1章 引退って聞いていません!③

 カーテンの間から差し込む光に軽く絶望した。


「……小鳥のさえずりが聞こえる」


 後藤さん逮捕のニュースから、グループメンバーとのトークグループでの会話は止まらず、気づけばほとんど眠れずに朝になっていた。

 グループへの連絡前にニュースになったのだ。あまりに突然のことで運営側も慌てるのはわかるが、何も連絡がなく、私たちは不安が募るだけだった。

 メンバーにようやく連絡がきたのは朝になってから。それも「各事務所に連絡します」とだけ、と納得のいくものではなかった。

 

 身体は眠いはずなのに、焦る気持ちでそれどころではない。

 当初の予定では朝から関係各所への紹介、あいさつまわりのはずだったが、私と片山社長との緊急ミーティングに変更になった。


「大変なことになったわ」


 会議室に案内され、私と社長が対面に座る。他にもマネージャー数名いたが、皆さん無言。空気は重く、誰も机に置かれたお茶に手をつけていない。


「……私、どうしたらいいか不安で」

「瀬名さん、落ち着いて聞いてください」


 そう言われたものの、社長からなかなか言葉は出てこなかった。


「……社長」

「ごめんなさい、突然のことで私自身も混乱しているわ。でも、瀬名さんの方がもっと混乱して、困惑している」


 一呼吸おいて、「単刀直入に言います」と彼女は言葉を続けた。


「プロジェクト中止、グループ解散」


 ……予感していた答え。

 でも考えていた中で、最悪な結末だった。


「プロジェクト中核の、有名プロデューサーの後藤さんが捕まったのだから当然の対応ともいえるわ。他の人に担当を変えても、後藤さんの汚名は付きまとう」

「……はい」

「この後のライブも、アニメ化も、パーソナリティーをメンバーで交代で行うラジオ番組も、ソーシャルゲームも全部、全部中止です」

「そんな……」


 選ばれた意味、レッスンした時間、夢見ていた気持ち。

 すべて、すべてが無意味になる。


「やられたわ、私の社長人生の中でもこんな大事件はない」


 そう言って、頭に手をあてる。社長自身も困っていることは明白だ。前代未聞の出来事にどう対応していいか悩んでいる。

 けど、まだ事実だと信じられない私がいる。


「……本当に解散なんですよね?」

「残念ながら、それ以外ないわ」

「そう、ですか」


 声優になれた。仲間に出会えた。

 ライブ、アニメ化を得て、声優の階段を駆け上がり、夢を叶えることができる。

 そんな、夢見ていた未来が一夜にして崩れた。


「お金は要求するけど、いつになるかはわからない。もちろん、プロジェクトが中止になったからといって瀬名さんの事務所所属を無しにするなんてしないからそれは安心して」


 声優、ではいられる。

 でも、


「仕事がないことは確かですよね」


 せっかく出会えたキャラにはもうなれない。『スターエトランゼ』は旅立つ前に、行方不明になってしまったのだから。

 中止プロジェクトの代わりに、仕事を補填してくれるなんて都合のいいことはない。


「私としても申し訳なく思うので、事務所にくるオーディションを優先してまわします。まずはテープ収録の準備をしましょう」

「テープ収録?」


 疑問符が浮かぶ私に、社長さん説明してくれる。

 オーディションといっても最初から候補者を呼んで、その場で演技することは少ない。時間も、場所代もかかる。

 なので、事前にテープ収録してサンプルボイスを送って、審査することが主流であるらしい。

 テープオーディション。


「または、その中から気になった人だけ呼んで、直接選ぶことも多いわね」

「そ、そうなんですね」


 言葉を返すが、プロジェクト中止話から、すぐに次のための準備へと切り替わらない。

 わかっている。もうどうしようもないことは理解している。

 でも、心が追いつかない。


「……瀬名さん?」

「……でもそのテープと書類のみの選考だと、新人は負けますよね。テープといっても音は限られているので、経験者、知られている人の方が起用する側も安心ですよね。いくら私が可愛いからといって呼ばれないと意味がない」


 「それはそうかもだけど……」と社長さんの言葉が詰まる。


「でも、瀬名さんは厳しいオーディションの中から選ばれた実績もあるし、そんなことな」

「私は、デビュー前に解散したグループの声優ですよ!? そんな可哀そうな属性は選考に影響を与えません」


 私の声に会議室が沈黙に変わる。

 それでも語るべきはこの場の責任者だ。

 

「ごめんなさい。すぐに次の話をすべきじゃなかったわ……。今日はゆっくり休みましょう、ねえ瀬名さん」

「……はい」

「後日、落ち着いてまた話しましょう。相談はいつでものるから、私でも、マネージャーでもいいから、ね」


 小さく頷いて、その日は事務所を後にした。



 × × ×


 まだ昼間なので、公園に人は少ない。

 学校もなく、会社もなく、こうして何もせずベンチに座って、空をただ見上げるのは私だけだ。


「なんとかしなくちゃ……」


 このままではいけない。

 でも何をしたらいいのか、すぐには浮かばない。

 

 一人暮らしの家に帰っても誰もいない。

 相談できる相手もいなくはないけど、事務所や同じグループだったメンバーと話しても互いに困った状態で、ネガティブ度が増すだけな気がする。


 なら声優に関係ない友達に、と思うが近くに友達はいない。

 高校の同級生はまだ大学生でほとんどが地元にいる。それに友達は多くなかった。親友と呼べるのはあの子、だけだった。

 まだあの子に、報告できる状況じゃない。


「セナは、世界に名を広げるんだ」


 それが夢だから。

 夢のためなら、私は頑張るしかない。


 けど観客のいない公園に響く声は、ただ虚しいだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る