其の三 信長、「ちーと」を知る

「なになになに、何なのあれ! オークって何!?」

「取るに足らぬ雑兵ぞうひょうということよ」


 きゃいきゃいとうるさいばかりで役に立ちそうにないリカをずいと後ろへ追いやり、わしは傍らに落ちておった己の刀を取り上げた。

 わしと本能寺で最期を共にした愛刀、実休じっきゅう光忠みつただ。すらりと刀を鞘から抜き払い、わしは白刃の向こうに敵の姿を見据える。必死の形相の姫らしき女子おなごを乗せて駆けてくる白い馬、それを追い立ててくる数体の醜悪な「おーく」。あの「おーく」どもを倒し、馬上の姫を救って話を聞いてやることが、ひとまずのわしの「ふぁーすとみっしょん」であるようじゃな。


「の、信長さん、あんなの倒せるの!? 刀じゃ無理ゲーじゃない!?」


 リカが声を震わせ騒いでおる。ふん。こやつ、未来人のくせして、学校の勉強のみならず「ふぃくしょん」の知識も持ち合わせておらんようじゃ。ひとつ、こうしたことを幾百度と体験してきた先達せんだつとして、わしが身の振り方を教えてやらねばなるまい。


「わしらは異世界に来たのじゃ。おぬしらの書物にあるであろう、こういう時はこうするのよ――『すてーたす』!」


 刀を手にしたまま、わしは気勢高く叫んだ。が――


「……」


 ――馬鹿な。わしの眼前に何も現れんじゃと!?


「……なるほど。そういう『ぱたーん』か……」

「ちょっと、何やってんのよ、信長さん!」


 女子おなごを乗せた馬と「おーく」どもはもう目前まで迫っておる。わしはフンと鼻を鳴らして刀の鞘を投げ払い、両手で刀の柄を構え直した。


「リカとやらよ。残念じゃが、今回『ちーと』は無い方の『ぱたーん』らしい」

「なになに、なんて!?」

「魔法は使えん、ということじゃ!」


 念の為、刀の先から炎が出たりせんかと念じてもみたが、わしの身には何も起こらぬ。まあ、全ての「異世界ふぁんたじー」が「ちーと」を主題にしておる訳でもないからの。今回のこれは、己の才覚一つで異世界で成り上がれという「ぱたーん」なのじゃろう。

 わしが刀を上段に構え、迫ってくる「おーく」どもを迎え撃たんと意を決した、その時。


「えー、だって、リカは女神から魔法使えるようにしてもらえるって聞いたもん! たぶん使えるって、たぶん! リカちゃんファイヤー!」


 いやに乗り気でリカが叫んだかと思うと、広げて突き出した彼女の片手から灼熱の炎が噴き出し――


「なんと!?」


 逃げる女子おなごの馬を綺麗に飛び越えて、その炎は「おーく」どもに直撃したのである。


「わっ!? 何、今の、すごいすごい! リカ、炎出しちゃった! 見た見た!? 信長さんっ!」

「ふむ。おぬしだけが魔法を使える『ぱたーん』じゃったのか……」


 まあ、作劇の技法としてはそれも有りであろう。二人が二人とも対等に「ちーと」を使えたのでは話が面白くならんじゃろうからな。

 炎を浴びて苦しむ「おーく」どもを見やり、わしは刀を下ろしてそのようなことを考える。


「止めを刺してしまえ、リカとやら」

「よーっし……! いっけぇ、リカちゃん大炎上ファイヤー!!」


 リカが両手を合わせて突き出すと、彼女の背後に渦巻く炎が龍をかたどりし竜巻となり、轟々と唸りを上げて「おーく」どもに殺到した。烈火の炎熱を纏って吼える幻の龍の牙に打ち砕かれ、「おーく」どもが一体残らず爆発四散して果てる。

 一瞬の後には、其処には魔物のむくろ一つ残らなかった。


「ほう。やるではないか」


 わしが素直に驚嘆して述べると、リカ自身もまた己の発揮した力が信じられぬという様子で、きゃあきゃあと跳び跳ねながら「はいてんしょん」で騒いでおる。


「ヤバイヤバイ、すごいすごいすごいっ! マジでチートじゃん! リカ、ひょっとして世界最強なんじゃない!? どーよ信長ァ、ちょっとはリカを見直したかっ」

「それはよいが、もう少しマシな技名は思いつかんのか」

「えー? いいじゃん、リカちゃん大炎上ファイヤー。今時のアイドルって言ったら炎上商法でしょ」


 訳の分からぬことを言ってリカがはしゃぎ回るたび、だいだい色に染めた「せみろんぐ」と、「せーらー服」に覆われた胸、そして腰巻きの「ぷりーつすかーと」がぴょこぴょこと目障りに揺れる。

 わしは下賎の女子おなごになど今更何の興味もないが、こやつが現世で「地下あいどる」をしておったというのがまことなら、「ついったー」やら「動画さいと」やらの炎上芸と合わせてさぞ男共の衆目を集めておったことであろう。前にわしのもとに転移してきた未来人の中に、熱心な「あいどるおたく」の男がおったゆえ、そのあたりの事情はわしも一通り知っておるのじゃ。


「……さて」


 わしは片腕に纏わりついてくるリカを適当にいなすと、「おーく」どもに追われておった馬上の姫の姿を目で探した。見れば、ここより「十めーとる」ほど離れたところに、その女子おなごは力無く倒れ伏しており、彼女の乗っておった馬が、所在なげに身をかがめてその顔を舐めておるようじゃった。


「あの者から話を聞かねばならぬ」

「え? あー、そっか、オーケー、じゃあレッツゴー!」


 わしが女子おなごに歩み寄らんとするよりも先に、リカがぱたぱたと女走りでその者へと駆け寄っていく。

 全く、頭が足らんくせして勢いだけはある娘じゃ。

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