17章 願いの答え合わせ

17章 願いの答え合わせ①

「僕を許して下さるだろうか」


 突然、カムパネルラが思い切ったというように、少しどもりながら言いました。

 

「僕は本当に幸せになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが一番の幸せなんだろう」


 カンパネルラは、なんだか泣き出したいのを懸命に堪えているようでした。



 × × ×


「……眠い」


 昨晩は興奮してなかなか寝付けなかった。ホテルのベッドで落ち着かなかったのか、ベッドに入っても眠くならなかった。病院でぐっすりだった影響もあるかもしれない。気づいたら朝4時で、眠れたのは数時間程度だ。

 そのせいか体がだるい。

 鏡を見ると、あまり寝れていないせいか目がちょっと充血している。夢が実現する日の朝とは思えないほどに、ひどい顔だ。

 ミラさんを見習って、少し会場で眠るべきだろうか。けれど会場入りしたら、さらなる興奮でそれどころではなくなりそうだ。

 調子が悪かったらすぐに連絡してと恵実さんに言われたが、少しのことなら無茶をしてしまう。


「夢の叶う日、なんだ」


 何事にも代えられない、大切な一瞬が待っている。多少の無茶なら許されるべきだった。





「瀬名、酷い顔」


 控え室に入ると鈴が容赦なく言ってきた。


「大丈夫なの瀬名? やっぱり体調悪いんじゃないの」


 続いて砂羽にも心配される。昨日まで倒れて病院にいたのだ。原因はわからないが、仲間が心配する気持ちもわかる。


「大丈夫だよ、これは体調とは違って……緊張というか興奮して眠られなかったんだ」

「無理しないでね」

「油断禁物」

「うん、わかったよ。あとでちょっとだけ仮眠するね」


 食欲があまりなく、お昼は飲めるゼリーで済ませた。ただ顔色が悪くても、化粧で誤魔化せてしまう。今日はメイクさんもいるので、カモフラージュはバッチリだ。血色の良い私が出来上がる。

 仮眠は結局できなかったが、本番に近くにつれて体調は良くなっていった。

 

 サマアニは16時から開演で、21時過ぎには終了だ。

 その中で私たちの時間は2曲、15分もないだろう。それも3日間開催の1日だけだ。合計で約15時間の中で、エスノピカが占める割合はほんの少しで、一瞬だ。

 それでも覚えて欲しい。

 瀬名灯乃がいたことを、エスノピカがアリーナで歌った勇姿を。

 私たちが光輝く瞬間を見てほしい、忘れないでほしい。

 

 ……それにしても3日間開催で、ミラさんと同じ日になれたことは奇跡だ。同じ舞台に立つ!と宣言をしたが、別日になることも確率としては大いにあった。

 運命、と呼んでいいのだろう。さすがのミラさんでも日程はいじれないだろう。……裏で圧力かけてないよね? さすがのミラさんでもと思ったが、彼女ならありえてしまう。なんにせよ、同じ日に同じ舞台に立てるのだ。運命の強制力に感謝する。


「舞台袖からちょっとだけ会場の様子が覗いてもいいって」

「いこう!」

 

 初参加の私達への配慮か、開場したアリーナの観客席をこっそり覗き見してもらえることになった。すでに衣装に着替え終え、見た目の準備は問題ない。あとは心が整えばバッチリだ。

 お客さんにバレないように3人で身を屈めながら覗く。


「わーもうたくさんいるね」

「大人数」

「……会場大きすぎない?」


 時間は15時過ぎ。14時から開場で、開演の16時までは時間があるが、すでに観客席のほとんどが埋まっている。正面のアリーナ席だけでなく、スタンド席までぎっしりだ。私たちにとって今までのライブで1番大きい会場で、1番のお客さんの数になることは間違いない。


「ここが、アリーナ」


 瀬菜と夢見た場所。

 瀬菜の来れなかった場所に、私はいる。

 

「高まる」

「うーん、緊張してきたー!」


 一人じゃなく、三人で立つ。


「砂羽、そんな元気に言って、本当に緊張しているの?」

「緊張しているよ。でもワクワクの方が大きい」

「それは私も同じかな」

「同意」


 舞台は整った。

 「今日が当日か~」とふわふわしていて夢の中のようだった気分も、会場を見て、お客さんの数を見て、引き締まった。

 あとは、歌うだけ。

 緊張も、不安も、期待も、喜びもすべてひっくるめて、私を出し切るだけ。


 一度しかない。

 この時は、もう訪れない。 


「私、二人といられてよかった」


 感慨にふける私に、二人からツッコミがすぐに入る。


「早いよ、瀬名」

「まだ本番前」

「ごめんごめん、でもそんな気分になっちゃって」

「歌った後にまた聞かせてね」


 夏はとっくに始まっていたが、私にとっての忘れられない夏はここからだった。

 


 

 会場の光が消え、ざわめきが起こる。

 だが、すぐに光が灯っていく。一人、十人、千人、万人。

 それぞれ灯った光が今か今かと待ちわび、すぐに歓喜の瞬間がやってくる。


「おーーー!!」


 音楽と共に、モニターに映像が流れ出し、今日出演するアーティストの紹介が始まる。千夜ミラ、そして『エスノピカ』の名前も当然ある。アーティスト、グループごとに歓声が沸き上がり、会場の熱はあがっていく。

 一日目の紹介も終わり、また照明が消える。


 イントロの始まりとともに、誰がトップバッターなのか観客が気づき始め、ざわつく。


「最初から来ちゃう!?」、「まじかよ」、「きたあああああ」


 私もセットリストを見た時はビビったものだ。

 最初から主役の登場。1日目で1番売れている人がトップバッターなんて、誰も予想していない。その裏切りに、観客の誰もが期待してしまう。今日はとてつもない日になる、と。

 歌姫が舞台に現れ、声を奏でる。


「みんなーーー、会いたかったーーーー!!」


 スタートから会場は最高潮だ。ペンライトの色が青色、水色で揃い、会場を空色に染める。


「一曲目いくよーーー! せーの」

「「「リスタート!!!」」」


 サマアニ1日目の幕が、ド派手に、上がった――。

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