17章 願いの答え合わせ②

 控え室でモニターを確認しながら、順番を待っている。気持ち的には観客席で見たいオタク気分だが、これから歌う人が席にいてはファンも驚いてしまう。

 だが、待機している場所でもしっかりと声は聞こえ、盛り上がりの凄さを実感する。


「びびる……」

「すごすぎる……最高」

「ハードルあげすぎ……」


 3人とも似たような感想だった。


『1曲目リスタート、2曲目ヒカリの先でしたー! 拍手ありがと、ありがとー。ペンライトも見えているよ~。空色の景色素敵。やっぱりサマアニは違うね、すっごく楽しい!』


 圧倒的すぎる。他のアーティストも委縮してしまう、最初からクライマックス状態だ。


『1日目、1曲目からリスタートを歌うのはどうかと思ったけど、1番盛り上がるからね。皆も好きだよねー』


『好き―』、『最高ー』、『よしおかーん』


『ありがとう、ありがとう。まだまだ歌いたいなー。3曲目いきます! 今日1日楽しんでね!』


 1日目のトップバッターから吉岡奏絵よしおか かなえさんの登場だ。

 声優界の三大歌姫の1人と言われる人物が、初っ端から登場なんて贅沢すぎる。会場は当然盛り上がり、興奮は収まらない。だからこその最初の登場だったのだろう。観客のテンションは盛り上がりっぱなしで、最高の出だしだ。

 ここに並び立とう、と私はいうのだ。ミラさんに挑戦することは、吉岡奏絵さん、橘唯奈さまといった三大歌姫に無謀にも立ち向かうことなのだ。

 ハードルが高すぎる。


「……面白い」


 だからこそ、挑戦しがいがある。夢が簡単に叶ってはつまらない。

 壁は大きければ大きいほどいい。負けたくない。


「……瀬名、笑ってる?」

「私笑ってた?」

「不気味に」

「そ、そうかな?」


 自分でも気づかなかった。不気味なんて、ひどい。


「あああああー、ちょっと待って!?!?!?」


 突然の砂羽の大声に、二人してびびる。


「どうしたの砂羽!?」

「な、なにが……」


 3曲目が終わったところでの絶叫に状況がつかめない。


「二人とも見てないの!?」

「え?」

「はい?」

「いま、吉岡さんと次に登場した稀莉さんが入れ替わる時に、ハイタッチしたの!! 尊い、尊すぎるよ!!!」

「あ……うん」

「そうなんだ……」


 砂羽は事務所の先輩である吉岡さんと仲が良く、吉岡さんと佐久間稀莉さくま きりさんが担当する『これっきりラジオ』のゲストで登場したこともある。その二人がサマアニという場で、絆を見せつけたのだ。砂羽はじめ、多くのファンが崩れ落ちたことだろう。私と鈴は愛想笑いしかできなかったが。


「あー、やばい。ハイタッチした時の二人の顔をあとで、映像チェックしないと……。ラジオにおたより送ることも忘れず……。かなきりが捗る……最高、もう終わっていい……」

「終わらないで!!」

 

 すっかりお客さん気分な、リーダーをたしなめる。1人目、2人目と凄すぎて、その気持ちはわかるけど、今日は私たちも主役だ。

 そう、佐久間稀莉さんも抜群に上手く、会場は盛り下がらず、むしろさらに白熱している。


『よしおかんに続き、2番手の佐久間稀莉でーす! 皆、盛り上がっているー?』


 歌も上手いし、盛り上げも上手だ。

 三大歌姫だけでない、ライバルはたくさんいる。1年も経たないグループが目立てる場じゃない。


『2曲目いくわよ。かなえるーーー』

『『『明日ーーーー!』』』


 サマアニ、どの歌手も凄い……!

 井の中の蛙だったと改めて実感し、さらに燃える。

 



「あー、観客席の私もいてほしかった」


 吉岡さん、佐久間さんが終わり、砂羽が脱力しっぱなしだ。


「こんなすごいライブはもう二度とないかもしれないね。だからこそ、私たちもその1ページにならなきゃ」  

「瀬名、ポジティブ」

「今日の瀬名はすごい燃えているね」

「……そうかな?」


 指摘されると恥ずかしくなるけど、燃えない方が可笑しい。

 3人目が終わり、4番目の登場だ。アニメのオープニングを歌った声優グループで私たちと似たような立場だ。

 私たちの出番は7番目。ラッキーセブンであってほしい……な。


「瀬名、いいの?」

「……うん?」

「5番目は千夜ミラさんなんでしょ?」


 ……知っている。当然、わかっている。

 控室でも聞こえる。モニターでミラさんの姿を見られる。

 でも、


「もっと近い所で聞いてきなよ」

「……ありがと」


 砂羽の言葉に甘え、すぐに立ち上がった。

 お客さん気分だと砂羽をたしなめたのに、私だって同じだ。変わらない。


「ミラさんっ」


 目の前にいないのに彼女の名を呼んでいた。廊下を駆け、舞台裏に近づく。

 会場の声がどんどん大きくなっていく。


 自分たちの出番も近いので、ゆっくりはしてられない。

 けれど、譲れない時間だった。


「瀬名さん? 出番はまだだよね?」

「そ、そうですよねー!」


 気持ち的にはこのまま舞台に飛び出しそうだったが、男性スタッフに呼び止められ、足を止める。


「あっ、そうか。ミラさんは事務所の先輩だから近くで見たかったんだね」

「それ、そ、そうなんです! 憧れの先輩で……居ても立っても居られなくて」

「先輩想いのいい子だ、よし、特別に良い場所を教えよう」


 そう言って連れて来られたのは、舞台間近の場所だった。横からバッチリ歌っている姿が見られる。


「こんな場所で……!」

「声は出さないでね。スタッフさんの邪魔もしないように」

「はい、ありがとうございます! 本当に、嬉しいです」


 スタッフさんの厚意もあり、舞台から1番近い場所で彼女の姿を見られる。さらにモニターもあり、至れり尽くせりだ。



 4人目が終わり、照明が赤に染まる。

 『氷の歌姫』にはそぐわない真紅。

 だが、吸血鬼であるミラさんにはピッタリの暗闇の中の赤だった。


「「わああああああ」」

 

 観客の声で、ステージに彼女が立っているのに気づく。

 黒を基調とし、所々赤色が混ざったドレス風の衣装で、夜を司る歌姫が現れた。

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