第4話(途中まで/当時未公開)

 弁護士・白河しらかわ白狼はくろうに連れられて琴音子ことこが足を踏み入れたのは、真白い壁面がぴかぴかと光る、真新しい雑居ビルだった。エレベーター横の案内ディレクトリを見ると、「ホワイトウルフ法律事務所」はその最上階である10階に入居している。……最上階?

 琴音子の頭をふと古い記憶がよぎった。生前の父が、確か、こういうビルの最上階にはオーナー自身の事務所が入居していることが多いと言っていたような。


「このビル、ひょっとしてあなたの持ち物なんですか?」

「いかにも。俺が個人名義で所有するホワイトタワーだ。トランプタワーには及ばないが、入居審査は厳しいぞ。このビルに入っている企業はみな、規模は小さいが絶対的ホワイト企業だ」


 そう言って白河は琴音子をエレベーターにエスコートし、軽やかにボタンを操作して己の牙城へといざなう。

 お金持ちが無条件に偉いということはないが、しかし、都心にこの規模のビルを個人所有できるというのは……。この白河という男、思った以上に大物なのかもしれないな、と琴音子は息を呑み、変な白ブチ眼鏡が目立つ彼の横顔をちらりと見上げた。

 黙っていれば男前に見えるが、しかし視線はカミソリのように鋭い。そして……眼鏡の奥に光るその瞳は、ひとたび彼の名乗りを聞いた上で見てみれば、明らかに人間の色をしていない。

 妖怪弁護士ホワイトウルフと彼は名乗っていた。そう、あの会社のブタ社長や生徒達と同じで、彼もまた人間ではないのだ――。


「さあ、入りたまえ。労働者の生命・権利・財産を守る白亜のシェルターにして、ブラック企業を爆撃殲滅せんめつする正義のミサイル基地、ホワイトウルフ法律事務所だ。キミの来訪を心から歓迎する」


 なんだかよくわからない売り文句とともに白河に招き入れられ、琴音子は事務所の扉をくぐった。たちまち目に入った内装は、なんというか、予想を微塵も裏切らないものだった。


「……中も白いんですね……」


 床も白なら壁も白。広いデスクが並べられた開放感のあるオフィスは、そこそこの面積を誇っているように見えるが、内装が白いから余計に広く見えるのかもしれない。


「あら、カワイイ依頼者さん。こんにちは」


 事務員らしきお姉さんが上品にお辞儀をしてきた。さすがに彼女の服は白ではなかったが、そのことが逆に空間の白さを引き立たせていた。

 白いパーテーションで区切られた相談ブースに案内され、白いチェアに着席して琴音子が待っていると、白河白狼が白いマグカップを二つ持ってそこに姿を表した。


「コーヒーで良いかね。俺は冷たいミルクを飲む」


 琴音子の前に置かれたカップは、湯気とともに良い豆の香りを立ち上らせていた。一方、白河のカップは本当に白い液体に満たされている。


「本当はホットミルクが好きなのだが、あの匂いは人によっては悪臭に感じるらしいからな。キミがどうかは知らないが」

「……わたくしは、構いませんが……。でも、意外と人への配慮とか持ち合わせてらっしゃるんですね」


 琴音子は本気で意外に感じたが、白河は「何を言う。俺はいつでも他者への配慮に満ちているぞ」と真顔で言い返してくる。あんな強引な勧誘で事務所に連れてきておいて、よく言うものだ――。

 ……あれ? そういえば、事務員らしきお姉さんが居るのに、この弁護士は自分で飲み物を持ってきたな。


「事務員の女性がいるのに弁護士が自分で飲み物を持ってきたな、と思っただろう」

「え、ええ」

「その発想が既にブラック企業の体質に毒されているのだ、キミ。女性だから、事務員だから飲食の給仕までしなければならんというのは、古き悪しき日本企業の唾棄だきすべき身分思想だよ。俺はこの事務所の経営者として、従業員に本来の仕事以外の雑務雑用を強いたことなど、今までもこれからも一度もない」


 ふふん、と胸を張って、白山はマグカップのミルクを美味しそうに飲んだ。


「……そうですか」

「さて、お嬢さん。まだ委任契約を締結していないので、この時点でキミの身分素性を尋ねる気はないが――まずは事件のあらましを聞かせてもらおうか。キミがクソ企業に勤めることになってから、不当解雇の憂き目に遭うまでの時系列を」


 カップを置き、偉そうに腕組みをして、白河が眼鏡のレンズ越しにじろりと琴音子の顔を見据えてくる。琴音子はせっかく淹れてもらったコーヒーに手を付ける心の余裕も持てないまま、まずは気になっていることを問いただした。


「あの、どうして、わたくしが不当解雇されたって――」



(以下、執筆打ち切り)

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