chapter 3. (途中まで/当時未公開)

 無人エアタクシーが入れるのは居住区の入口までだった。走り去る車を見送り、ミナトはIDをかざして入構ゲートを通った。元より検事は全国どこの居住区にでも出入りできるのだが、ミナトの人別帖レジスターは新京検察への着任と同時にこの居住区に書き換えられたらしく、正規の住人としての入構を示す「RESIDENTレジデント CONFIRMEDコンファームド」の緑文字がゲートの上には誇らしげに輝いていた。

 携帯端末のGマップをポップアップ表示させ、ミナトはまだ見ぬ「実家」への道を辿った。時刻は16時を過ぎたところで、居住区内の小学校から下校する児童達や、外部の学校から帰ってきたらしき中高生の姿もちらほらと見受けられた。

 10分ばかり歩いて辿り着いたミナトの「実家」は、二階建ての無機質な白壁に、人ひとりが通れるサイズの玄関扉を備えた、今時珍しい一軒家だった。


「……」


 やや逡巡しながら玄関扉の指紋センサーに手を触れようとしたところで、ミナトはふと気付いた。扉の足元、小庭とさえ到底呼べない小さなスペースに、人工土を満たした植木鉢プランターが置かれ、どうやら本物らしい花々がささやかな自己主張を放っていることに。

 赤や青、黄色にオレンジと、いくつもの色の花が雑多に植えられたプランターだった。何の花なのかは正直わからないが、これを植えている人物の人となりは何となく想像できるような気がした。


 ――遺留品から犯人の心理を読め。現場の鉄則や――


 阪京の先輩検事に教え込まれた捜査の基本がふとミナトの頭をよぎる。そう、こんな節操のない花の植え方をする者の素性は、きっと――。


「あ、あのあのあのっ!」


 背後に黄色い声とパタパタという足音を聞いて、ミナトは咄嗟に利き手の右を構えながら振り返った。

 その一瞬後、光刀かたなに手をかける必要はないことがわかった。ミナトに掛けられた声の主は――、


「お兄ちゃん!? お兄ちゃんだよね!?」


 目をきらきらと輝かせ、ツインテールを顔の横でぴょこぴょこと揺らして、飛び跳ねんばかりの勢いで顔を突き出してくる、華奢な体型の少女であったからだ。


「今日こっちに引っ越してくるって急に聞いて、わたし、急いで学校から帰ってきてっ」


 古の実弾銃マシンガンのような勢いで言葉を並べる彼女に目をしばたかせながら、ミナトは頭の片隅で冷静にその姿を観察していた。水兵セーラー服に短めのスカート。その洋装は一目で高校生の制服とわかる。そしてその顔貌がんぼうは、羽切はぎりたえから先程見せられたばかりの自分の「妹」――伊吹いぶきユカなる少女のものに他ならなかった。

 しかし、いざ対面してみれば、この謎のテンションの高さは何だ。向こうも初対面の筈なのに、まるでずっと自分に会いたがっていたかのような、この勢いは。


「へぇーっ、イケメンなんだね! ちょっと暗そうだけど!」


 彼女が腕を伸ばし、浮いていた自分の右手をぎゅっと両手で包んでくる。ミナトはなぜかそれを避ける気にも振り払う気にもなれなかった。そのかわりに口をついて出たのは、何とも間の抜けた質問だった。


「君が、僕の妹……?」

「はーいっ。お父さんの隠し子だったユカでーす」


 ミナトの右手をぶんぶんと振り、彼女はあっけらかんと言った。まるで「喜」と「楽」の感情しか持ち合わせていないかのような、底抜けの笑顔をミナトに見せ続けながら。


「……ひとまず、手を離してくれないかな」


 人懐っこい温もりを湛えた柔らかな手の感触に耐えられず、ミナトは喉から絞り出すようにそう告げていた。身内とはいえ、この十八年の人生で異性に手を握られるのは初めてのことだった。という感覚が、ミナトの心の深奥から強烈に警告を発してくるかのようだった。


「えーっ、離すのー? せっかく握ったのにっ。お兄ちゃん、戦う人の手だね。かっこいいっ」


 やっと手を離してくれたかと思いきや、ユカはミナトの目を見上げて天真爛漫の笑みを向けてきた。たまらず目をそらすと、彼女はクスクスと笑った。年下の少女に侮られているようで、ミナトは無性に悔しかった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



(以下、執筆打ち切り)

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