第4話 異世界の騎士、娘にも怒る。
「仕立て職人だと?
「あっ。その顔は信じてない顔でしょう。アナタも思ってますね? こんな小娘が職人になんてなれるワケないって」
馬の尾を思わせる髪を左右に揺らし、私の前で生意気にも頬を膨らませてみせる、この娘。
私は彼女の黒い瞳を見返し、
さりとて、翻訳魔法の不備ということもあるまい。どう見ても仕立て屋にしか見えぬこの店の「店主」を名乗り、今また己が職人と見られぬことに頬を膨らませているのであるから、私の取り違えではなく、この娘ははっきり自分を仕立て職人だと言っているのだ。
しかも、「アナタも思ってますね」と来た。つまり、この娘ほどの若さで仕立て職人になるのは、この世界においても普通のことではないのだろう。彼女はこの世界の常識に照らしても異常な若さで職人となり、その若さゆえに、これまでにも
「いや、失敬。しかし……」
私はひとまず彼女を不快にさせたことを詫びながらも、どうにも彼女の素性への引っかかりを捨て置くことが出来なかった。
ふと見れば、いつしか娘の腕の中から飛び降りていた黒猫が、床に置かれた
そんな娘の様子を見やりながら、私は続けて言った。
「我が世界では、仕立ての道で
「そうなんですよぉ、よく珍しいって言われます。お祖父ちゃんが亡くなって、店を継げる人が他にいなかったから、わたしがやってるだけなんですけどね……」
猫に餌をやり終えた娘は、暗い顔ひとつ見せることなくそのように言い、桜色の
娘が外套の下に着ていたのは、白の無地のブラウスに、紺色の
それにしても、この世界の男共が着る「スーツ」とやらいう装束と同様、この娘の服装もまた、実に飾り気のない質素な見た目をしているものだ。やはり、この世界では服飾文化があまり発達しておらぬらしい。
……などということを私が考えていると、娘はふいに私の前に両腕を差し出してきて、こんなことを言うのだ。
「でも、わたし、小娘にしてはちょっと出来る方なんですよ。よかったらその服、わたしが直しましょうか?」
「なに?」
娘に言われ、私は改めて自分の装束を見下ろした。上着もマントも無残に焼け焦げ、元来の荘厳さを留めなくなってしまった自慢の装束を。
まさか、と私は己の
だが、娘は不可思議な笑いの
「直せるのか?」
「ほとんど一から作り直しになるとは思いますけど、二日ほどお預かりすれば……」
「二日だと!?」
私が思わず
馬鹿な。これほど焼け焦げた服を修繕しようというだけでも無謀な試みであろうに、魔法も使えぬ小娘が僅か二日でそれをやってのけるだと?
「翻訳が間違っているのではあるまいな。一日、二日と数える、その二日か」
私が指折り数えてみせると、娘はそれに合わせたようにこくこくと頷いた。
「ハイ。朝起きて夜寝るまでの一日、それを二回繰り返す二日です」
娘の微笑を前にして、私は開いた口が塞がらなかった。
いや、もとい、よく考えてみよ。この娘の仕事が
だが、しかし、そうなると……。
今は黒焦げとはいえ、我が装束はベルファスト公爵家代々に仕える一流の職人達の仕立て。それを得体の知れぬ道具で
「厚意は有難いが、
私がそう言って娘の提案を断ろうとすると、娘は、きょとんとした上目遣いを私に向けてきた。
「いえ、わたしの仕立ては全部
「何だと……?」
よもや、この娘、私を文明の遅れた世界の出自と見て、
「娘よ、あまり服のことで私をからかうでないぞ。この上着を手縫いで仕立て直すのに二日だと? そのような早業、あまりに無理があると子供でも分かる話ではないか」
「そんなぁ……。お祖父ちゃんはもっと早かったですよ。ウソだと思うなら、預からせてください、その服。それで、お預かりしてる間は、えっと……ちょっと待っててくださいね」
娘は髪を揺らしてぱたぱたと店の奥へ引っ込んでいってしまったかと思うと、ややあって、ハンガーに掛けたままの一着の上着を持って戻ってきた。
見れば、それは例のスーツという貧相な装束であった。私の焼け焦げた上着とよく似た漆黒の色をしている。どうやら新品ではあるようだが、一目見て私の身体には大きすぎる
それを私の前に差し出しながら、娘が言う。
「その上着をお預かりしている間は、代わりにこれを着ててもらえたら……」
これには流石に私も堪忍袋の緒が切れた。
「どこまで私を愚弄するか、娘! 服の貧相さはともかく、どう見ても私の身体には大きさが合わんではないか!」
私の言葉に、びくんと跳ねるように後ずさりながらも、娘は私から目を
何故だろう。ひ弱な小娘にしか見えぬ彼女の瞳に、先程から、妙な自信に満ちた炎が絶えることなく燃え盛っているように感じるのは。
「さ、最後まで聞いてくださいよぉ。これ、わたしが今よりもっと未熟だった頃に、お客さんの
「な、なに……?」
怒りに熱くなった私の心を冷ますように、娘はどこか人懐こい笑みで私を上目遣いに見上げてくるのだった。
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