其の二 信長、女子(おなご)に呆れる

「ええぇっ、織田信長!? 織田信長って、すっごい有名人じゃん! スゴイじゃん、おじさん!」


 たちまち「てんしょん」高く騒ぎ立てる女子おなごを見下ろし、わしはフンと鼻を鳴らす。数多の未来人どもと接してきた中で、こうした反応には散々慣れておるのだが、それでもやはり正しく有名人と認識されるのは悪い気はせんものじゃ。わしのことを誰も知らぬ異世界に転生させられたときは、わしも幾分寂しかったからの。


「いやー、やっぱ、『頼りになるパートナーを付けるから』って女神の言葉、ウソじゃなかったねー。信長ほどの有名人が付いててくれるんなら、あたしも無敵? っていうか? 世界とかすぐ救っちゃうみたいな?」


 地面にぺたりと座ったまま、ぶんぶんと手を振って上機嫌に話し続ける女子おなごに、わしは問いかけてやる。


「おぬし、わしの功績を少しくらいは知っておるのか?」

「コーセキ? ってなに?」

「……わしが何を成し遂げた人物であるか、ちゃんと歴史の授業の内容を覚えておるのかと問うておる」


 すると、女子おなごは細い指を自らの口元に当て、何やら首を傾げて「うーん」と唸り始めた。


「えっと……。待ってね、ちゃんと思い出すから。……たぶん、幕府が関係してるな……」

「ほう。良い線じゃぞ」

「……信長って確か、あれでしょ、徳川とくがわ家康いえやすよりは前の人でしょ」

家康タヌキとは同じ時代に生きておったのじゃが、まあ、教科書に出てくる順番を言うなら間違ってはおらん」


 思いのほか日本史に詳しいようじゃな。感心感心。というのは無論皮肉であるが、少なくとも、わしと秀吉サル家康タヌキが後の世で三英傑などと呼ばれておることくらいは、こやつも学校で聞いたことがあるのじゃろう。


「で、家康は江戸幕府だから……信長は、えっと……あ、わかった! ハイハイハイ!」


 昭和の漫画ならば電球の「まーく」を頭上に「ぴこん」と浮かべたような顔をして、女子おなごは元気良く手を上げた。


「鎌倉幕府を作った人!」

「何故そうなる、たわけ!」


 途中までは良い線を行っていたというのに、最後の最後で台無しではないか。


「えー、違うのー? 『いい国作ろう鎌倉幕府』じゃないの?」

「鎌倉幕府が1192年だと知っておるなら、1500年代に生きておったわしが無関係なのは分かろうものじゃが」

「え、なに、難しい話わかんない。1500年代ってどのくらい昔?」


 言葉も歴史も知らぬ上に算数も出来ぬようじゃ。よもや、このむすめ、己の生きる時代と過去の歴史が繋がっていることを認識しておらんのではあるまいな。

 ちなみに、最近は頼朝よりとも公が征夷せいい大将軍たいしょうぐんに任命された1192年ではなく、平家が滅亡し、頼朝公が朝廷から守護・地頭の設置を認められた1185年を鎌倉幕府の成立年と見る学説が一般的であるらしいな。「いい箱作ろう鎌倉幕府」などと言うらしい。

 未来人どもが散々この手の「とりびあ」を聞かせてくるもので、わしもすっかり詳しくなってしもうた。埃及えじぷとの「ぴらみっど」を作ったのが奴隷でなかったことも知っておるぞ。「ぴらみっど」建設に駆り出された農奴のうど達が「びーる」を支給され、後の世で言うところの有給休暇をも取っておったのは未来では有名な話らしいな。民の心を掌握するには鞭よりも飴。古代の為政者達でさえその辺りのことは心得ておったというに、二十一世紀の日本ひのもとたるや、「ぶらっく企業」だの「殺人おりんぴっく」だの、まこと愚行を重ねておる。わしが転生して支配者となれば、まとめて世直ししてやるものを。


「――して、おぬしの名は」


 歴史の「てすと」を早々に切り上げ、わしは女子おなごの名を問うた。いつまでも「女子おなご」のままでは都合が悪い。女神がどうのと己で言っておったように、どうやらこの頭の弱いむすめが此度のわしの旅の「ぱーとなー」であるようじゃし、まずは名を知っておかねば始まるまい。


「あたし、リカ。華の現役JK兼ローカル地下アイドルでーす」


 顔の横で何やら指を構える「ぽーず」を作り、にまっと笑って女子おなごは肩書を告げた。いっそ意味不明な語彙ならば気が楽であったのだが、まこと遺憾ながら、未来人どもの文化に散々触れてきたわしには、「じぇーけー」も「ろーかる地下あいどる」も全て理解できてしまった。


「そう来たか……」


 わしは思わずこめかみを押さえていた。リカとやら名乗った女子おなごが心配そうにわしを見上げてくる。


「信長さん? どしたの?」

「……なに、少し頭痛がしたまでよ。作者が作者だけに、そうなるのではないかと思ってはおったのじゃが……。どこかで『あいどる』を絡めねば気が済まんのか、あのウツケは」


 リカが怪訝な目をしておるゆえ、文句を吐き捨てるのは程々にしておくとしよう。未来ではこういうのは「めた発言」と言い、よほど上手くやらねば嫌われるらしいからな。


「やれやれ。そうこうしている内に――」


 リカよりも遥かに早く、地平の彼方より響く尋常ではない足音を耳で捉え、わしはその方角を振り返った。


「魔物のお出ましであるぞ」


 えっ、と間の抜けた声を出して、リカがわしと同じ方向を振り向く。わしらの視界の先には、草原に土煙を上げてこちらへ向かって逃げてくる一頭の白い馬と、その鞍上あんじょうに必死の形相でしがみついている洋風の上等な出で立ちの女子おなご、そして数体で徒党を組んでその馬を追いかけてくる、身の丈「三めーとる」程の醜悪な巨人。


「えっ、ヤバイヤバイ、何あれ!」


 リカがばたばたと立ち上がり、それらを指差しながらわしの腕を引く。

 馬上の姫を追い立てる巨人共は、緑色の肌に筋骨隆々の身体付き、そして豚を思わせる醜い頭。未来人どもの「うぇぶ小説」の「ふぁんたじー世界」で散々使い古された、個性の欠片もない「わんぱたーん」の魔物。


「あれは『おーく』じゃな……」


 わしは、きゃあきゃあと声を上げながら纏わりついてくるリカを軽く振り払い、追われる姫と追う魔物の姿をぎろりと見据える。

 呆れるほどに「てんぷれ」通りの展開であるが、まあ、「ちゅーとりある」には持ってこいであろう。

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