1章 引退って聞いていません!②

 セナには3つの夢がある。


 1つ目は声優になり、名前を知ってもらうことだ。

 素敵なキャラを演じた人として誰かの心に残ってほしい。生きた価値をこの世に残したい。セナは確かにいたんだと、その名を永遠に残したい。


 2つ目は歌手としてもデビューし、アリーナに立つことだ。

 光輝く舞台で、最高の瞬間を生き、世界で1番の幸せ者になる。それを見たファンはその瞬間を一生忘れることはないだろう。


 そして3つ目。

 それは憧れの声優で歌手の『千夜せんやミラ』と同じ舞台に立つことだ。

 小さなイベントでの共演ではない。できたらアリーナという最高の舞台で、彼女に並び立ちたい。


 そうすることができたら、私は凄い声優になれたと胸を張れると思うんだ。

 

 私は、永遠にするために生きている。

 私は、最高の一瞬を手にするために生きている。

 

 永遠と一瞬を得て、憧れに触れた時、

 やっと×××になれる。


 そして―――、



 × × ×


「めっちゃいい笑顔。でも瀬名さん、もっといこうか。宣材だからもっと明るく」

「もっとですね! わかりました、やってみます!」


 カメラマンさんに言われ、自分の頬を人差し指で持ち上げ、指を離し、そのままキープ。

 私は可愛い。すっごく可愛い。今の私はこの世で1番可愛いんだ!


「あ、今の表情最高です。貰いました」

「良かったです~。ありがとうございました!」


 OKサインが出て、ほっとする。

 事務所への入所式が終わり、最初に行われたのがホームページ用の写真撮影だった。

 来週から事務所ページに私の名前が掲載される。誕生日、出身地、趣味・特技しかない空白だらけなページだけど、それでも私だけの空間だ。

 その空白を埋められるかは、これからの私次第。


「いい表情だったわ、瀬名さん。来週からアクセス殺到間違いないしね」

「やっぱり素材がいいからですかね」

「あははは。調子いいわね、瀬名さん」


 側で見ていた社長の片山恵実かたやま えみさんに褒められ、つい調子に乗ってしまう。


「生意気すぎですか?」

「いいえ。瀬名さん、声優になったからには自信満々でいましょう。自分を低く見積もっては駄目ですよ」

「ですよね。私はこれからもあざとく、可愛さ満点でいきます~」


 私、瀬名灯乃せな ひのは、この春からシングルグレイスプロモーション、通称「シンプロ」に所属することになった20歳の声優だ。

 声優。

 それは、アニメやゲームなどの作品に声を吹き込む仕事のことである。

 けどそれだけに留まらず、ラジオを担当したり、歌手活動をしたり、イベント出演したり、写真集を出したりなんて人もいるほど、活躍の範囲は広い。だが売れるのはごくわずかで、ほとんどの人が食っていけない過酷な業界でもある。

 選ばれるために、見た目、性格まで求められてしまう。

 だから、少しでもよく見られるようにプロのカメラマンさんに頼み、こうやって宣材写真を撮っているのだ。


「岩竹さんも、もっと笑って~」

「こう?」

「さらに険しくなりましたよ、もっと口角あげて~」


 この春に、シンプロに所属することになった声優は3人だ。

 私と今、写真を撮っている岩竹朱音いわたけ あかねさん。それともう一人の男性。……すみません、まだ名前を覚えられていません。山田だったか、山口だったか……。

 東京に来てから会う人が多すぎて、なかなか名前が覚えられない私がいる。


「瀬名さんは置いといて、今年の他の新人は固いな~」


 片山社長がこぼした言葉に反応する。


「例年はもっと明るいんですか?」

「年によってカラーはでるね。去年は動物園のように賑やかで、写真撮影でも怒られていたよ」

「写真撮影で怒られるって相当ですね……」

「相当だったわよ。でもすでに活躍している人が多いのも事実。礼儀は大事だけど、賑やかなのも悪くない」


 個性の集まり。

 その個性の中で突出するためには、自分をアピールするしかない。怒られるのはやりすぎで良くないけど、キャラを知ってもらうことは大事なことである。

 それに例年なら、シンプロの養成所にいた仲間同士がそのまま上がり、正式所属になることが多いので、元々知った仲で賑やかなのかもしれない。


 でも、今年はちょっと違う。

 二人は事務所経営の養成所から上がってきたが、私は別枠だ。

 

「はーい、じゃあ3人とも集まって~」


 岩竹さんの撮影も終わり、社長の一言で私たちは集合する。


「今日は早いけどこれで終わりです。明日は9時に事務所に集合で、色々なところに挨拶まわりにいくからよろしくね」

「「「はい」」」

「歓迎会は今週末にやるんで、よろしくお願いします。今日はごめんね、期はじめでドタバタしている人が多くて。じゃあ今日はお疲れ様でした」


 「お疲れ様でした」と3人声を揃え、今日は解散だ。携帯で時間を確認するとまだ17時前。今日は早めの解散だ。

 そう思っていると、山……、山さんが提案をしてきた。


「よかったら同期3人で、親睦会って感じで飲みにいかない? 声優になれた貴重な同期3人だから色々話そうよ」


 彼の言う通り貴重な同期だ。

 なってからも大変だが、なるまでも過酷で、自分で言うのもなんだが『選ばれし人間』である。

 ライバルではあるけど、これから同じ悩みを持ち、切磋琢磨する存在になっていくだろう。会ったのは今日初めてだが、これから長い付き合いになるはずだ。

 でも、私は断るしかなかった。


「ごめんなさい、お誘いは嬉しいんですがこの後レッスンがあるんですー」


 18時からで集まって、ダンスレッスンが予定されている。

 私は、これからデビューする声優アイドルユニットに入っていて、その練習がほぼ毎日あるのだ。初ライブは来月、5月のGWに行われる。ライブを皮切りにソーシャルゲーム展開、次のライブ、アニメ化が待ち受けていて、休む暇がない1年となるはずだ。


「そっかー、そうだよね。ライブ頑張ってね。俺も絶対に見に行くよ」

「言いましたね~絶対に見に来てくださいよ!」

「もちろんだよ。瀬名さんは同期の期待の星なんだから!」

「ありがとう、嬉しい! でも惚れないでくださいね? 私、彼氏とか作る気ないんで」

「え、あ、うん。も、もちろんだよ!!」

「……いいわね、優等生は」


 応援してくれる山さんとは対照的に、もう1人の新人の女の子、岩竹さんは棘のある言い方をしてきた。

 私を優等生呼ばわり。

 温厚で心の広い私でも、ついムッとしてしまう。


「……別に優等生なんかじゃありませんよ」

「私たちはまだ役をもらえるかどうか、未来もわからない真っ白な状況なのに、その中で役をすでにゲット。どうみても優等生でしょ」

「そ、そんなこと言われても……、私は頑張るだけですし」


 これからスタートのはずなのに、私はすでにスタートしてしまっている。逆の立場だったら私も嫉妬してしまうだろうし、気持ちはわかる。けど、それにしても彼女は攻撃的で、口撃はやまない。


「あんた、なんでここに来たの? 他にも大手事務所がたくさん候補にあったでしょ?」

「……話す必要ありますか」


 バチバチとした空気。慌てて山さんが仲裁に入った。


「まぁまぁ二人とも落ち着いてー。せっかくの同期だよ、仲良くしようー!」

「ごめんなさい、私行きますのでぜひまた飲みましょう。楽しみにしてます~」


 何が気に食わないのか。まだ会って初日だ。

 でも、「彼女とはこれからも仲良くできないだろうな」という気持ちになった。


「じゃあ、岩竹さん二人で……」

「お疲れ様でしたー」

「二人は、ないですよねー」


 そんな悲しいやり取りが聞こえたが止まらず、私は歩くスピードをさらに上げ、その場を去った。




 × × ×


 誰もいないレッスン室に入り、呟く。


「さすがに早く着きすぎたかな……」


 部屋がすでに空いていたので入ったが、まだスタッフもメンバーもいない。でも、何もしてないのももったいないのでストレッチを始めることにする。本番まで時間があるようで、1ヶ月なんてあっという間だ。


 『スターエトランゼ』。

 星の旅人を意味するユニット名は、5人の新人がこれから声優界を旅する中で、光り輝く星になることを願う意味を持つ。

 まだ見知らぬ旅人かもしれないが、これから名付けられる星になるんだ。


 星の頂点の数と同じく、私たちは5人メンバーのグループだ。

 メインの5人は全員新人で、オーディションで決まった。私は地元の岡山にいた時にこの一大プロジェクトのことを知り、応募した。オーディションは書類選考含め5次まであり、毎回の合否の度にドキドキだったが、見事に合格することができた。


 合格後は、希望する事務所にかけ合うという好待遇。事務所に所属できないことは絶対になく、それも応募した要因の一つだった。

 私には3つの事務所から熱烈なオファーがきて、そのうちのひとつであるシングルグレイスプロモーション、シンプロを選んだ。

 

「おはよう、せなっち!」


 ストレッチで足を伸ばしていると、グループのメンバーである小柄な女の子が入ってきた。


「おはよー、比嘉ちゃん。いえーい」

「いえーい」


 掛け声と共に、ハイタッチ。それが私たちの挨拶だ。

 比嘉可枝ひが かえ。沖縄出身のいつも元気な、まだ17歳の女の子だ。20歳の私でも、若いな~と思ってしまうほどに活発で明るい性格である。


「せなっち、来るの早いね~」

「今日、事務所の入所式で早く終わったの」

「4月の今にやるんだね~」

「この半年ですでに練習、レッスンしているから今さらな感じもあるよねー」


 岡山から離れて、もう半年経っている。事務所への正式所属は今日だが、半年前にシンプロからのマネージャーはすでについているし、『スターエトランゼ』のメンバー発表も済んでいて、雑誌やWebに名前、写真は掲載済みだ。


「……やっとだね。私たち、ついに来月デビューなんだね」

「ねー、この半年間のレッスンすごーく大変だったねー。皆で歌えるなんて嬉しいな~。声優になれてよかったねー」


 ようやくといった気持ちだ。

 やっとセナの声優人生を始められる。 


「まだこれが第一歩で、始まりでしかない」

「お?」


 仲間に堂々と宣言する。


「セナはスーパーアリーナに立つんだから」

「やる気満々だね~」

「やる気満々だよ。そのためにここにいるんだ」


 褒めるメンバーに笑顔で返すと、相手も笑ってくれ、嬉しくなった。


「せなっち、いつものやってよ、自己紹介のあれ~」


 「仕方ないなー」と言いながら、ノリのいい私は両手を広げて、大きな声を出す。


「世界にこの名を広げよう。瀬名灯乃せな ひの、精一杯頑張ります!」

「いいね! それ聞くと元気になるな~」

「比嘉ちゃんも早くつくってよ、いつも私ばかりなんだからー」

「私には自己紹介ネタは早いかなって~」

「……別にネタなわけじゃないよ?」


 この自己紹介の挨拶も、来月にはお披露目だ。

 ……恥ずかしくないよ。これがセナなんだから。



 × × ×

 くたくたになりながら、玄関のカギを開ける。

 

「疲れたー」


 誰に言うまでもなく、買ってきたお弁当を机に起き、ソファーにダイブ。お腹は空いたが、再び動くまで充電が必要だった。

 今日のレッスンもハードだった。でも本番が近いので、疲れよりも期待が勝る。

 そのまま机のリモコンに手を伸ばし、テレビをつける。特に見たい番組はないが、部屋に雑音があると寂しくなくなる気がするので習慣となっている。私だけ?


 テレビではちょうどニュースがやっていた。

 頭を働かせず、ぼーっと眺めていたら知っている顔が映った。


「あ、後藤さんだ」


 後藤さんは、『スターエトランゼ』のプロデューサーで作曲者で、責任者である。

 後藤さんはかつてロックバンドのリーダーとして一世を風靡した人物で、バンド解散後も彼の作曲センスは衰えず、稀代のヒットメーカーな凄い人だ。

 今回も「あの後藤さんが立ち上げたプロジェクトだ!」と注目度が高い。私も何度か会って、スターエトランゼのコンセプトを聞き、彼の音楽への熱い気持ちに感激し、絶対にこのプロジェクトは成功すると確信していた。


 その後藤さんがテレビに映っていた。


「……うん?」


 テレビで映る後藤さんは顔を俯かせ、人に囲まれながら歩いていた。フラッシュがやたら眩しい。

 へ?


『後藤容疑者は3億円を横領した疑いで逮捕され、さらに他にも余罪の疑いがあり……』


「えぇえぇ、ええええええええぇぇえええ!?!?!??!?」


 え? え!?

 驚きのあまり、ソファーから転げ落ちた。

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