妖精の住む家 第2話
「弥生は吸血鬼って知ってるか?」
「はっ? 知ってるけど、今回の件と何か関係があるの?」
吸血鬼は妖精と同様に第三種の怪異である。そのうえ、第三種の特徴を如実に備えた存在であるため、説明しやすいと考え例に出した。しかし、そんな事を知らない弥生は、なぜ吸血鬼の話が出るのかと不思議に思う。
「関係あるから話してる。じゃあ、吸血鬼の特徴を説明してくれ」
「えぇ……。血を吸う怪物で、血を吸われた人も死んだ後に吸血鬼になっちゃうんだよね。コウモリに変身したり空が飛べたりするけど、日光とか十字架とか苦手なものが多くて……杭で心臓を打てば倒せるんだっけ?」
「大体のプロフィールは合っているな。じゃあ弥生は何処でそれを知った?」
「何処って言われてもなぁ。本とか漫画に出て来るし、一般常識じゃない」
「うん、いいね。じゃあ、その一般常識はいつ頃からできたと思う?」
「知らないよ。ずっと昔じゃない? っていうか、そろそろ本題に入ってよ」
弥生は苛立ちを隠そうともせず言った。如月は肩をすくめつつ語り出す。
「ずっと昔。その認識でいいだろう。正確には、ヴァンパイアという言葉が出始めるのは十八世紀辺りと言われているが、吸血鬼にまつわる伝承は世界各地の神話に語られている。中国のキョンシー、アラビアのグール、日本にもマイナーだが
「……今回の件は妖精なんだけど」
「まあ聞け。吸血鬼は長い歴史の中で、吸血する怪物や不死の怪物、蘇りの怪物が混同され、一つの”吸血鬼”という記号で語られるようになった存在だ。誰もが吸血鬼の特徴を聞かれれば、弥生と同じように答えることが出来るだろう」
「つまり、吸血鬼は沢山の人の存在承認を得られた超強力な第二種の怪異って事?」
「認識の方向性は間違いではない。しかし現実は更に凄まじいぞ。長い歴史の中で吸血鬼が語られるという事は、過去の人々も吸血鬼を認識していたことになる。ヴァンパイアという言葉が生まれた十八世紀の人間なんて、今は生きている訳が無い。しかし吸血鬼たちは、十八世紀を生きた人々の存在承認も得ていたんだ」
「つまり……どういう事?」
「伝承に裏付けされた怪異という事だ。私はこれを怪異第三種と呼んでいる。そして第三種は、一度具現化したら認識のすり替えで存在を消滅させることは出来ない。過去に死んでいった我々の先祖たちが、吸血鬼の存在を承認してしまっているからな。これを覆す事は不可能だろう。例え吸血鬼を信じる生きた人間が一人だけだとして、その人間が存在を否定しても、一度出現した吸血鬼は消滅することは無い」
「じゃあ、妖精は吸血鬼と同じ第三種って事が言いたいのね。そりゃあ、妖精の伝説なんて世界中にあるだろうし、歴史も古いと思うし。でも、どうやって倒すの?」
「さっき弥生自身が言っていたじゃないか。吸血鬼は心臓を杭で打ち付けるか、日光の元に引きづり出せば消滅する」
弥生は考える様に首をひねる。
「吸血鬼は弱点がたくさんあるから分かるけどさぁ。今回の相手は妖精なんでしょ。妖精の弱点って何なのさ」
「そこが今回の難しい所だ。吸血鬼の様に人間に害する怪異であれば、後付けで弱点を伝承に組み込む事で対抗する方法を確立できる。しかし妖精は、存在の定義が曖昧だ。善悪すらも地域によって変わって来る。ゆえに対抗策が伝承に組み込まれることが無かったんだ。一応、鉄や人間の作り出した人工物に弱いという説もあるが、一般的ではないから効果も薄いだろう。それどころか、鉄を加工する妖精も居るぐらいだ」
「もしかして、妖精って倒すことが出来ないの?」
「倒す事は難しい。だけど、対抗策が無い訳ではない。存在の定義が曖昧ならば、その定義をこっちで決めてしまえばいい」
「それは、深春ちゃんの妖精を鉄に弱いって設定にして倒すって事?」
如月はニヤニヤと笑みを浮かべつつ首を振る。
「弥生も怪異の対抗策が考えられるようになってきたな。しかし、今回はそんな野蛮な方法は取らないさ。遅効性の毒を忍ばせて、確実に殺す。時間はかかるが、こっちの方がスマートだ。」
「……毒が回るまではどうすんのさ?」
如月は内ポケットから手帳を取り出し開く。
「善悪の定義が曖昧ならば、善に転じてしまえばいい。妖精が死ぬまで、妖精が無害なら問題ないだろう? その為には、深春って少女に話をする必要がある。今度の土曜日、その少女を私に会わせなさい。依頼料はお前のバイト代から天引きだ。特別に社割を利かせて半額で請け負ってやる。文句があるなら依頼は断るが、どうする?」
弥生は腕を組む。料金体系が頭に入っている彼女は、天引きされるバイト代を試算し、卯月夫婦との関係性を天秤にかける。
「……妖精を放置したらどうなるの?」
「その少女次第だな。さっきも言ったが、妖精は善悪が曖昧なんだ。憑りついた相手を幸せにするものもいれば、悪戯で命を奪うモノもいる。放置しても問題ない場合の方が大半だが、対策しておくに越したことは無い」
「それじゃあ、お願いするわ。私が依頼料を立て替えなきゃいけないのが癪だけど、もし深春ちゃんに何かあったら目覚め悪そうだし」
如月は頷いて、開いた手帳に予定を書き込んだ。
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