第2話 カッパ(比喩)からの電話
聞き慣れたオオカミの遠吠えの着信音が事務所に鳴り響いたとき、
依頼者の苦しむ時間を一秒たりとも伸ばしてはならないとの
「はい。ホワイトウルフ法律事務所です」
素の自分とは似ても似つかないウグイス嬢のような声を作るのも、もはや慣れたもの。
これがホワイトウルフ法律事務所の電話応対だ、どうだ参ったか、と志津が心の中でふふんと胸を張ったとき、受話器を通じて耳に飛び込んできたのは、今にも消え入りそうな男性の声だった。
『どうも、
依頼者ではなく同業者からの電話だ。水
「申し訳ありません、あいにく白山は外出中でして……」
手元にメモを引き寄せながら、ふと志津は考える。この、どこかうだつの上がらなそうな声。この声の主を自分は知っているような気がする。弁護士で河辺というと、確か……。
「あっ!」
脳内にカッパの姿が蘇り、志津は思わず声を上げていた。
「あの、河辺先生って、
『え、ええ、確かにその河辺でして……。そちらの先生とは、以前、その件でお目に掛かりましたが、今日は別件でして……』
「あー、やっぱり! わたし、その時の当事者の
あの独特の風貌は忘れようにも忘れられない。痩せぎすな
『……あぁ、あなた、あの時の? そりゃあもう、覚えてますよ、あなたは強烈でしたからね……。……おや、しかし、今はそちらにお勤めだったんですか』
「ええ、あの時の縁で、この事務所に拾ってもらいまして。……その節はご面倒をお掛けしました」
志津が電話口で小さく頭を下げると、向かいでミドリさんがくすりと笑った。
『いやいや、面倒なんて。仕事ですから……。……あの、白山先生は、今日はお戻りになりますかね』
河辺氏の言葉でようやく本題に立ち返り、志津はパソコンのサブディスプレイに表示された白山のGoogleカレンダーを見る。
「本日の午後でしたら在所しております」
『そうですか。……実はですね、労働法の関係で、ちょっと変わった依頼者さんが見えられてまして……。正直、私の方では手に負えない感じでして、それで白山先生の方で相談に乗ってあげて頂けないかと思いまして……』
「はぁ。ブラック企業絡みですか?」
最近よくあるパターンだな、と志津は思いながら、メモにひとまず河辺氏の名前を書きつけた。
河辺氏は別段、白山と提携関係にあるわけではないはずだが、他所の弁護士がこの事務所に話を回してくるのは最早珍しいことではない。
『そうですね……。有給の話なんですが……なにぶん特殊な労働者さんでして、私の方では、どうにも……』
そして、ブラック企業の
「本日のご来所をご希望でしたら、14時以降でお約束させて頂ければと思いますが」
志津がそう伝えると、河辺氏はほんの10秒ばかり電話を保留にしたかと思うと、すぐに「では14時にそちらへ行ってもらうようにします」と回答してきた。どうやら、今まさに河辺の事務所にその依頼者が居たらしい。
電話を終え、白山のGoogleカレンダーに予定を突っ込み、事務所用のスマホで彼にラインを打ってから、志津は考える。河辺氏が言っていた「特殊な労働者」とは、一体どういうことだろう?
「ミドリさん。今、河辺先生が『特殊な労働者』って言ってたんですけど……」
「特殊? 外国人とかかしらねえ?」
熟練の先輩事務員は僅かに首を傾げるだけだった。
まあいいか、来ればわかる――。一旦今の電話のことを頭の片隅に追いやり、志津は次の仕事のファイルを開いた。
……だが、この時の彼女には、全く思いもよらなかったのだ。
カッパ(比喩)に紹介されてこの事務所の門を叩くのが、まさか、本物のカッパであろうとは……。
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