第4話 法が通じるなら話は早い

「俺っち河童カッパは、昔から村の工事を手伝ったりして、人間達と良い関係を築いてきたんっす」


 ぎょろりとした目をくりくりさせて、三太郎さんたろう青年は語った。人間の姿に化けてはいるものの、パーカーのフードを取り払ったその頭頂部では大きな皿が存在感を放っている。


(若いのに可哀想……っていうのは、違うか)


 ようやく落ち着きを取り戻し、志津は白山の隣の席に座り直して話を聞いていた。三太郎青年の頭は、若い見た目と相まって若ハゲにしか見えなかったが、彼らカッパにとって頭の皿が誇るべきものなのか恥ずかしいものなのかもわからない志津には、何ともリアクションしようがない。


「俺っちが勤めてる千曲ちくま工務店って会社は、代々、水神すいじん様が社長をしてるんすが、五年ばかり前……俺っちが親父と入れ替わりで入社した頃、水神の代替わりがあったんす」

「ほう。興味深い話だな……」


 白山は腕組みの姿勢で椅子に深く腰掛け、クソ真面目な顔をして三太郎の話に耳を傾けていた。今の「興味深い」というのも恐らく嫌味ではなく本音なのだろうな、と志津は思いながら、とりあえず聞く限りの話をメモに書き付けていく。


「親父や皆から聞いた話じゃ、前の水神様は俺っちにも優しかったらしいんっすけど……。今の社長は、なんつうか、人間かぶれがヤバくて、皆を少ないでこき使うんす。おまけに最近じゃ、休みもマトモに取らせてもらえねえ有様で……」


 三太郎の表情は見る見るうちに暗くなっていった。ふむ、と頷いて、白山が言う。


「それで君は、弁護士に何とかしてもらおうと思って、河辺かわべ氏のところに行ったわけだな」

「そ、そうっす。今日は一ヶ月ぶりに工事が休みになったんで、俺っち、親父に金借りて街まで出てきたんす。最初にあの河辺センセのところにお邪魔したのは、なんつうか、顔見てピンと来たからで」


 瞬間、河辺弁護士の顔が再び志津の脳裏をよぎった。


「え、河辺先生ってやっぱりカッパ……?」

「? いや、あのセンセは人間っすよ」


 三太郎がきょとんとした顔で志津を見てくる。横から白山が追い打ちをかけてきた。


「何を言っているんだ、君は……」

「えっ! だって!」


 たちまち顔が熱くなるのを感じながら、志津は言い返す。


「カッパが実在するなんて現実見せつけられたら、じゃあカッパに似てる既存キャラもカッパなのかなって疑うのは自然な流れじゃないですか!」

「現実の人間をキャラなどと言うんじゃない。これだから作家脳は……」

「え、何すか、お姉さん、作家さんなんっすか?」


 ぱちくりと目をしばたかせてくる青年の言葉に、「まあ、一応」と志津が適当に答えたところで、白山が場を仕切り直した。


「とにかく、君が労働関係で問題を抱えていることは理解した。だが……」


 片手を顎に当て、白き狼は微かに唸る。


「生憎、俺の専門は人間の法律なものでな……。助けてやりたいのはやまやまだが、弁護士というのは、法律の通じない世界では力を発揮することができんのだ」


 彼の口調には若干の悔しさが混じっているように思えた。

 彼の言わんとすることは志津にも十分理解できる。労働法絡みの争いでは無類の強さを発揮する我らがホワイトウルフだが、その力が法律という武器に立脚している以上、その枠組みを外れた世界では彼は活躍することができないのだ。


(弁護士が異世界に行っても、何の役にも立たないもんなぁ……)


 いつぞやボツにした新作企画のことを志津は思い返す。自分とてWEB作家の端くれ、やはり一度は流行りの異世界モノに乗ってみなければならないと思い、白山白狼の活躍譚を異世界転移のフォーマットに落とし込めないかと考えたことがあったのだが……。

 現代日本の法律が存在しない世界では、いかんせん、弁護士が力を振るう機会を作れないということに気付き、断念してしまったのである。


(妖怪の世界に労働法なんかないだろうし、いくら白山さんでもねー……)


 そもそも、よく知られていることではあるが、法律は人間以外の生き物を「物」として扱っている。動物に人権がないのと同様、妖怪にも諸々の権利は認められないのではないか。

 三太郎青年には悪いが、今回ばかりは流石の白山白狼でもどうにもできまい……。志津がそんなことを考えていると、当のカッパは目をぱちぱちさせ、ケロっと一声鳴いてから言った。


「白山センセ、ご存知ないんっすか。最近、妖怪ようかい最高裁さいこうさいの判決で、妖怪の労働も人間と同じ法律で守られることに決まったんすよ」

「何だと……?」


 白山が腕組みを解いたところで、三太郎はがさごそとパーカーのポケットを漁り、何やら冊子のようなものを取り出していた。

 人間に化けた彼の手がテーブルの上にそれを広げる。少し湿ったその冊子には、よく漫画のオバケの台詞で見かけるおどろおどろしいフォントで、「妖怪官報かんぽう」と印字されていた。


「妖怪官報……?」

「俺っちが弁護士センセに会いに行くって言ったら、ダチがこれ持ってけって渡してくれたんっす。弁護士センセが見れば意味がわかるだろうから、って」

「ふむ……」


 白山の前に手繰り寄せられたそれを、志津も横から覗き込んでみる。数ヶ月前の日付だった。妖怪最高裁の判決第何号がどうとか、何やら小さい字で色々と印刷されているが……。


「なるほど。労働三法さんぽうをはじめ、労働関係の諸法令については人間界の規定を妖怪にも準用することになったわけか……」

「読むの早っ! もう理解したんですか!?」

「君は俺を誰だと思っているのかね。……ふむ、労基法24条については、妖怪独自の慣例が存在する場合は労働協約があったものとみなすわけか……。なかなかよく考えられているな……」


 白山が資料のどこを読んでいるのかすら、もう志津にはわからなかった。


「何ですか、それ」

「少ないキュウリでこき使われているとか彼が言っただろう。労基法では、労働者の給与を通貨以外の形で支払うことは原則禁じられているのだが……妖怪には妖怪の事情があるのだろうな。現物払いの慣例がある場合はそれを合法なものとみなす、と規定してバランスを取っているわけだ」

「へえ……。よくそんなの一瞬で読み取れますね」

「今回は有給の件だと聞いていたからな。まずは妖怪の労働における給与がどういうものかを把握せねば始まるまい」


 さて、と資料から目を上げ、我らがホワイトウルフは、丸い目を丸くしている三太郎に向かって言った。


「法が通用するのなら話は早い。君の依頼、この白山白狼がうけたまわろうではないか」

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