9章 記憶の中で⑤
福岡には飛行機で2時間もかからずに着いた。距離は地元の岡山より遠いが、飛行機では一瞬だ。
12月。東京より寒い気がするが、雪は降っていなかった。
「ここが、福岡」
ミラさんのライブがあり、私は福岡に駆け付けたのだ。明日にはエスノピカのレッスンがあり、観光を楽しむ余裕も無く日帰りだ。
ミラさんは「瀬名、無理しすぎじゃないか? 来なくてもいいぞ」と言ったが、私は断った。ミラさんのライブだ。何に変えても観に行きたい。
それに、改めて参考にしたかったのだ。私もこれから『エスノピカ』で歌っていく。ミラさんとは声質も、ライブの毛色も違うけど、ファンに向けて歌うことは同じだ。憧れの再確認。もう、何度も見ることはできないのだから。
福岡空港から博多駅は地下鉄に乗って5分ぐらいで着いた。東京とは違って、空港からがすぐの距離で驚いた。
ミラさんがライブする会場は駅から少し離れたところにあり、さらに博多駅から出ているバスで移動だ。
ここ福岡だよね?
福岡も東京と同じように人が多く、実はまだ東京なのじゃないか?と疑ってしまう。飛行機で移動してきた感じはせず、ここも変わらず都会だ。
「…………」
バスに揺られながら、街の景色を眺める。
一人でライブに来たのは初めてだ。ライブに行くのだって、いつも瀬菜が一緒だった。これからは、いつも、がどんどん薄くなっていく。私は一人なんだ。
「神戸、仙台も最高だったんだ!」
「何公演行くつもりだよ」
「モチ全公演」
「さすが」
「ミラさまの歌声を聞けるなら、全国どこだっていくさ」
周りの人たちもライブに行くのだろう。ライブトークが盛り上がっていて、微笑ましい。
……ミラさんが引退すると知ったら、ひどく悲しみ、落ち込むだろう。
恵実さんは終わりがあるからいい、と言ったがそれでもファンは終わりを望まない。ワガママで、勝手だとは知っている。けど、ずっと歌ってほしい。ずっと、ずっと勇気づけて、毎日の活力にさせてほしい。
終わらなければ、いいのに。
心の中で願っても、言葉は届かなかった。
× × ×
開演30分前。すでに席のほとんどは埋まっている。当日販売は無く、全席完売だ。関係者席を用意されなかったら、私も来ることはできなかっただろう。
関係者席は1階ではなく、2階の最前列付近の席だった。
ミラさんに用意された席に着くも、知っている人はいなかった。とりあえず周りの人に会釈して、軽く挨拶する。
関係者席ではペンライトを振らないし、立ち上がって聞かないので、周りから見ると「あそこが関係者席なのか……」と丸わかりだ。一応、私もマスクをしてバレないようにしている。まだエスノピカのキャスト発表はされていないので、そんなに知名度はないはずだけど、それでもだ。
グッズは何も買わなかった。居候している身なので、あまり浪費してはいけない。それに本人が目の前にいるのに、グッズを所持するのは何か変な感じだった。関係者席でペンライトも振れないしと、誰に言うわけでもなく心の中で言い訳する。
「…………」
目を閉じ、静かに待つ。
聞こえてくるのは会場のBGM、お客さんのざわつき。早く始まってほしいと思える時間も、貴重なものだ。始まったらあっという間だろう。息つく暇がないほどに通り過ぎてしまう。
やがてBGMが止まり、会場の照明が消えた。
バンドの演奏が流れ始め、ペンライトに光が灯る。ミラさんの色は決まっていない。曲ごとに変わるのだ。だから、皆各々の色をつける。
でも、何の曲かわかると、色が統一される。
最初は白色だ。
「さぁ、物語を始めよう――」
ミラさんの独白から始まり、メロディが奏でられる。
千夜ミラの福岡ライブが、開幕した。
× × ×
ステージの上で歌う彼女から目が離せない。
同じ家で過ごし、腕を噛んでいる人が舞台の上に立っているなんて、不思議な気分だ。
「~♪」
ペンライトが横に静かに揺られる。ミラさんの発する耽美で、綺麗な旋律に皆、耳を傾ける。
たまに鼻をすする音が聞こえる。わかる。気づいたら泣いているのだ。
心の琴線に触れ、寄り添う声は、感情を与える。
1曲が終わる度に拍手が起こる。拍手の音はどんどん大きくなる。最初から最高だと思ったのに、さらに良くなっていく。まだまだ限界が見えない。
静かに聞かせる、音楽。
「ありがとう。拍手、嬉しいな。私の力になっている」
ミラさんのライブにおいて、トークは少ない。『千夜ミラのライブ』という『物語』を崩さないように、余計なことは言わない。ミラさんが休憩や、衣装替えするタイミングでさえもピアノの独奏や、バイオリンの演奏などで雰囲気は保ち続けられる。
声優のライブに来たというより、オーケストラを見に来たような感覚だ。ライブで飛び跳ねたい、コールして応えたいオタクさんには向かないライブで、本当に声優らしくないステージだ。
でも、これが千夜ミラ。声優で、歌姫な千夜ミラなのだ。
「幾つもの夜を超えて」
曲名が告げられ、再び音楽が生み出させる。
水色のドレスが神秘的で、やはり世界の理に属さない吸血鬼なんだなと実感させられる。
綺麗だ。どうしようもないほどに綺麗だった。
声は、奏でる音は心に共鳴する。
「……ぁれ」
気づいたら、涙が頬をつたっていた。
「永遠だねと君がいった言葉はー♪」
才能とは、こういうことだ。
私なんかと違う。
「せなっちが恵まれた環境、才能があるから言えるんだよ」と比嘉ちゃんは言ったが、違う。
これが才能だ。人の心に響く歌声。
「紛い物」の私なんかと違う、本物はこれだ。これなんだ。
「何処にも行けず、たたずむ僕を傷つけたんだー♪」
私にあるのは、執着だけだ。
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