弥生彩華の挑戦 第2話
インカレサークルとは、複数の大学で活動をするサークルの事である。その活動内容は、スポーツからボランティアまで様々だ。
しかし、弥生からするとインカレサークルの目的は、他大学の異性との出会いが大半であるイメージがあった。
これは弥生の偏見なのだが、要はいわゆるパリピである。事実、クヌギも他大学の上級生を引っ掛けていたし、彼女のそういう社交性の高さが少し苦手に思う部分もあった。
「あれ、ミズキ。もう来てたの!?」
ノワールのアンティークな扉を開き、中に入ったクヌギが声を上げる。その様子から、約束していた後輩が既に店内に居たのだろうと察しがつく。
クヌギに続いて店内に入った弥生は、隅の席でクヌギに向け頭を下げる少女を見て意外に思う。
明らかに安価な量販店の物と分かるフリースに、メンズのものと思わしきズボン。薄化粧に丸眼鏡。小柄で体のふくらみは感じられない。髪は短髪だが、弥生の様にパーマをかけている訳ではなさそうだ。
地味子。弥生は心の中でそう評価を下す。
別に女性であればファッションに気を使わなければならない、という訳ではない。むしろ、そういう生き方もストイックでカッコいいとも思う。
けれども、クヌギはインカレサークルの後輩と言っていた事と、このミズキと呼ばれた少女の容姿が結びつかなかった。どう考えても、弥生のイメージするパリピなインカレサークルからかけ離れている。
「ねえ、クヌギちゃん。私、外した方がいい?」
弥生はおずおずとクヌギに尋ねる。
「んー。なんか相談があるって言ってたけど、大丈夫じゃない?」
「それって、相談の内容によるんじゃ……」
「だったら聞いてみればいいじゃん。おーい、ミズキー。うちの友達いるんだけど、一緒でもいい?」
店内で恥ずかしげもなく大声を出す。弥生は店内からの視線がいたたまれなくなり赤面する。これだからパリピは……少しは一緒に居る人間の立場も考えて欲しいものだ。
それはミズキと呼びかけられた少女も同じだったらしく、どこかよそよそしくウンウンと頷いていた。
「ほらいいってさ。良かったね彩華」
「……」
クヌギよりもあの子の方が仲良くできそうだな、と悪態をつきそうになり抑える。そして、そのままミズキの座る席へと向かうクヌギの後を追い、弥生も席に着く。
「よいっしょ。とりあえず、紹介するね。いつも話してるうちの大親友の弥生彩華。可愛いけど怒らせると怖いから、気を付けてね」
「ちょっと待って。いつも話してるって何話してんの?」
「それで、この子がミズキ。うちのサークルの一年生で、四番のエース。ディフェンスに定評があるわ」
「……あんたのサークルって何やってんだっけ?」
「一応ボランティアサークルです」
ミズキが弥生に怯えつつ答える。見た目通り人見知りする性格なのかもしれない。
そういえば、卯月夫妻と知り合う切っ掛けになったボランティアも、クヌギが「単位貰えるからやってみれば~」と教えてくれた事を思い出した。インカレサークルと聞いて勝手な印象を持っていたが、もしかすると真面目に活動しているのかもしれない。
「あの……クヌギ先輩。四番は攻撃の要なので、ディフェンスに定評があるのはどうかと思います」
「あはは、彩華みたいなコト言うね」
「いや、そもそもボランティアサークルの攻撃って何よ!」
もう深く掘り下げないぞと心に決めていたが、ミズキの手ぬるい指摘に思わず根元から突っ込んでしまう。
「まあまあ、細かい事は気にしないで。はいこれ、さっきのノート。あっ、すいませんーん。ソフトワッフルとミルクティーくださーい。彩華は何にする?」
「……ミルクティーの分は出さないからな。コーヒー下さいー」
カウンターでマスターが苦笑している。間接照明の温かな光に満たされた店内は、アンティークな調度品に囲まれた落ち着く空間が作られていた。あまり若い学生が騒がしくしてよい雰囲気ではない。
弥生がその事に気づき赤面していると、クヌギがミズキに本題を促す。
「ねえ、ミズキの相談ってなぁに? 恋愛系? 勉強系?」
「いえ……その……」
「あー、クヌギちゃんはその二つ以外に悩みなさそう」
「むしろ、これ以外の悩みが知りたい」
「羨ましい限りだわ……」
皮肉を込めて弥生は言う。人生を極端に単純化すると、恋愛と勉強以外の悩みは無くなるのだろうか。しかし裏を返せば、クヌギ程の傍若無人でもその二つの悩みは残っているのだ。
ふと、ミズキの言葉を遮ってしまった事に思い至り、弥生は慌てて謝る。
「ええっと、ごめんねミズキちゃん。クヌギちゃんに相談があったのよね。私は邪魔にならないようにノートを写してるから、その間にごゆっくり……」
「あ、えっと……できれば彩華先輩にも聞いてもらいたいんです」
思いがけない言葉に、弥生は警戒する。勉強系の相談なら、クヌギにノートを写させてもらっている時点でお察しだし、恋愛系も自信がない。この勝気な性格が災いして、異性からはよく避けられがちだったし、そもそも恋愛にあまり興味が無い。
どちらにせよ、役には立てないだろうと言いかけた所で、クヌギが割り込む。
「あれね、複数の視点で考える事で、問題が立体的に見えて来るって事ね」
「……適当に言ってない?」
「いやいや、三人寄れば文殊の知恵って言うじゃない」
「女三人で姦しいの間違いじゃないか」
そう言ったのは、髭を生やした渋い顔のマスターだった。彼はワッフルソフトとマグカップが二個乗ったお盆を片手に携え、器用にテーブルに並べる。
「あまり他のお客様の邪魔にならないよう、お願いしますね」
「は、はい、すいません……」
恐縮して縮こまりながら赤面する弥生とミズキだったが、クヌギは気にした様子はなく、運ばれてきたワッフルソフトに目を輝かせている。
「ここであったが百年目。我が愛おしきワッフルソフト……」
「アンタねぇ……それで、何度も話ぶった切ってゴメンだけど、相談って何なの?」
「ああ、ええっと、その……」
弥生は少しイライラし始めていた。何度も話を中断させてしまったのは自分だが、思えば彼女が煮え切らない態度でモジモジするものだから、ついついクヌギと漫才を始めてしまうのだ。
しかし今ならクヌギはワッフルをナイフで切り取る作業に掛かり切っている。弥生が我慢をすれば、本題に入れるはずだ。
「ええっと……相談っていうのは、恋愛の事でも勉強の事でもなくて……強いて言えば心霊系なんですけど……」
弥生は自分の中で何かのスイッチが入ったのを自覚した。
「……詳しく話してもらえないかしら?」
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