17章 願いの答え合わせ④

 世界は光で満たされていた。

 どこをみても、ペンライトの光が輝いている。覗き見るのとは違う。ステージの上は違う。

 舞台は、格別。


 駆けていた私の顔は笑っていただろう。まだスポットライトが私に当たってないから、表情はきっと皆に見えないので問題ない。

 立ち位置はオッケー。気分は高揚しても、頭の隅では冷静さも残す。

 ドラムの音が鳴り、ギター、ベースと重なる。生演奏だ。楽器の音が心を高まらせる。

 生演奏の、一度限りの豪華すぎるステージ。


 1曲目、真っ白な夢。


「この空白を埋めにいこうー」


 言葉は自然に口から出た。

 何度も練習したのだ。

 鈴のタイミングが、砂羽がどこにいるのか、見なくても、聞かなくてもわかる。

 そして、私のことも二人はわかっている。以心伝心で、わかってくれている。


 合わせる動きは、同じ動きとなる。

 砂羽は高く、鈴は低く、私は身長が中間で身長差があるが、その違いも理解した上で、一致する。

 

 同じ動きだけでない、バラバラの動きも箇所によってあるが、タイミングはバッチリだ。鏡を見ながら、映像を見ながら何度もチェックしたんだ。

 

「この気持ちを大切にー」


 楽しかった。

 歌うのが楽しかった。振り付けが楽しかった。光に照らされるのが嬉しかった。

 夢中になりながらも、楽しめる余裕があった。

 砂羽がいる。鈴がいる。お客さんがいる。黄色のペンライトだってバッチリ見えた。

 ミラさんにもこの声は届いているだろう。

 そして、瀬菜にも――。

 

 ねえ、見えているよね。届いているよね。

 私は、瀬菜とは違うかもしれない。瀬菜の方がもっと上手かもしれないし、瀬菜の方がもっと可愛いかもしれない。

 でも、瀬名灯乃だって負けていない。負けてあげない。

 頑張ってきたんだ。この日のために、夢のために。君のために、そして私のために。

 私を褒めてあげたい。褒めてくれるといいな、また会えた日に、頑張ったねと微笑んでくれるといいな。

 

 ありがとう、瀬菜。

 君のおかげで素敵な景色が見られたよ。

 ……そしてさようなら、瀬菜。

 

 瀬菜の代わりでいいと思った私は、このステージで終了だ。

 瀬菜がここにいると示せた。ミラさんと同じ舞台に立てた。セナは凄いことを証明できた。役割は果たせたんだ。


 でも、終わらない。


 私はここの舞台で終わらせないよ。夢の先が見たい。

 欲張りでごめんね。瀬菜の夢だったけど、私の夢になってしまった。瀬菜の代わりを果たすつもりで頑張っているうちに、もう私の夢になっていた。

 そして夢がまた夢を生む。

 これからは私だけの夢。

 透明だった花は色を見つけたんだ。何色にもなれるといってくれた君の言葉を忘れない。それなら私は、1番輝く光になる。

 だから、もう少しだけ待ってね。


「サマアニ、さいこー! エスノピカ最高!」

「ありがとうー、楽しかったぞー」

「セナ、この場所に立てて幸せだよ。またね、また会おう!」


  ――いつか私が消えてなくなる日まで、またね瀬菜。



 × × ×


 夢の時間は、あっという間に終わった。

 ステージから降りても興奮はおさまらず、今になって足が震えてきた。


「早すぎる―」

「わーもうー」

「なーー、うわーーー」


 言葉にならない声があふれ出る。普段は低めのテンションの鈴でさえ、混乱した様子で面白い。余韻がおさまらない。たった2曲。もっとだ。歌い足りない。


「まだまだ歌っていたい!」

「それ!」

「最高すぎた!」

「それ!」

「……歌ったんだよね?」

「歌ったよ! 夢じゃないよ!」


 夢の舞台だけど、夢じゃなかった。

 3人で笑い合う。おかしい。笑いが止まらない。

 本当に最高だったんだ。


「今までで1番良かったよね」

「二人とも、最高」

「3人全員だよ。演奏もいいしさ、お客さんのノリもいいしさ。あー今すぐステージに戻りたい」

「私達、頑張ったね」

「声が出たねー」

「踊りも切れ味抜群だった」

「スマイルもバッチリだよ。瀬名と目が合った時、その天使エンジェルスマイルでうっかり恋に落ちそうになった。ステージ上じゃなかったら危なかったよ」

「世界で1番可愛いから仕方がないね。鈴もすごい笑っていたねー可愛かった」

「テレテレ」


 感想が止まらない。一人じゃなく三人で立ったから同じ気持ちを共有したくて、止まることを知らない。


「また来よう」


 セナには3つの夢があった。

 1つ目は声優になり、セナの名前を知ってもらうことだ。

 2つ目は歌手としてもデビューし、アリーナに立つことだ。

 3つ目、憧れの声優で歌手の『千夜ミラ』と同じ舞台に立つことだ。


 私は、セナを人々の記憶に残る、永遠にするために生きていた。

 私は、最高の一瞬を手にするために生きていた。


 そう、もう過去になってしまった。

 終わらない。

 永遠と一瞬を得て、憧れに触れても、瀬菜の代わりを務めても、役目を終えても、私は欲する。


「また、アリーナに立つんだ」


 この場にまた立ちたい。

 この光景を独り占め、いや3人占めしたい。


「グループ単独で」

「うん、サマアニじゃなくてエスノピカオンリーで立とう」

「じゃあ、まずは武道館やドームを埋めないとね」


 夢を分かち合う二人がいてくれる。

 武道館やドームを埋めるなんて、並大抵のことじゃない。それでも私達ならできてしまう気がする。

 何でもできてしまう、これからの私たちに不可能はない。


 そう信じて、疑わなかった。



 × × ×


 楽屋に戻ると携帯に連絡が入っていた。


「……ミラさんから?」


 またあとで、の言葉と観客席の番号が書かれていた。

 あとで、はライブ後ということだろう。だってライブはまだ行われていて、盛り上がっている最中だ。返事をして、ライブが終わるのを待った。連絡は返ってこなかった。



 自分たちが歌い終わってからは気楽なものだった。

 最後に出演したアーティスト全員で全体曲を歌ったが、緊張はなく、1日目は無事にフィナーレを迎えた。

 


「せなー、先行っているねー」

「瀬名、お疲れ」

「二人ともお疲れ! あとでねー」


 ミラさんと待ち合わせしていると二人には言って、会場に残った。2日目、3日目を手伝うスタッフも多く、打ち上げは後日、来週に開催だ。

 ただ3人でのプチ打ち上げはこの後に行われる。今日も近くのホテルで泊まることになっており、同じ部屋で3人で集まろうという話になったのだ。きっと朝まで話は続くだろう。語ることは尽きない。


「さて」


 本番は終わったけど、もう一つの本番が待っている。

 ミラさんから連絡があったのは、スタンド席の番号だった。スタッフさんが通路にいないのを見計らって中に入る。バレたらどう誤魔化そうと考えたが、すんなりと侵入に成功した。


「広いな……」


 さっきまで盛り上がっていた会場が、静まり返っている。

 お客さんは会場からすべて捌け、撤収作業もほぼ終わり、スタッフも中にはいないようだ。ちょうど良い。大声で話すつもりはないが、これから話すことはミラさんと私のプライベートな話で他の人には聞かれたくない。

 私は、ミラさんに想いを告げる。


 ステージだけ照らされていて、観客席はほとんど照明が落ちていた。暗い。携帯のライトで照らしながら席番号を確認して進む。なんだか宝探しのようで、ワクワクした。

 あんまり残っていたら怒られてしまうだろう。でも、ミラさんに伝えたいことはたくさんあった。


 宝の在処、目的地に近づき、彼女の姿を見つけた。

 ミラさんは連絡あった席に座り、ステージを静かに眺めていた。


「ミラさん」


 私の声に反応し、こちらを見て、ゆっくりと彼女が立ちあがる。


「……瀬名」


 一緒に住んでいるのにここで会えたことが嬉しくて、泣きそうになってしまう。


「ミラさん、お話があります」


 私はミラさんに、好きと告げる。


「……私も、瀬名に話がある」


 ……ミラさんも? そう言った彼女の表情は暗くてハッキリと見えなかった。

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