本編(未完)

第1話 妖怪法廷

「――以上、原告げんこくの証言及び各証拠と照らし合わせれば、被告ひこくが労働基準法第39条に定める年次ねんじ有給ゆうきゅう休暇きゅうか付与ふよ義務ぎむを怠っていたことは明らかである」


 白山しろやま白狼はくろうの朗々たる声が、原告席から法廷に響き渡る。

 机の上の書面を手に取りもせず、後ろ手に胸を張った姿勢ですらすらと述べる彼のちは、トレードマークの真っ白なスーツに真っ白なネクタイ、どこで売っているんだと突っ込みたくなるような白ブチのほそ眼鏡めがね。スーツの下襟ラペルに輝く向日葵ヒマワリはかりの金バッジだけが、全身白ずくめの装いの中で唯一異なる色彩を放っている。


「よって、原告は、訴状そじょうの通り、本件内容証明の発信日からさかのぼって二年分の――」


 志津しづは法廷の傍聴ぼうちょう席に陣取り、緊張の中で裁判の成り行きを見守っていた。

 当事者達を挟んで真正面には、黒の法衣ほういをまとった威厳ある裁判官の姿。……その真四角な顔の横には、


「――を求めるとともに、今後の労働環境の改善を強く要望するものである」


 微塵みじんの恥ずかしげもなく言い切った白山の隣で、彼の雄姿に感激したのか、がよよよと顔を覆って泣き出した。

 頭の皿と背中の甲羅こうら、どこか愛嬌のあるぎょろりとした目、黄色いクチバシ。比喩でもなんでもない本物の河童カッパが、緑の肌の上に服を着て着席しているのだ。


(……さすがにこれは、小説のネタにも使えないなあ……)


 膝の上に広げたノートにせかせかとメモを取りながら、兼業作家二年目の志津は、に悟られないように小さく口元で溜息をついた。


「では、被告側……」


 白山が着席した直後、は被告席に顔を向けた。そこでは、カッパ達の雇い主である水神すいじんが、腕を組んでふんぞり返っている。


(……誰が信じてくれるのよ、こんな状況)


 妖怪の当事者達の争いを、幽霊の裁判官が裁く妖怪ようかい法廷ほうてい

 法曹ほうそう界のホワイトウルフと恐れられる、我らが白山白狼弁護士がこの場所に立つことになった経緯いきさつを語るには、三週間ばかり前まで話を巻き戻さなければならない。


(……まあ、仮に小説に書くなら、あの場面からよね)


 ひたいを押さえ、志津は思い返す。

 新作のプロットだと言って提出しようものなら間違いなく編集者に怒られそうな、その一幕を。

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