17章 願いの答え合わせ③
スポットライトが「千夜ミラ」だけを照らす。
月からもたされし、光。黒き衣を纏いし吸血鬼が地上に現れた。
……そう感じてしまうほどに、たたずまいが、空気が異質だ。
顔をさっと上げ、影が落ちて見えなかった表情が露わになる。
世界を恨むかのように険しく、厳しい眼差しが正面を見据える。
「旅人は繰り返す」
ゾクッときた。
オーラが違う。その姿を見ただけで鼓動が早まり、発した声に血が踊る。
ペンライトを振るのも忘れてしまうほど、観客たちは聞きほれる。
その声に磔にされ、
その声に心が溶かされ、
その声に涙が零れ落ちる。
これが私の憧れ、これが千夜ミラだ。
「終わらない夜を、ただひとり」
……でも、いつもと違う気がした。
歌うにつれて、違和感はどんどん増していく。
「永久に彷徨う」
氷の歌姫、と呼ばれるポーカーフェイス気味なミラさんじゃない。
なんというか、感情がこもりすぎている。
表情に、声に、動きに。
「答えを探して」
ライブとしては何ら違和感がない。CD音源とは違った感情、魂と呼べるものが込められているのがライブの醍醐味でもある。多少雑でも、歌詞を間違えても、あえて外しても、それはライブのひとつの要素として許される。むしろ歓迎されることだってある。一期一会だからいつも聞いている音楽と同じである必要が無い。
だけど、それでもいつものミラさんらしくない。
「世界を天秤にかけて」
しかし、普段と違ったミラさんでも歌唱力は、まとうオーラは圧倒的だ。
一語一語の重みを感じ、心に突き刺さる。ミラさんが吸血鬼であると私が知っているから、といった要因もあるだろう。歌詞がミラさん自身のことを言っているように聞こえる。
1曲目が終わったことに気づくのが遅れた。
会場の観客も同じで、遅れて拍手の波が押し寄せる。そうなってしまうほどにミラさんの歌の世界にのまれ、時を忘れていたのだ。私も大きく拍手をしたいが、場所が場所なので音が出ないように手を合わせる。
2曲目はアップテンポな曲だった。ミラさんはバラードが1番輝くと思っているファンの私だが、多くのアーティストが揃うフェスなので盛り上がる曲がチョイスされがちだ。
「夢をみよう、君と歩こう」
元気な曲で、ペンライトも元気よく振られる。
なのに、切なさを感じるのは何故だろう。
トークも挟まず、3曲目となった。連続で曲が続く構成なんて珍しい。歌で魅了するミラさんだからできる流れ。
3つ目は、バラードだった。
ペンライトがゆっくり揺られ、楽器の音も少なめに、ミラさんの魂の叫びが場を支配する。吉岡さんの時の盛り上がりとは、対照的な静寂。
ただ一人で、この世界に抗う少女の音色。
「すごい……」
声が漏れていた。……何て美しいんだろう。
同じ時間を共有できる幸せ。
この場にいられる奇跡。
私の憧れは、さらに光り輝く。そう感じた刹那、
「永遠なんてっ……」
歌詞が続かず、声が詰まった。
見えた横顔からキラリと光の粒が落ちた、気がした。
…………ミラさんが泣いている?
けど、ミラさんはすぐに持ち直した。何事もなかったかのように、でもいつもと違った彼女のまま熱唱した。
音が止まり、彼女の出番が終わる。
「ありがとう」
その一言だけで、ミラさんは舞台を去った。
観客たちが忘れられない時間を残して。
× × ×
「おかえり、瀬名」
控室に戻らず、舞台裏でエスノピカの二人に再会する。5番目のミラさんが終わり、7番目の私たちの出番はすぐだ。……直前でよくワガママを許してくれたものだ。
「ただいま」
「千夜ミラ、やばい」
鈴のやばい、に笑ってしまう。
「やばかったね、さすが私の憧れだよ」
感想を言いたいが、グッと我慢だ。あとでたくさん語ればいい。今は貰った力を自分のエネルギーに変えるだけでいい。
「いい顔になったね、瀬名」
「瀬名は元からいい顔だよ」
「あざとい」
「それでこそ瀬名だ」
……褒められていると受け取ろう。
ステージでは、6番目の人の1曲目が終わった。すぐに私たちの出番だ。
砂羽がすっと右手を前に出す。
鈴が重ね、私も手をのせる。3人だけの円陣。かけがえのない3人の気持ちを揃える。
「エスノピカを魅せつけよう」
「精一杯、声を出す」
「最高の時間にしよう」
それぞれの言葉に、互いにうんうんと頷く。
「それにしても、円陣すると瀬名からもらったシュシュが目立っていいね」
「瀬名、ありがとう」
3人の右手に巻かれた同じシュシュ。
私が作ったもので、二人も快く身に着けてくれた。
衣装スタイリストになりたかった私の、透花の夢を同時に叶えてあげたかった、私のワガママ。衣装まで作る時間と図々しさはなかったが、こうして3人の一部になれた。透花の私がいたから、私なんだ。
「……ありがとう。私たちの心は一緒だね」
「当然」
「さぁ、いこう」
えいえいおーと重ねた手をあげ、空に放つ。
……いよいよ、本番だ。
登場に備え、スタッフさんに案内され場所を移動する。駆け出したらすぐにステージだ。前の人がラスサビを歌っており、音が私たちを揺らす。
「…………やっとのやっとだ」
「私ね、声優になりたいの」と瀬菜が言い出した、高校2年生の日を思い出す。
養成所に受かった報告を私にして、自分の夢を語った日を思い出す。
瀬菜を1番輝かせると誓った、二人の夢ができた瞬間を思い出す。
病室で瀬菜の代わりに声優になると言った私に、微笑んでくれた彼女を思い出す。
瀬菜を失った日を、忘れることはなかった。
おまじないをかける。
私は透花じゃない。瀬菜でもない。私は演じる私。演じた果ての私。ミラさんが認めてくれた私。すべてが私、だ。
「私は瀬名灯乃。この世界に光を灯すんだ」
先に駆けだした二人に続き、光の差す舞台へ飛び込んだ。
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