11章 「i」で溢れた

11章 「i」で溢れた①

 私の独白は終わり、夜空の下でミラさんが主張する。


「演じていたとしても、立派じゃないか」

「……立派なわけがありません」

「お前は選ばれている」

「確かに選ばれています。執着でどうにかなってしまった。でも、これ以上は上にいけない。わかるんです。本気で声優に憧れている人に敵わない。私には才能がないんです」


 私に「声優になりたい」というまっすぐな気持ちはなかった。瀬菜に執心し、今も彼女の死を受け止め切れていない。私の中に生きていると信じ、彼女を演じ、瀬菜との関係を終わらせようとしないワガママな子供のままだ。

 そして果たせない約束は、罪へと変わる。君のため、といって紡いだ魔法の言葉は呪いへと変わる。

 夢に近づいているのに、心が焦る。嘘つきが、嘘をつき続ける限界を感じている。

 そうなんだ。君のためと言いながら、自分のためだった。

 瀬菜を失った自分が壊れないように、『代わり』を探した。自分の中に『代わり』を作り上げた。

 でも、所詮『代わり』は『代わり』。


「才能が無い? 笑わせるな」


 けど、目の前の先輩は否定する。強く、声を大きくして私に訴えかける。


「親友の代わりをするなんて、普通無理なんだよ!」

「…………」

「努力、時間があってもどうにもならない。演じられない。真似しても演じきれるはずがない。なのに、選ばれている。お前は才能に溢れているんだ」


 才能に溢れている、私が……?


「私はお前の親友の瀬菜のことは知らない。養成所に受かる力はあったかもしれないが、もし生きていてもそこからどうなったのか、わからないんだ。なのに、演じたはずの『セナ』がオーディションで最短コースで声優になった。努力してきた人、ずっと夢見てきた人に勝って、声優になったんだ。それで、才能がないなんて可笑しな話だ。お前はすごいんだよ」

「……すごくありません」

「選ばれたんだ。瀬名灯乃は選ばれた」

「でも、私は……」

「声優になれただけじゃない、こうやってオーディションに合格している。一つじゃない。スターエトランゼ、ひだまりシーカー、エスノピカと3つもだ。お前の中にも何か輝くものがあるんだよ。動機は、理由は狂っているかもしれない。でも才能は、その声は本物だ」


 必死にミラさんが私を肯定してくれる。

 けど、そう簡単に受け入れられるものじゃない。才能があった? 本物? そんなわけない。


「私はセナじゃない。本物じゃないんです」

「お前は瀬菜でも、透花でもない」

「え……」


 瀬菜でも、私でもない……? 先輩の言葉に、戸惑いを覚える。

 なら、私は何なんだ。


「瀬名灯乃なんだ」


 答えは、すぐに目の前から発せられた。


「必死に演じて、友人とは違う別の者になっている」

「私が、瀬菜を演じられてないっていうんですか!?」

「あぁ、そうだ。けど、それでいいんだ。その人らしさなんて誰だってわからない。お前が見ていた瀬菜ちゃんだって、こんなキャラじゃなかったかもしれない。お前を通してみた『セナ』なんだ」


 瀬菜を完璧にトレースしたわけではない。

 私がイメージした瀬菜を、瀬名灯乃として演じただけだ。その通りなんだ。演じきれるわけがない。

 だって、私は瀬菜じゃないんだから。

 彼女の全てを知っているわけではない。心の中のすべてがわかったわけじゃない。

 でも、それでもと演じてきた。できるだけ、瀬菜であろうとした。瀬菜はここにいるよと代わりに声を発してきた。


「私だって、私らしさがわからない」


 それは、目の前の彼女だって同じだった。あのミラさんだって、演じてきた。


「千夜ミラはクールだ、歌姫だ、面白い奴だ、そう言われても私はそうだとは思っていない。私がそう見えるように演じているだけだ。誰も私の本質なんか知らない。私は、『千夜ミラ』を必死に演じているんだ」

「……ミラさんも演じている?」

「そうだ。お前だけじゃない。誰しもが演じている」


 けど、違う。違うんだ。


「偽物なんです。ミラさんとは違います! 演じている私なんて本物じゃなくて、誰も好きになってくれません。私はセナになれない。もう選ばれる資格なんてありません。声優になりたい気持ちも純粋じゃありません」

「瀬名」


 名前を呼ばれた。

 音だけでは、瀬菜のことなのか、声優名のことなのか判別がつかない。でも、『瀬名灯乃』のことだってわかった。

 その声の優しさと、温かさでわかった。


 ミラ先輩がつま先で立ち、背伸びをした。

 顔が迫ってきた。

 一瞬のことで、わからなかった。

 かかる吐息。

 いつも通りに腕でも噛むかのように、彼女は私に触れた。

 その唇は手ではなく、私の同じ部分に接した。


「んっ!?」

 

 何をされたのか、わからなかった。

 永遠にも似た一瞬。時が止まった気がした。


「ぷはっ」

「っ……!」


 息ができるようになり、唇に残る感触に戸惑う。

 え。

 まだ、頭が整理できない。


「キ、キスしたんですか……!? え、なんで、今、唐突に!?!?」

「私は、瀬名灯乃が好きだ」

「はい!?!?!?!?!?」


 ミラさんが、私を好き………?


「腕だけじゃない、お前が好きだ。その私の気持ちを否定するな、つくりものでも、偽物でも、純粋じゃなくても好きだ」

「え、えええーーーー!?」


 シリアスな雰囲気は何処にいったのだろう。

 突然の好意の押し付けに、動揺が収まらない。

 

「ミミミミミ、ミラさんが私を好き?」

「あぁ、そうだ」

「好きって、どういうことですか!?!?」

「好きは好きだよ。好きでもない奴の腕をこんなに噛むか。好きだから、こんなに噛むんだよ」

「う"ええ!?」

「一緒に住む提案だって、そうだ。そんなこと、いくら有望な後輩相手でもしない。好きなんだよ。近くに置いておきたい」

「はい!?!?」


 熱い。冬のはずなのに、熱すぎる。

 顔が沸騰しそうで、真っ赤になっているのを自覚する。体中から湯気がきっと出ているだろう。

 ミラさんが私を好きで、キスをした。

 ……えっ!? 


「私は離れることになるから、言わないでおこうと思っていた。それをどうしてくれるんだ! 離れるの辛くなっただろ!」

「え、えええ……」


 今度は逆に怒られた。

 なんなんだ。意味がわからない。

 私が何なのか、わからなくなる。胸の鼓動が自分のものでないように感じて、うるさい。


「瀬名」

「ひゃい!?」


 両手を掴まれ、変な声をあげてしまう。

 私を見つめる目はどこまでもまっすぐで、強い意志があった。


「お前は才能があるんだ。執着だけで声優になれるものじゃない。想いの大きさとか、努力の長さとか、そんなもの全く関係ない。そこを審査員は考慮するか? しないだろ。今の瀬名灯乃しか見ていないんだ。その才能と、声と、可能性しかみていない」


 年月なんて関係ない。想いの長さなんて関係ない。

 瞬間でもいいんだ、とまだ顔の赤さが引かない私に言葉を届ける。


「お前は瀬菜でも、透花でもない。だ。終わるまで演じ続けろ。それがお前だ。私が好きになったお前だ。紛い物でも、偽物でも、それが正しい」


 その言葉は嘘じゃない。行為でも示されてしまった。

 

「自分を信じられないなら、私を信じろ。瀬名灯乃は輝けるよ」


 透花でも、瀬菜でもない。

 瀬名灯乃。


 演じ続けた少女を、吸血鬼は肯定した。

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