10章 戻れない日々③

 中学を卒業し、高校生になってもずっと二人だった。

 中高一貫校だったのもあり、そのまま私たちは高校にあがり、そのままの生活を続けた。

 毎朝待ち合わせして一緒に学校に行って、放課後は一緒に帰って、何度も話をした。二人とも背は伸び、瀬菜はますます可愛くなっていった。

 けど中身は変わらず、相変わらずオタクのままだった。いや、どんどん詳しくなっていったと思う。


「今週の放送、最高だったよねー」

「ヒロインの声優さんが凄いんだよ。まだデビューして2年ぐらいなのにすっごい存在感あってね」

「何て声優さん?」

「ミラさん」


 瀬菜にはアニメの話だけでなく、声優の話もよく通じた。男性声優で誰がカッコいい、この声が最高!なんて話だけでなく、女性声優の話題も多かったのだ。女子二人の話題としては、珍しかったと思う。


「あー、千夜ミラか。すごいよねー歌も上手いし、クールでカッコいい。あの雰囲気で21歳なんて嘘だよね~」

「ミラさんはカッコいいだけじゃなくて、可愛いんだ! 普段はクールなのに、ふとした瞬間に見せる笑顔が可愛くてね……グッとくる」

「そうかなー。透花の方がずっと可愛いよ」

「わ、私なんて全然だよ!」


 瀬菜は、たまに私を可愛いだなんて言って揶揄った。クラスにいてもいなくてもいい『モブ』な私を可愛いと言うなんて、どうかしている。

 でも、たとえお世辞だとしても、そう言われて嫌な気はしなかった。褒められることは嬉しい。

 それに彼女に好かれていることは、私にとって良いことだったのだ。


「で、ね。相談があるんだけど、今度大阪でミラさんのライブがあるの」

「チケットの予約はいつから?」

「さすが瀬菜。そう言ってくれると思った!」


 高校生になって変わったことは、行動範囲が広がったこともある。

 高1の夏、私たちは二人だけで県外に出て、千夜ミラのライブを観に行った。


「すごかった……」

「やばかったね……」


 ライブを終えたばかりの私は「すごい」、「やばい」をただただ繰り返す、つまらないbotと化していた。それぐらい初めて観に行ったライブが凄かったのだ。ちゃんと会話できるようになったのは、電車に乗ってからだった。


「千夜ミラの歌声、凄かったよね。ともかく凄かった!」

「可愛いし、綺麗だったよね。神秘的でさ。演出も衣装も最高だった」


 それでも語彙は少なかった。


「透花はよく見ているね~。色々なことに気づくのは素直に凄いと思うよ」

「どうなんだろうね? 歌声に集中しろよってならない?」

「色んな見方があっていいと思う」

「オタク的な見方なのかな。私、服や演出が気になっちゃうし」

「透花は衣装好きなんだね」

「うん、好きだよ」

「なるほどなるほど。透花は可愛い衣装を着てみたいのか~」

「ち、違う! 別に私が着たいわけじゃないよ!」


 この頃から、二人の夢は始まっていたのかもしれない。

 見るところが違った。同じ舞台を見ていたけど、違う観点で輝かしい光景を見ていた。

 けど、それでいいんだ。違っても同じ。

 私たちは、一緒にいられた。


 一緒の時間を生きていられた。

 


 × × ×

 

 千夜ミラのライブに行ってから、瀬菜とは声優の話題をすることがさらに増えた。お年玉でライブDVDを買ったり、レンタルショップで借りたりして、一緒にライブ映像を見ることが新たな習慣として増えた。

 私と同じく、どんどんオタクになっていく瀬菜が自分の夢を話してくれたのは、高校2年生の時だった。


「進路調査出した?」


 真っ白な紙を持ちながら、私は彼女に聞いた。


「高2で大人になったこと考えるって言ってもね……瀬菜?」

「あのさ、恥ずかしいんだけど。私の夢聞いてくれる?」

「う、うん」


 瀬菜の真面目な表情は珍しく、私もかしこまってしまった。

 そして、瀬菜は告げたのだ。


「私ね、声優になりたいの」

「せい、ゆう?」


 知っている言葉だけど、すぐに理解できなかった。

 せいゆう? 西友じゃなくて、声優……?

 私たちが普段話題にしている、声優?

 声優に、瀬菜はなりたい。


「やっぱ無し! なれっこないよね、聞かなかったことにして」


 恥ずかしそうにする彼女を前にし、私は想像する。

 夢に色がつく。

 瀬菜がステージに立っている。楽しそうに歌い、ファンに手を振る。すぐにそんな妄想が生まれるほどに、しっくりときた。

 瀬菜は、声優になりたかったんだ!


「ううん、驚いたの。瀬菜にぴったりの仕事だなって」


 嬉しかった。瀬菜が声優になりたいと思っていたことが嬉しかった。

 そして、その夢を私に打ち明けてくれたことが嬉しかった。


「声も可愛いし、歌も上手だし、アニメも大好きだもんね。それに可愛くて綺麗だもん」

「褒めすぎだよ……ありがとう、そこまで言ってくれるなんて嬉しいな」

「大丈夫、私が保証する。瀬菜なら絶対に声優になれる!」

「ありがとう、透花が言ってくれるなら自信になるな」


 だって、ピッタリなのだ。

 瀬菜が声優になる。私の中では何も違和感がなくイメージできた。それは夢、幻ではなかった。

 瀬菜なら声優になれる! 私は勝手に確信していた。

 でも、心配なこともあったのは確かで……、


「で、瀬菜。どうやったら声優になれるのか知っているの?」

「え、東京に行って………………なれる」


 考えるより行動。猪突猛進。

 私の悪い予感は当たった。

 いきなり東京にいって、声優になれるわけがない。


「もう本当、瀬菜は勢いの無計画な性格なんだから。声優になるには、養成所に通ってそのまま事務所に所属するとか、オーディションに合格してなるんだよ」

「なるほど、なるほど。詳しいね、透花」

「伊達にオタクやっていませんから」

「さすが、透花先生。頼りになりますな~」

「おだてても何も出さないよ。いい? 養成所に入るにも試験があるんだよ、狭き門なんだ」

「ひえー」


 本当に声優になりたいの? と知識の無さに不安になったけど、それが瀬菜だ。

 私がサポートしてあげなきゃ。


「夢なんだよね? もっと調べないと駄目だよ、瀬菜」

「ご、ごめん」

「一緒に調べようか。情報室のパソコンを放課後借りよう」

「ありがとー透花。さすが私の嫁~」

「もう、調子いいんだから」


 瀬菜のためになれるなら、何だって手伝ってあげたい。

 こんな楽しい日々の恩返しをしたい。

 大好きな親友の、力になりたい。今日も明日も「透花、ありがとう」って言って欲しい。


「透花が困った時は、いつでも助けるから言ってね」

「……自分のことができるようになってから、言ってね瀬菜」

「ひどいよー透花~」


 ふざけて、笑い合う毎日が愛おしくて、大人なんかならず、こんな日々がずっと続けばいいのにと私は思った。

 でも、それじゃ瀬菜の夢が見られない。夢を叶えるには進むしかない。

 たとえ、少しの間離れ離れになったとしても、私たちは進むしかなかった。



「養成所にうかったんだ」

「え、本当!?」

 

 瀬菜のすごい所は、本当に有言実行してしまう所だった。

 行動力が凄い。才能がある。瀬菜ならどんな夢も叶えられる、と信じさせる力がある。

 瀬菜は、高校3年生の夏に養成所に受かった。

 彼女の輝かしい未来の始まり、のはずだった。

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