続・階段を下る女

続・階段を下る女 第1話


 如月きさらぎ心霊相談所を訪れた長月ながつきから捜査報告を聞き、如月は頭を抱える。


「……つまり、私の見た女は存在しないんだな」


「それが俺たちの結論だ。お前がその女を見た日時に、周辺を監視していた組員に確認したんだから間違いない。お前も焼きが回ったな。まさか、幽霊退治のクソ詐欺師が幽霊の女に惚れ込むなんて、三文小説のネタにもなりゃしねぇ」


 別に惚れ込んでいる訳ではないのだが。しかし、否定したところで一文の得にもならないので、如月は黙り込む。


 すると、長月が四つ折りにした一枚のプリント用紙をポケットから取り出し、テーブルの上に置く。


「これは?」


「俺はここまでやる必要は無いって言ったんだけどな。華歳かさいさんが調べとけって言うんで仕方なくだ」


 如月が紙を受け取り開くと、中身は十数人の人間が記録された名簿だった。


「自殺に事故死、他殺に突然死。死因も時代もバラバラだが、この師走ビルが出来てからの五十年の間にビル内で死んだ人間の名簿だ。如月が関わっている事となると、この手の情報も必要だろうってさ」


「……恩に着る」


 明らかに師走組が関わっていそうな死亡者が混じっている事からは目を逸らしつつ、如月は礼を言った。


「それじゃ、精々頑張れよ」


 何に対する頑張れなのかは分からないが、長月はそう言い残して相談所を後にした。


 入れ替わる形で弥生やよいが受付に戻る。手に握った一つまみの塩を長月が去った扉に向けて投げつける。


「今日は華歳の使いだったんだから、そう邪険にするなよ」


「何甘い事言ってんの? あいつは敵よ」


 確かに長月の暴挙は目に余るものがある。この前も机を破壊されて困ったものだ。


「でも残念だったね。如月先生の思い人が幽霊じゃあ、手の出しようがないね」


「別に思い人って訳じゃないんだけどな」


 弥生は如月の持つ名簿を奪い取り、その中身を検め始める。


「どれどれ、この中に先生の思い人がいるのね」


「……この中に居る可能性があるだけだ。そもそも正体が幽霊と決まった訳じゃないしな」


 どうあっても、階段を下る女の事を如月の思い人として扱うつもりらしい。否定するのも面倒になり、そのまま話を進めているが、弥生といい長月といい、どうして色恋沙汰にしたがるのだろうか。


「そういえばさ。この前、幽霊が生まれるパターンは二つあるとか言ってなかったけ?」


「ん? ああ、そんな話もしたかな。ええっと、一つは……」


「生きている人間が死んだ人間の事を強く思った時、じゃない?」


 如月は記憶を掘り返す。確か弥生にきちんと説明した事は無かったはずだ。


「そんな話、したか?」


「ううん。でも、今井の件はそういう事でしょ? あれは師走組の連中が今井の事をウジウジ考えていたから、化けて出てきたんだよね。おかげで、うちは幽霊相手に仕事して大損こいた訳だし。ああ、腹立つ。あの損失も師走組に補填して貰おうよ」


「……お前、案外頭いいよな」


「褒めても何もでねぇぜ!」


 弥生は誇らしげにサムズアップする。


「それ、国によっては侮辱のサインだから、海外留学するなら気を付けろよ」


「うるせぇ、ここは日本だ! それより、もう一つのパターンって何なのさ」


「他者からの存在承認を得て発現するのが一つなら、もう一つの可能性も考えれば行きつけるんじゃないのか?」


 弥生は首をかしげる。それは答えが分からないというよりは、回答が合っているか自信のない子供のような仕草だ。


「ここは学校じゃないんだから、思いついた事を軽率に言ってもいいんだぞ」


「……自分で自分の存在を承認するパターン?」


「正解」


 弥生はイヤイヤと首を振る。


「それっておかしくない? 幽霊って事は死んでるって事でしょ。死んだ人間が自分の存在を承認できるものなの?」


「ああ、死んだ人間はそれ以上、新しい何かの存在承認はできない。死んでしまったなら……だけどな」


「それじゃあ、死ぬ前って事?」


「そうだ。自分の死後、幽霊になる事を強くイメージするんだ。そこに強い感情も必要だな。自分を死に追いやった者への恨みや憎しみ、生前の後悔、死そのものへの恐怖。それらの感情が自身を怪異として蘇らせる可能性がある」


「ちょっと待って、それでもおかしいよ。自分で死後の自分の存在承認が出来るのは分かったけどさ、それじゃあ個人による妄言……怪異第一種にしかなれないじゃん。第一種は存在承認の礎になった個人にしか認識できないんでしょ?」


 如月は感心しながら頷く。やはり弥生は頭が切れる奴だ。


「そう。だから、この段階ではまだ可能性なんだ。ここ第二種に上がり、他者に認識されるのは非常に難しい」


「難しいっていうか、不可能だよ。第一種から第二種に上がるためには、第一種の礎になった人間のが他に人に怪異の事を伝えなきゃいけないんでしょ。でも自分は死んでいるんだから、伝えようがないじゃない」


「複数人と恐怖を共有する事で、第二種に上がる事が出来る。その認識に間違いはない。だから、自分の存在の礎が自分自身の怪異が第二種になる為には、多少強引な方法に頼らざるおえない」


「強引な方法?」


「他の恐怖に相乗りするんだ。似たような要素を持つ他の第一種を取り込んでしまえばいい」


「……そんな事できるん?」


「不可能ではないだろうな。前に吸血鬼の話をしたが、その時に世界中に類似の怪異を挙げただろう?」


「グールとかキョンシーとか? あっ、そういう事か! 類似の存在を同一のものと勘違いさせれば、その存在承認を奪う事ができるんだ!」


「奪い取る、という表現は誤りだな。例えばキョンシーは中国の吸血鬼と例えられる事はあるが、キョンシーにしかない特徴は数多くある。つまりキョンシーはキョンシーで独立した怪異のままなんだ。だから、存在承認を奪うのではなく共有と言った方が正確だな」


「なるほど……それじゃあ、今回の場合は何なのさ?」


 如月はこめかみを押さえつつ苦々しい表情をする。


「……分からん」


「分からんって、如月先生はクソ詐欺師だけど怪異に関しては専門家でしょ!」


「い、いや、まだ情報が集まってないからだ。少ない情報で無理に結論を出すと痛い目に遭うぞ」


「はぁ……その情報とやらを集める策はあるんでしょうね?」


「難しいな。でもまあ、対策のプランはあるから任せておけ」


「……何でもいいけど、早いとこ解決してよね。幽霊が出るバイト先なんて、勘弁してほしいわ」


 その幽霊を含む怪異の相談所で働いている奴が何を言うか。そう言いたかったが、優秀な助手を失いたくない如月は、ぐっと堪えるのであった。

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