其の五 信長、姫の事情を知る

「……わがウィスタリア王国は、肥沃ひよくな土地と豊かな山海さんかいに恵まれ、唯一神ゆいいつしん様のご加護のもと、二百年の繁栄を謳歌してまいりました。しかし、今より五年ばかり前、突如として『魔王』を名乗る存在が魔物の軍勢を率いて隣国を攻め滅ぼし、我が国にも降伏を迫ってきたのです」


 蒼眼を涙に潤ませたまま語る姫の言葉に、わしは頷く。この娘、流石に高貴な生まれだけあってまともな教育を受けておるらしく、実に理路整然とした喋り方をするものじゃ。わしの「ぱーとなー」にもせめてこの姫の十分の一程の知性があればよかったのじゃがな。


「ちょっとちょっと、まってまって、タンマ。言葉が難しすぎてリカわかんない。ヒヨクって何? ユイイツシン様のゴカゴって? カゴってエライ人が乗るやつ?」

「もうよいから、おぬしは下がって魔法の試し打ちでもしておれ」

「えー、だって、ノッブだけお姫様の話聞くとかずるい! リカも一緒に聞いてなきゃ世界を救うのに協力できないじゃん!」

「後からわしがつまんで教えてやるゆえ、黙って聞いておるがよい」

「かいつまむって、なんかヤラシイ響きでイヤなんですけどー」

「あの……オダノブナガ様……リカ様……?」


 浅学無知なるリカの様子に姫も戸惑っておるようじゃったので、わしは「構わず続きを述べよ」と促してやった。


「は、はい。……わたくしの父は、民の命を守るため、直ちに魔王に降伏致しました。そうして、わが国は魔王軍の属国とされてしまったのです。父は人質として魔王軍の城に幽閉され、わが国は魔物の将に支配されることとなり……それ以来、わが国は、この世の地獄と化してしまいました」

「なるほど。おぬしも辛い思いをしたようじゃな」


 一を聞いて十を知るとはまさにこのこと。姫が皆まで説明せずとも、魔王軍とやらの支配下に置かれた後のこの国の者共がどのような地獄を見てきたのかは容易に察せられた。ここまで言われて分からぬのはリカくらいのものであろう。


「えっ、なになに、どういうこと? なんでお父さん人質にされちゃったの!? この世の地獄って何!?」

「やめんか。黙っておれと言うに。『すまほ』でも見て遊んでおれ」

「はぁーい……。って、電波入らないじゃん!」


 律儀に「すまーとふぉん」を取り出したリカが、一秒の後、圏外であることに気付いたらしくそれを放り出しておった。未来人どもの「らいとのべる」の中には、異世界に転移しても何故か「すまーとふぉん」の「いんたーねっと」が使えるという設定のものもあるようじゃが、どうやらこの世界はそうではないらしいの。


「『ねっと』が繋がらんなら、『ろーかる』に保存された写真でも眺めておれ」

「ローカルって何? ローカルアイドルのこと?」


 こやつ、二十一世紀の若者のくせして、わしより「あいてぃー」に疎いようじゃぞ。まあ、どうでもよいが……。


「さて、姫よ。この国に起きておる事のあらましは概ね分かったが、おぬしは今、何ゆえ魔物に追われておったのじゃ?」


 リカの「すまーとふぉん」をチラチラと横目に気にしておった姫は、わしが質問を向けると、すぐさまハッとした顔でわしに視線を戻した。


「……わたくしを命に代えて王宮から逃してくれた騎士が、今際いまわきわにこう申しました。わたくしを亡き者にし、わたくしに……第一王女メリーディエースに成り変わらんとしている者がいると。わたくしがその何者かにかどわかかされ、地下牢で死を待つばかりであったところを、その騎士が救い出してくれたのです。……幼少のみぎりより、よくわたくしの話相手になってくれた、わたくしにとっては兄にも近い人でした……」


 姫の言葉の後半は涙混じりで聞き取れぬほどであった。もうよい、とわしが姫の言葉を手で制したところで、リカが横からつんつんとわしの片腕をつついてくる。流石に今度ばかりは空気を読んでおるのか、わしに顔を寄せ、姫に聴こえぬほどの小声でリカは問うのじゃった。


「……ノッブ、この子、何て言ったの? 悪いヤツに殺されそうだったってこと?」

「そのようじゃな。『ノッブ』はやめい」

「え、じゃあさあ、ヤバくない!? あたし達が守ってあげなきゃ、この子、またさっきみたいなバケモノに襲われちゃうってことじゃない!?」


 もとい、小声なのは最初だけであった。きゃんきゃんと噛みつく犬のように、リカはわしの耳元でわめき立てる。その声は当然、姫当人にも聞こえてしまっておった。


「わたくしの身よりも、心配なのは人質になっている父でございます。わたくしに成り変わらんとする者が出てきたということは……まさか、魔王軍は約束をたがえ、既に父の命をも……!」

「え? まってまって、リカ全然ついてけない。なんでアナタが襲われたらお父さんの命が危ないってことになるの?」

「分からぬか? わしの時代もそうじゃが、こういった世界では、高貴な女性にょしょうの顔など、民草はおろか、城に仕える者達でもろくに見たことがないものなのじゃ。写真や動画は無いからの。ここまではよいか?」

「……うん、それで?」

「この者の顔を知る者が少ないのであれば、その数少ない者の口さえ封じてしまえば、何者かがこの者に成り代わることが出来てしまうじゃろう。さて、リカとやら、ここまでの話に出た中で、最もこの者の顔を見知っておる人物とは誰じゃ」

「……あ! お父さんだ!」

「さよう。つまりな、この者を亡き者にして成り代わらんとする者が出てきたということは、ともすれば、この者の父親はもうこの世におらんのではないかという推察が成り立つわけじゃ」

「んー。わかるようなわかんないような……。でも、とにかく、この子もお父さんも殺されかけててピンチなのはわかった! オッケー、じゃ、行こ行こ、ノッブ!」


 ぐいっとわしの腕を引いて、リカが勢い良く立ち上がる。リカはその勢いのまま、涙を袖で拭っている姫の手までも強引に取ってしまった。


「この子を守りながら魔王退治! お父さんが生きてるなら救い出す! あれ、リカ、天才じゃね?」


 誰もが容易に思い付くであろう結論を、得意げに胸を張って豪語しながら。

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