。


 まだ閏の仕事を手伝っていた私は、あらゆる伝手を使い、ゲームや漫画などのいわゆるサブカルチャーを中心に空亡という妖怪を登場させるよう働きかけます。当時の私が若かった事も影響していますが、若者の方が出典元を調べる可能性が低いと考えたからです。キャラクターの元ネタを調べながらゲームをするような奇特な友人なんて、私の周りには如月ぐらいしか居ませんでしたから。


 おっと、そう睨まないでください。決して馬鹿にしたわけではありませんよ。


 さて、私と閏の目論見は呆気なく瓦解しました。上手く行っていた時期もありましたが、世間には思った以上に空亡が架空の存在だと見抜く聡明な若者が多く、彼らがインターネットでその事を広めてしまったのです。


 結果として空亡はフィクションとして定着してしまいました。そうこうしている内に、閏も忌々しき黄昏の街に取り殺されてしまい、空亡計画は頓挫してしまいます。


 しかし、最近になって交流を持った怪異退治を生業にしている方々が、生前の閏と交流があり、空亡計画の存在を知っていたのです。我々はチームを組んで、その空亡計画を再び実行に移す事にしました。


 先日、弥生さんを巻き込んでしまった石櫃の件も、空亡計画の一環です。あれは存在承認の増幅器であり、本来は具現化に至らない信仰でも存在を維持させる事が可能な代物でした。


 これを使用すれば空亡を具現化させることが出来る。しかしそのためには、もうあと一歩足りません。


 空亡はもはや完全にフィクションの世界の存在になってしまったのです。つまり、心から空亡の存在を信じている人間は、ごく少数という事です。


 流石の増幅器でも、零から一を生み出す事はできません。増幅器を稼働させるための最後の一歩は、その一を見つける事なのです。


 そのためにはどうすればよいか。答えは至って簡単です。空亡と似たような怪異を見つけ出し、その怪異と空亡を同一視させる事で存在承認を奪わせ、増幅器に掛ければ良いのです。


 そこで目を付けたのが、八百細やおささ様という神様です。これは神無川かながわ足細山あしほそやまという山に祀られている土着神です。土着信仰の神様という事もあり、世間での認知は皆無ですが、逆に地元の人間からは一定の存在承認を得ています。ローカルな信仰と死者の信仰を併せ持つ八百細様は、如月のカテゴライズで言えば怪異第二種と第三種の中間に分類される存在でしょう。


 さて、問題の八百細様ですが、その容姿は丸い円を中心に八本の線が伸びた、まるで太陽のような姿をしていると言われています。そして、山の麓に豊穣をもたらす代わりに、山に踏み込む存在を襲い喰らうとの事です。その為、足細山というのは足を踏み入れてはならない神聖な場所、いわゆる禁足地になっています。


 いかがです? 円形の姿で全てを喰らう。どこか空亡の特徴と一致している部分があるでしょう。


 私はこの八百細様の正体を探るべく、足細山へ足を踏み入れようと考えております。


 しかし、ここで問題があります。この八百細様は豊穣を司る和魂にぎみたまの側面と、禁足地に踏み入れた者を喰らう荒魂あらみたまの側面を併せ持つ、典型的な二面性の神様という点です。


 ましてや、足細山に足を踏み入れるという行為は八百細様の最大のタブー。もしも八百細様が本物の怪異だった場合、まず間違いなく対峙する事になるでしょう。


 ですが、神として祀られている怪異は、往々にして人語を介する場合があります。


 もしも会話の余地があるならば、渡り合う術はあるでしょう。怪異相手にハッタリを使えれば、禁忌を犯しながらも生還できる可能性はある。


 そんな仕事に適任な人間、心霊詐欺師を自称する如月、アナタをおいて他に居ないでしょう。

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