番外編
屋上のメリークリスマス
どうしてクリスマスを祝うのか。それは、十二月二十五日がキリストの誕生を祝う日だからである。よく誤解されているが、キリストの正確な誕生日は不明となっている。つまり、クリスマスはキリストの誕生日ではなく、キリストの誕生を祝う日なのだ。
では、なぜクリスマスの前日であるクリスマスイブを祝うのか、疑問に思ったことは無いだろうか。
答えは暦の違いにある。キリスト教で使用される協会歴では、日没と同時に日付が変わる。そのため、クリスマスイブである二十四日の黄昏が過ぎると、協会歴では二十五日という事になる。
つまり二十四日の夜である今宵は、既にクリスマス当日なのだ。
「……今日は冷えるな」
全身を貫く様な寒さに耐えながら、
見下ろす街は街灯やイルミネーションで華やかだ。家族や恋人、友人たちと思い思いに過ごす人々で賑わう反面、如月の様に孤独に過ごす人も多いだろう。
無理して大衆に迎合する必要は無い。それが如月の考えだった。決してクリスマスを楽しむ人々を僻んでの事ではない。怪異も相手にする詐欺師として、当然の心持だ。
大衆心理に流されれる事は危険だ。誤ったものを皆が正しいと言っているから信じてしまうと、真実は歪められてしまう。いくら数人が真実を叫ぼうと、数の暴力によってその声は押さえつけられる。
そして、その歪みは新たな怪異を生み出す。
だから如月は、大衆から離れた位置で
「しかし、時には歪められたままが正しい嘘もある」
如月は空を仰ぐ。
どんよりとした分厚い雲に覆われた、暗い空。普段ならば悪天候を嘆く所だが、今日ばかりはホワイトクリスマスを期待してしまう、希望の雲だ。
怪異とは人の想像が作り出した幻だ。しかし、その幻が時として実体化してしまう。
そこに善悪の概念は存在しない。全ての怪異が、人に害をなす存在ではないのだ。
妖精や人魚、天使といった怪異をイメージすれば分かりやすいだろうか。絵本を開けば一目瞭然だが、彼女たちは往々にして人々を助け、恋に落ち、家庭を築く場合もある。
もちろん、危険もある。先の卯月家では妖精に憑かれた少女に危うく殺されるところだったし、人魚も船を転覆させたり人を喰らう伝説もある。聖書の中では天使が殺した人間の数が、悪魔が殺した人間の数を上回るほどだ。
つまり善悪の概念は怪異に通用しないのだ。いや、表裏一体と言った方が分かりやすいかもしれない。長い歴史に裏付けされた怪異程、その力による恩恵とその力を恐れる記録が同時に残されるものだ。
その特徴を上手く取り入れたのが、神道だ。
神道の神には、
しかし、中には和魂の存在感のみが先行し、荒魂の存在が忘れ去られた怪異も居る。
「……今年も来たか」
どこか遠くから鈴の音が聞こえる。如月が目を凝らすと、暗雲の裂け目から不可解な存在を垣間見る。
それは、かつて子供だった全ての人々がその存在を疑わなかったモノ。そして、今の大人たちの尽力により、未だに世界中の子供たちから存在承認を獲得し続けている、圧倒的な力を持った世界最強クラスの怪異。
それが、サンタクロースだ。
サンタクロースに関する説明は、もはや不要だろう。誰もがサンタクロースと聞けば、同一の姿をイメージすることが出来る。
よく、大人たちの間でも「サンタクロースを何歳まで信じていたか」という話題が上がる。つまりそれは、かつては信じていた証左に他ならず、今も心のどこかにサンタクロースの存在を肯定する気持ちが残っている事を示している。
全人類からの存在承認を得た怪異。如月はそんな怪異を怪異第四種に分類し、一切の対策を放棄していた。第四種は人間社会に同化し、歴史や科学に組み込まれ、もはや怪異と認識すらされない場合も多い。今更対策を施す事は不可能である。
「もっとも、サンタクロースに対策なんて必要は無いのだがな」
一応、サンタクロースにも荒魂の側面はある。ブラックサンタと呼ばれる怪異は、サンタクロースの後ろを徒歩でつけ回し、プレゼントが与えられなかった悪い子供を連れ去るのだという。
しかし、これはヨーロッパ圏での話である。日本では如月の知る限り、ブラックサンタの目撃情報は無い。おそらく、徒歩という要素が足を引っ張り、ユーラシア大陸から出る事ができないのだろう。
少なくとも、如月にブラックサンタの対策を依頼されることは、間違いなくない。金にならないのなら、考えるだけ無駄である。それよりも、サンタクロースに限っては、その存在が揺らがぬよう大衆に迎合した方が有益というものだ。
「メリークリスマス」
如月は半分ほど燃えた煙草の先端を、正体不明の飛行物体へ向けて掲げる。
八匹のトナカイと動力とし空を飛ぶ、明らかに物理法則を無視したそりは、降り始めた雪の中を鈴の音を響かせながら、地平線の先にある名も知らぬ街へ向けゆっくりと降下していった。
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