第5話

 弟は不登校だ。中学に入るまでは、2つ上の俺に勉強も運動も張り合って、「お兄ちゃんが〇年生のときより僕のこの教科の成績は良いよね?」などとよく言ってきたものだ。けれど、中学に入ってしばらくすると、少しずつ勉強が分からなくなっていったらしく、威勢のいいことを言わなくなった。部活も俺の真似をしたのか吹奏楽部に入った。だが、傷つきやすいのか、自分が上手く演奏できないことや、演奏会やコンクールのときの楽器運搬で迅速に動けないことをいつも苦にしていたようだった。確かに、俺に比べると弟はいささか不器用で、一遍に複数のことをやるのは苦手だ。でも、誰もが器用なわけではない。自分の出来る範囲でまずは一生懸命やれば良いのだ、と弟が弱音を吐く度に諭したものだった。


 弟が中学2年生の夏休み明け、突然、学校に行かなくなった。一か月ほど自室に引きこもったまま出て来なかった。家族全員でそれぞれ理由を聞いても、要領を得ない答えが返ってくるばかりだった。弟の友人と名乗る生徒が家に来て学校へ行こうと促したこともあったが、結局出て来なかった。その生徒は30分で帰った。


 弟がクラスや部活でいじめられているのかという疑惑も生じたが、担任の教師によれば、友達とふざけ合うことはあるけれど本人は楽しそうにしていたという。部活の同級生(一度だけ家に来た。部長としての仕事、ということだった)は、確かに男子の割には非力で、なんとなく鈍くさかったけれど、部活にとってマイナスなんてことはない、早く戻ってきてね後輩もいるんだし、と言っていた。


 不登校になって一か月して、ようやく弟は部屋から出てきた。けれど家から出ることはできなかった。

「学校行けそう?」

「…うーん…」

なんだか要領を得ない返事をしながらも一応鞄を持って玄関を出た。と思ったら地面に膝をついてしまった。30分ほど唸っていたが、結局家の中に戻ってきた。

「無理…。」


 家の中は歩き回るが外にはほとんど出なくなった。そして数カ月が経ち、俺にとっては高校2年の、弟にとって中学3年の春がやってきた。不登校の弟がいるなんてどうも恥ずかしい、どう接すればいいのか分からない、そんな気がして会話もほとんどなくなっていた。そんな中での、弟が妹になる、という事件は何かの予兆なのだろうか?

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