17章 願いの答え合わせ⑤

 ミラさんも話があるらしかったが、私から先に話を切り出した。


「ステージ、見えますね。いまでも夢の中のようです。ここで歌えたんですよ」

「……あぁ」 

「ミラさんのライブすごかったです。今日は感情がすごい入っていて、鳥肌が立ちました」

「……そうか、感情か」


 ライブでお疲れなのだろうか。ミラさんの反応は淡白で、元気がなかった。それでも聞きたい衝動は止まらなかった。


「私のステージ、見てくれましたか?」

「あぁ、瀬名は誰よりも輝いていた」

「ありがとうございます! 誰よりも……かはわかりませんが、精一杯頑張りました」


 ミラさんが見てくれた。きちんと私の声は届いたんだ。

 嬉しい気持ちに拍車がかかる。


「私が歌う意味がわかったんです」


 意味。

 ライブをする意味、舞台に立つ意味、私がここにいる意味。


「私に、なれたんです」

「……私、か」

「お客さんの声援があって、ファンの笑顔があって、その中で懸命に歌って、踊って、頑張って、そしたら……私になれたんです。私を認められたんです。私を認めてあげれたんです。声をあげ、世界に示すことで私は瀬名灯乃になれました」


 瀬菜の夢を叶えて、役割を終え、やっと透花に戻れると思った。

 違った。もう、戻れない。

 戻りたくない。

 瀬名灯乃はこの場を欲し続ける。

 

 私はこの輝く瞬間を生きるために生まれたのだ、と悟ってしまった。夢の舞台からの景色で、気づいてしまったんだ。

 輝くことで私になれる。なりたい私になれる。私は、真の意味で瀬名灯乃になれた。

 そして、この想いはこれからも続く。私は私であり続けたい。理想の私に、夢描く私になりたい。


「私は私になるために、歌うんです。……抽象的ですかね」

「……わかるよ。私だってそうだから」


 ミラさんも同じだ。

 自己証明だけじゃない。自己実現でも、自己発見でもあるんだ。

 わかってくれて嬉しい。同じ場に立った彼女だからわかってくれる。

 

「それに今回は、瀬名灯乃だけじゃありませんでした」


 当日の楽しみと、ミラさんには事前に伝えていた。ちょっとだけワガママをいった、とあの日の夜に……あの日の夜? ノイズが混じる。上手く思い出せない。ともかく私は予告したことを形にした。

 ミラさんも私もすでに衣装を着替えていた。でも、私のワガママ、右手にしたシュシュはまだ外していない。


「見てください、このシュシュ。私が作ったんです。エスノピカの3人分つくり、私たちの一部になったんです」


 透花である私の夢を叶えてあげたんです、と私は微笑んだ。衣装スタイリストとして瀬菜を輝かせたかった、高校生の頃の私の夢を叶えてあげた。夢は別の形だが、確かに実現したんだ。


「瀬菜と透花と、瀬名灯乃が輝けたライブでした。それもこれもミラさんのおかげです」

 

 ミラさんが私を従属にしてくれたから、私のことを好きになってくれたから、演じる私のことを認めてくれたから、今の私がいる。

 だから、顔をふせないで。

 こっちを見てください、ミラさん。

 喜んでください、誇ってください。


「ありがとう。ミラさんに出会えた私は幸せです」


 私を見て、ミラ。


「……せ、せな」


 顔をあげたミラさんは、今にも泣きそうな顔をしていた。


「ミラさん……」


 立ち尽くしたままの彼女を抱きしめる。

 なんで悲しい顔をしているんだろう。もっと喜んでほしい。私をもっと褒めて欲しい。髪を撫でて欲しい。腕も少しぐらいなら噛むのを許してあげるのに。


「泣かないでください、ミラさん」


 かけた言葉とは逆に、嗚咽をもらし、その小さな身体は震えていた。


「私、夢がかなったんですよ。ありがとう、ミラさん」


 寂しくなってしまったのだろうか。引退をするのが嫌になったのだろうか。

 涙じゃなく、笑顔がみたい。ミラさんの笑顔が私はみたい。


「夢が叶った……だけじゃないんです。ミラさん、聞いてください。私は新しい夢ができました」


 新しい目標といって、いいかもしれない。


「次は、この光景をエスノピカの3人で見られるように、もっと頑張ります」


 歌い終わった後、3人の新たな目標が生まれた。

 今度は合同のライブではなく、エスノピカ単独で日本最大級の会場を埋めるんだ。


「2つ目の目標は、声優・瀬名灯乃としてこれからも生きます。両親だって認めさせます。……なんか目標じゃないですね」


 宣言みたいなものだ。

 誓い。

 瀬名灯乃としての私を両親にも見てもらいたい。瀬菜のご両親にも知ってほしい。もう逃げずに、嫌がられても向き合う。私を認めてもらうんだ。

 両親のいる岡山に一緒に行こうと言ってくれた、ミラさんの気持ちに答える。


「3つ目は」


 抱きしめていた体を少し離し、ミラさんの顔を正面からじっと見つめる。

 彼女の瞳から流れる涙を拭い、私は宣言する。


「ミラさんといたいです。引退しても私の側にいてください」


 好意を伝えてくれた彼女への返事。


「ミラさん、あなたの恋人にしてください」


 私の気持ちを、たどり着いた答えをミラさんに告げる。


「私はミラさんが大好きです」


 同じ答えを願って、私は微笑んだ。

  



 × × ×


 残酷だ。

 嬉しいことのはずなのに、瀬名の言葉にどんどん傷つけられた。

 

 瀬名のステージには、私も驚かされた。本当に誰よりも輝いて見えたんだ。私のことは間違いじゃなかったと無理に納得させ、罪の意識を軽くさせた。

 

 でも、罪は消えない。


 意味、夢、好意。

 すべてが釘となって、私の心に刺さる。


 私は、この子が大好きだ。


「私はミラさんが大好きです」


 瀬名の言葉は嬉しくて、たまらなかった。答えてくれた。私を特別に思ってくれた。瀬名の頑張り、瀬名の告白、私は幸せ者のはずだった。

 願いは、同じはずだったのに。

 

「瀬名」


 同じ想いなのに、届かない。

 届いてはいけない。

 瀬名は知らない。まだ気づいていない。

 夢の中で生きていて、現実を知らなかった。夢のままでいさせてあげたかったが、もう夢の舞台は終了だ。誤魔化すにも限界がある。彼女もすでに違和感は感じているはずだ。

 だから、私は答えた。


「私に、瀬名の気持ちに答える資格はない」


 意外な答えに、彼女は戸惑いの表情をした。

 予想をしていなかったのだろう。

 そもそも私から告白したのだ。私の気持ちが変わっていなければ、答えはオッケーでハッピーエンドのはずだった。

 もう、ハッピーエンドにはなれない。

 私が壊してしまった。失うのを恐れ、悲劇を捻じ曲げた。

 恨まれようとも、世界の理を変えてしまった。


 唇が震えているのが、自分でもわかった。

 それでもゆっくりと息を吸い、瀬名に事実を口にした。


「私は瀬名を吸血鬼にした」

「……………え」


 私の罪を、ようやく告げたのだ。

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