第2部(未完)
第6話 異世界の騎士、三つ揃いを拒む。
「……ふむ」
珈琲とは言っても、その場で豆を
それでいて味や香りは我が世界の一級品に劣らぬのであるから、全く不思議と言うほかない。
「お口に合いますか?」
娘は作業机に向かって縫い仕事をしながらも、珈琲を啜る私に顔を向け、遠慮がちな顔でそのように問うてきた。
彼女が縫っているのは私の上着ではなく、客に納める仕立てであるらしい。室内には私と娘、そして気ままに床に寝そべっている黒猫。新しい客が店を訪れる様子は未だ無いが、少なくとも現にこうして進めている仕事がある以上、全くの
「コーヒー、簡単なドリップのヤツしかなくて、ちょっと申し訳ないんですけど……」
「いや、不味くはないが、不思議でならん。なぜ、いつ
「なぜ、って言われちゃうと、わたしも全然知らないんですけどね」
「よもや、本当は魔法があるのを隠しているのではあるまいな」
「えー……」
彼女は困ったような顔になってから、ふと、ソファに身を沈める私の格好を改めて注視したかと思うと、「うーん」と小首を傾げた。
「アルスターさぁん、やっぱりズボンも合わせましょうよぉ。なんか不揃いで気持ち悪いです」
無駄な上目遣いで、妙に物欲しそうな目線を私に向けてくる娘。
彼女は先程から、この「スーツ」の上着と揃いの
「要らぬと言っているではないか。
「だからー、現代のスーツはそれが普通なんですって。
娘は口を尖らせてくるが、私は小さく首を横に振った。
先程聞かされたところによれば、「スーツ」というのは上着単体の名称ではなく、この
だが、それが
「……この世界の常識がどうであるかは知らぬが、我が世界では、上着や
「んー……。まあ、こっちでも19世紀の中頃くらいまではそんな感じだったみたいですけどね……。でもホラ、今は21世紀ですし」
「
私は残りの珈琲を飲み干し、
娘は「もう」と一声呟いてから、手にしていた布を卓上に置く。
「頑固な人だなぁ……。じゃあ、代わりに一ついいですか?」
「何だ、代わりにとは」
「『娘』っていうの、そろそろやめましょうよ。わたし、
娘は卓上から紙切れを取り、細身の筆記具で何やら書いて寄越した。娘の差し出してきた紙切れには、ただ一文字、「巴」という字が黒く書かれている。
「魔法で日本語覚えたってことは、漢字も読めます?」
「いや、翻訳魔法は話し言葉にしか対応しておらんのだ。これが
「です、です。アルスターさんが覚えた漢字、第一号ですねー」
聞けば、それは物事が円形に
だが、私がそう呟くと、彼女は心なしか嫌がるような顔を見せた。
「えぇー、全然違いますよぉ。トリスケリオンって、人の脚がぐるぐる回ってるやつでしょ?」
「……よく知っているではないか」
「やっぱりねー。似てるんですよ、異世界と昔のヨーロッパって。ライトノベルとかに出てくる異世界って、大抵、中世ヨーロッパ風味なんですよね。似た世界だから文化が共通してるのかな?」
「何が言いたいのかよく分からぬが……文化が似ているだと?」
少なくとも、この日本という国の文化風俗は我が世界とは似ても似つかぬように思えるが、ヨーロッパとやらいう地域には我が世界と似た文化があるのだろうか。
「その地域では、人々は我らのような服を着ているのか?」
「いえ? ヨーロッパの人達も普段着はスーツですよ。ていうか、元々スーツ自体が向こうのもので……。あ、でも、異世界ファンタジーの舞台になるような時代には、まだ今みたいなスーツは無かったですよね。……そっか、時代が違うから服装も違うんですよ」
「……愉快な話ではないな。我が世界の服飾文化が
私の言葉に、娘は控えめに笑っただけだった。
床に寝そべる黒猫が、にゃあ、と猫らしい怠惰を
「トモエよ。もう昼時だというのに、全く客が来る様子がないな」
早速名で呼んでやると、娘は分かりやすく口元を
部外者の私が心配することでもないが、大丈夫なのか、この店は。
「こんなものですよぉ。平日ですしねー。新しいお客さんが来ない間は、こうして、預かったお仕事を進めてればいいですし」
そう娘が言ったとき、示し合わせたように、からんからんと鈴の音が店の入口から響いた。言った傍から来客らしい。
「あのぅ……」
「あっ、いらっしゃいませ!」
扉を開けて顔を覗かせたのは、豚のように肥えた中年の婦人であった。
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