其の六 信長、馬で駆ける

「ホラホラ、そうと決まれば早く行こっ! 魔王のお城目指して!」


 何やらになっておるリカに手を引かれ、わしは刀を携えて立ち上がった。この小娘に指図されるのはしゃくじゃが、まあ、わしとて特段の異存はない。どのみち、こうして異世界転移してしまった以上、魔王とやらを倒してこの世界を救ってやるのが、わしとリカに与えられた使命なのじゃろうからな。


「まあ、待て待て。まずは最寄りの村落をおとない、情報を収集するのが『せおりー』じゃろう」


 リカに手を取られた姫の顔を見やり、わしは問う。


「おぬしも、当てもなく魔物から逃げておった訳ではなく、どこか目指す処があったのではないのか?」

「は……はい。南方へ十里ばかり馬で駆ければ、大きな教会のある町があります。そこの司祭様ならば、力になって下さるのではないかと……」


 姫の言葉はわしには「十里」と聞こえたが、恐らくはこの世界独自の単位を述べたのを翻訳魔法がそう訳したのであろう。ちなみに、未来の単位に直せば「四十きろめーとる」程の距離であるな。


しからば、参るとしようか――」


 と、そこで、はたと気付く。わしら三人に対して、馬は姫が乗っておった一頭のみ。三人同時に騎乗することは難しいが、さりとて徒歩かちでは目的地までどれだけ掛かるか分からぬ。行軍速度は戦いの肝であるからして、やはりここはこの馬を活かすのがよかろう。


「ふむ。おぬし、名は何と言ったかの」

「ウィスタリア王国第一王女、メリーディエースと申します」

「ではメリーディエースよ。わしが手綱を握るゆえ、おぬしは後ろに掴まっておれ。落ちるでないぞ」


 そして、わしは姫の傍で大人しく待機しておった白い馬に近付き、その首を撫でてやってから、ひらりとその鞍上に飛び乗った。わしの睨んだ通り、従順で良い馬じゃ。人を乗せる際の呼吸をよく心得ておる。


「……よろしいのですか?」

「なに、騎馬には若い頃から自信があるのじゃ」

「いえ、あの……リカ様は……」

「そうよノッブ! リカだけ歩きとか酷くない!? レディーを優先するべきだと思いまーす」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて憤慨するリカを前に、わしは思わず溜息をつく。こやつ、己が「ちーと」を得たことを未だ実感しておらんようじゃな。


「魔法が使えるのじゃろう。飛行魔法か何かで適当に追いかけてくるがよい」

「えっ? まって、えっ」

「メリーディエースよ、離すでないぞ。参る!」


 姫がわしの腰にしっかりと手を回すのを確かめ、わしは馬を駆けさせた。「らぶこめ」やら「はーれむ」やらの要素を持つ「うぇぶ小説」であれば、ここで姫の胸がわしの背中に押し当てられて云々という描写が入るのであろうが、生憎あいにく、わしは南蛮胴の鎧と「まんと」を纏っておるゆえ、何も感じはせぬ。


「ひゃあっ。はっ、速いっ」


 姫の恐れる声が背中から聴こえる。自身ではこれ程の速さで馬を駆けさせたことなどないのじゃろう。先程の魔物どもから逃げておる時にも、馬に任せてただ背中にしがみついているだけという形であり、とてもこの馬本来の「ぽてんしゃる」を引き出せておるとは言えんかった。

 折角の機会じゃ、わしが教えてやらねばならぬ。馬を操るということのまことの意味を。

 わしの意思を従順に読み取り、馬は疾風はやての如く草原を駆ける。わしの腰に掴まる姫の力が、一層強められるのが分かる。


「……ふむ。良い馬じゃ」


 その呟きに応えるように、白馬は誇らしくいなないた。ひづめの高鳴りが身体を煽り、薫る風が顔面を叩く。若い頃より慣れ親しんだこの感覚。人馬一体となり地を駆けるのは、やはり悪くないものじゃ。


「さて、あやつは……」


 馬を疾走させながら、わしはちらりと後ろを振り返る。まさしく、わしの言った通り、リカは飛行魔法と思しき術で低空を飛び、わしらの馬に追いすがってくるところであった。どこで学んだのか、両手を前に突き出して水平に空を飛ぶその姿勢は、かつて「特撮おたく」の未来人がわしに見せつけてきた「うるとらまん」の飛行の姿勢に瓜二つである。

 ちゃんと付いてきておるな、感心感心。わしが視線を前に戻したところで、


「ちょっとー、ノッブぅ~」


 わしらの馬の隣に並び、リカが何やら大声で呼びかけてくるのじゃった。


「ノッブ、待ってよぉ~。信長さんー。織田信長さんー」

「なんじゃ、騒々しい」


 馬と横並びで飛び続けるリカの呼びかけに、わしは仕方なく応じてやる。リカは口を尖らせ言った。


「これ、めっちゃ疲れるんだけど! めっちゃ体力消耗するんですけどー!」

「……ふむ?」


 その倦怠に満ちたような形相は、嘘を言っておるようには思えぬ。魔法で飛ぶなら体力の消耗は無いのではないかと思っておったが、「えむぴー」とかいう概念があるのであろうか。


「一旦止まろうよ~、ノッブ~。リカ、このままずっと飛んでくのムリー! リカがバテてたら敵が来ても戦えないじゃーん。リカちゃんファイヤー出せないじゃ~ん」

「そうじゃな……」


 こやつらしからぬ正論を言うものじゃ。わしがやんわりと減速を掛けると、馬は徐々に速度を下げ、やがて草原の中で足を止めた。馬上の姫がほうっと息をついたのを見ながら、わしは、疲れ切った様子で肩を上下させておるリカを見下ろした。


「さて、どうしたものかの。この馬に三人乗るのは無理じゃろうし、徒歩かちで向かえる距離でもない」

「ノッブ、カゴ呼んでよ、カゴ~。殿様でしょ~?」

「どこから呼ぶのじゃ、たわけ。おぬし、『すまほ』で『たくしー』を呼び寄せるような魔法は持っておらんのか」

「ムリムリムリ! てか、地下アイドルはタクシーとか乗らせてもらえないし! 事務所のハイエースだし!」


 と、そこで、わしとリカの丁々発止を見ておった姫が、「オダノブナガ様」と控えめにわしの名を呼んできた。


「物質具現化の魔法を使うのはいかがでしょう? 一級の魔術師しか使いこなせないと聞いておりますが、リカ様のご力量であれば……」

「ふむ? 物質具現化とな」

「グゲンカって何? それ日本語?」


 きょとんと首を傾げておるリカに、何度目かの溜息をつき、わしは「物を呼び出す魔法じゃ」と説明してやる。リカは「そっかぁ!」とたちまち上機嫌になり、ふふんと胸を張って何やら唱えた。


「リカちゃんマジック! カボチャの馬車、出ろっ!」


 ぴしり、と人差し指で虚空を指差すリカ。直後、紫色の煙が濛々もうもうと立ち込めたかと思うと、天地に閃光が走り、どかんという轟音と共に、南瓜カボチャを象った巨大な馬車がその場に顕現したのであった。

 晴れた煙の中から姿を表すそれを指差して、リカが楽しそうに飛び跳ねる。


「やったやった! ホントに出たぁ! リカ、マジ有能じゃね?」

「それはよいが、何故『しんでれら』なのじゃ……」

「しんでれら……?」


 姫と一緒に馬も首を傾げておる。まあ、ともあれ、三人が乗れる移動手段はこうして確保できたわけじゃ。


「……わしが馭者ぎょしゃを務めるのか……」


 わしは馬と顔を見合わせた。乗馬を許されるのは位の高い者の特権である筈じゃが、その馬が馬車を引くとなると、途端に、馬を操るわしの方が使用人のように見えてしまうのじゃから何とも理不尽である。

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