八百細様

八百細様 第1話


 鬼目おにめが如月心霊相談所を訪れたのは、メールを返信してから数日後の事だった。


「久しぶりですね。変わらぬ様子で何よりです」


「フン。お前は変わったな。何だその長い髪は」


「イメチェンですよ。企業の重役さんや政治家さんには、魔術師っぽい容姿の方が受けがいい事が分かりまして。いやぁ、髪を伸ばすのには苦労しましたよ」


 扉を開けるなり、如月と鬼目は挨拶を交わした。


彩華あやか先輩、やっほー」


 鬼目の背後からミズキが顔を出す。弥生は後輩の顔を見ると、表情を引きつらせて笑顔を作る。


「お待ちしておりました。応接室をご用意しておりますので、どうぞこちらへ」


 できるだけビジネスライクの体裁を保ちつつ、来客の二人を奥の部屋へ促す。


「えー、彩華先輩なんですかその態度」


「業務時間中ですので」


 クヌギに引けを取らないマイペース力を持つ後輩相手に、学校と同じ態度で接していれば、間違いなくペースを崩される。そうなっては、如月と鬼目も話しにくいだろうという、弥生なりの配慮だった。


 しかし、その配慮を無下にしたのは如月だった。


「なーにが業務時間だ。その業務時間にレポートを仕上げている奴がよく言うよ」


「なッ!」


「あっはは、彩華先輩さすが不良ですね!」


「ちょっとミズキ。今は仕事の話に来てるんでしょ。真面目にやりなさい」


「ふふふ。もっと言ってやってください。ミズキは優秀な退魔師の素質がありますが、今一つ悪ふざけが過ぎるのです」


「えー、鬼目さんまで何を言い出すんですか。私、いつだって一生懸命ですよ」


「……話をする気が無いのなら、帰ってもらおうか」


 痺れを切らした如月は、鬼目を睨みながら言った。対する鬼目は、オールバックの髪を撫でつけながら、ふぅと短いため息を漏らす。


「如月は相変わらず短期ですねぇ。まあ、いいでしょう。私も今日は仕事の話をしに来たわけですし、積もる話は後の楽しみに取っておきましょう」


 鬼目は慣れた足取りで応接室へと向かう。ムッとした様子の如月が、鬼目を追い抜かして応接室の扉を開ける。


「どうぞ」


「どうも」


 ピリピリと空気がひりつくのを弥生は肌で感じる。思わず、近くに居たミズキに対して、大人たちに聞こえぬよう耳打ちで質問する。


「……あの二人って仲悪いのかな?」


「さぁ……鬼目さん、如月さんの話を殆どしないので」


「あー、如月先生は鬼目さんの話を全くしないよ。というか、先生の口から鬼目さんの名前を聞いたのも、この前の一件の後だもん」


 この前の一件とは、ミズキが仕掛けた動く死体の件である。つまり、弥生が如月から鬼目の事を聞いたのはつい最近の事であった。


「まあ、そんな事はどうでもいいか。ほら、ミズキも入って」


 若者だけで立ち話をしていても仕方がないので、弥生はミズキを応接室に促す。既に如月と鬼目は向かい合うソファーに腰掛けていた。


 ミズキは鬼目の隣にちょこんと座る。そのタイミングで弥生は咳払いをし、調子を元に戻す。いつまでもミズキに合わせた緩い態度では話も進まないだろう。


「よろしければお飲み物はいかがですか?」


「それなら、コーヒーを頂きましょう」


「あ、私はビールで!」


「……あんた未成年でしょ」


 弥生はさっそくミズキにペースを崩され、ため息をつきながら部屋を後にする。


「早速だが、話を始めて貰おうか」


「随分と急ぐのですね。まあ、弥生さんが戻ってくるまではゆっくりしましょうよ」


「さっきと言ってることが違うな。……さては弥生にも話を聞かせたいんだな」


「ご明察」


 如月はため息交じりにかぶりを振る。


「アイツは今回の件に絡ませるつもりは無い。まだ経験不足だし、何より危険だからな」


「随分と過保護ですねぇ。それに危険と決まった訳ではありませんよ。一体どこで誰に何を吹き込まれたんですか?」


「お前の関わる仕事は大体危険だろ。今までどれだけ苦労させられた事か……」


「そうなると、尚更アナタのバックが気になりますよ。危険を取ってでも今回の仕事に関わる魅力は何でしょうねぇ。ええ、正直驚きましたとも。私はてっきり、如月には仕事を断られるものと思っていましたから」


 鬼目の察しの良さには舌を巻く。確かに如月は、今回の件を断るつもりでいた。しかし、神無カナンが足細山と閏に関りがあると仄めかしたからこそ、鬼目の依頼を受ける事にしたのだ。


 しかし、その事を鬼目には秘密にしていようと如月は考えていた。


 理由は神無かみなしカナンの存在だ。


 鬼目は閏の計画を引き継ぐほど彼女の事を心棒していた。そんな彼の前に、閏と関りがあるどころか、彼女と同じ姿の幽霊が現れたならどうなるだろう。


 神無の存在を否定し、除霊してくれるならまだいい。むしろ、彼女の存在を承認してしまった如月としては、自身で祓う事のできない幽霊を対処してくれて、願ったり叶ったりだ。


 しかし、もしも神無の存在を受け入れてしまったとしたら。ましてや、その存在と閏と同一視してしまったとしたら。


 鬼目は神無の存在を世間に認知させ、より多くの人間から存在承認を集めようとするかもしれない。


「……ある筋から、生前のじゅん足細山あしほそやまに興味を持っていたという情報が入ってな。あいつが関わっているならば、黙っている訳にはいかないだろ」


 如月は大切な部分をぼかして、今回の依頼を引き受けた理由を述べる。相手を騙す時、嘘をつくのは二流のやる事。特に鬼目の様に勘の鋭い人間相手に嘘は逆効果だ。


「ほう。それは大変興味深い。如月にも、閏と関りのあったコミュニティーとまだ交流があるのは、かつて志を同じくした同志として喜ばしい限りです」


「へっ、気持ち悪い。お前とは同志でも何でもないだろ。たまたま付き合いが長く続いただけの、腐れ縁だ」


「ふふふ。随分と下手な照れ隠しですね。心霊詐欺師の名前が聞いて呆れます」


 如月は心の中で苦虫を嚙み潰す。如月の知る鬼目ならば、その情報をもたらした人間を聞き出そうとしてくるはずだ。


 しかし、追及する様子はない。これは一体どういう事だろう。


 如月が表情を歪めたところで、応接室の扉が開く。弥生が飲み物を乗せたお盆を持って、部屋に戻って来た。


「あれ、彩華先輩。私はビールって……」


「いやいや、アンタにはこれがちょうどいいって」


 弥生は鬼目の前にコーヒーを、ミズキに前にオレンジジュースを置きながら言った。子ども扱いされた事に口を尖らせるミズキは、不服そうな表情で氷入りのグラスをあおった。


「さて、人もそろった事ですし、そろそろ本題に入りましょう」


「……」


 どこか釈然としない心持のまま、話は今回の依頼について移っていった。

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