弥生彩華の挑戦 第3話
「お二人は
「浅上教授って、あの考古学の? 噂って言われてもピンとこないけど……」
弥生の問いにミズキはこくりと頷く。クヌギはワッフルソフトに舌鼓を打っていて、話を聞く気がなさそうな様子だ。
「はい。ああ、全然知らなくても大丈夫です。普通に質の悪い怪談話なので、お二人みたいな真面目な先輩が知らなくても当然なんです」
弥生は首をかしげる。私の事はさておき、クヌギは真面目な部類に入るのだろうか?
「ええっと、その噂っていうのは、考古学の偉い先生であるA教授は、ある古墳から王族の埋葬された棺を発掘して、文化資料倉庫に置いているって言う話で……すいません、これだけだと普通の話ですよね」
「でも、その棺に納められていた死体が動く……とか?」
弥生の言葉にミズキは驚いたように目を見開く。
「正解です。どうしてわかったんですか?」
「いやぁ……適当なんだけど、棺桶にまつわる怪談話なら、声が聞こえるか死体が動くぐらいかなって」
そういえば、如月先生に講釈された吸血鬼の話の時にも、動く死体の話が挙がったような気がする。もしもこの話の動く死体がゾンビやグールみたいな要素を持っていた場合、それは第三種の怪異の可能性がある。対策には入念な下調べが必要だろう。
「話の腰を折ってごめんね。その噂の詳しい話を教えて頂戴」
「はい。その王族の棺っていうのは呪われていて、墓を暴いたA教授を恨んでいる王族が、夜な夜な蘇って文化資料倉庫を荒らしまわっているって噂なんです」
会話が途切れる。
「えっ、それだけ?」
「あ、す、すいません。噂はそれだけです」
弥生が声を上げるとミズキは怯えたように身をかがめる。やはり見た目通りに気の弱い子なのだろう。
「いや、ちょっと拍子抜けしちゃっただけ。よくある七不思議みたいなものよね。所詮は噂だし、死体が動くなんてありえないんだけどね」
「私も初めはそう思っていたんですけど、実は見ちゃったんです。その動く死体」
「……そうなの?」
ああ、これは面倒な事になりそうだな。弥生は心の中で呟く。このミズキという少女が動く死体を見たという事は、少なくとも実在する怪異である事は間違いない。何かの伝承に裏付けされている様子はないし、恐らく第二種の怪異だろう。
「見たって言うのは、ミズキちゃんが見たの? 友達が見たとかじゃなくて?」
「はい。私が見ました。浅上教授の文化資料倉庫っていうのは、東C棟とD棟の間の渡り部分にある部屋で、もともと小規模な講堂として使っていたものを倉庫にした感じのところです」
「あ、そこまで調べてるんだ」
随分と用意周到な事である。弥生は呆れ半分、感心半分に聞いていた。
「私が見たのは、夜の二十三時過ぎでした。ちょっとサークルで必要な小道具の作成に時間が掛かってしまって、その日は帰りが遅くなってしまったんです。それで、その……夜のキャンパスって、非日常って感じがしていいじゃないですか。だから校舎内を探検していこうと思ったんですよ」
「……一人で?」
「はい。一人でです」
ここには普通の神経をした人間が私しかいないのか? 弥生は心の中でそう呟いた。
「それで、浅上教授の文化資料倉庫で動く死体を見たの?」
「はい。文化資料倉庫の前を通った時に、物音がして……発情した猿でも潜り込んでるのかな、ちょっと覗いてやろうと思って、上の方に通風用の窓から中を見たんです」
あー、やっぱりこの子、変わってるわ。クヌギも大概な性格をしているが、その後輩で覗き癖のある変態とは恐れ入った。
色々とツッコミたい欲に駆られていたが、ここで話の腰を折るのもどうかと思い続きを促す。
「それで中を覗いたら死体が動いていたのね」
「はい。なんだかミイラみたいなガリガリにやせ細った人型が歩き回っていました。その時になってようやく、動く死体の事を思い出したんです。それで、中に入ってやろうと思って……」
「ちょ、ちょっと待って。中に入ろうとしたの?」
「はい。でも通風窓は小さくて体が入らないし、出入口には南京錠が掛かっていて中に入る事はできませんでした」
「ごめんね、ミズキちゃん。話について行けないんだけど、どうして中に入ろうと思ったの?」
「いやだって、死体が動くわいけないじゃないですか。アレは一体何なのか、気になって仕方がなかったんです。でも、その日は部屋に入ってそれを確認する方法が無かったので撤退しました。それで、クヌギ先輩だったら何とかなると思って」
「ん? 呼んだ?」
ワッフルソフトを平らげたクヌギが、話題に入り込んでくる。
「クヌギ先輩って、ピッキング得意でしたよね?」
「うん。得意だね」
「……ごめん、何で?」
弥生は話題について行くことが出来ない。友人の知りたくなかった一面を垣間見てしまった気がして、罪悪感を覚える。
「南京錠ぐらい、朝飯前ですよね?」
「余裕のよっちゃん」
「今晩、一緒に文化資料倉庫に行きませんか?」
うわぁ。この子、本気で動く死体の正体を探るつもりだよ。
「うん、いいよ~」
「ちょっと待ってよ。クヌギちゃんがどうしてピッキングできるのかは聞かないであげるけど、夜の校舎に忍び込むのは危ないよ。もし不審者とかだったらどうするの?」
「その時は私が何とかするので大丈夫です。これでも、結構鍛えているので」
ミズキはファイティングポーズを取ってにっこり笑う。化粧気が無くて気が付かなかったが、こうして見ると顔のパーツ自体は整っているらしく、可愛らしい印象を受ける。
しかし、本当に鍛えているのかは疑問だった。仮に鍛えていたとして、相手は怪異の可能性もある。力技で何とかなるとは限らない。
「……一応、私も行っていい?」
「彩華先輩も来てくれるんですか!? 鬼に金棒です!!」
「彩華がいるなら百人力だね。スパルタ兵のような一騎当千の働きを期待しているよ」
この二人は、格闘技を習っている訳でも、ジムに通っている訳でもない私に、何を期待しているのだろう。というか、スパルタ兵って何?
「はぁ……」
さっそく同行を申し出た事を後悔し始め、思わずため息をつく弥生だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます