第11話 立ち塞がる難関

 ドミニーカに対する観衆のざわめきもすぐに静まり、その後もオーディションは流れるように続いた。

 あの愛すべきスラム少女のことは気がかりだが、今は一人ばかりに意識を向けてもいられない。何十人と列をなす女の子達は、誰もが俺達の公正な審査を求めているのだ。


「カミラ=ベーレク、20歳です。今はスフィラースクの街で商人ギルドの案内嬢をさせて頂いてます。あの、この歳からでも大丈夫でしょうか?」

「上限20歳で募集してるんだから、ダメってことはないよ。20歳は20歳の役目を果たしてくれるならね」


 候補者の歌に耳を傾けつつ、俺は手元に積み重なった魔導紙マピルスをぱらぱらとめくって考え込む。オーディションも後半に差し掛かり、そろそろ合否の足切りラインについて考えなければならない頃合いだ。

 出来ることなら、望んで来てくれた子は全て受け入れてあげたいくらいの気持ちだが、あまりに適性のない子をステージに引っ張り上げても本人のためにならないし、何より国防予算の制約もある。

 16名編成の劇場公演を滞りなく回すのに必要な在籍人数は20名前後。オーセングラート・エイトミリオンの第一期生として迎え入れられるのは、現実的にはそのくらいが限度だろう。となると、候補者の内、合格を出せるのは多くても二人に一人か……。


「マトリョーナ=プラターンと申します。シャスチホルムから上京して、城下の料亭で住み込みで働かせてもらってます」

「スタイルいいね、君。よく褒められるでしょ」

「恥ずかしながら……。常連のお客様の中には、わたしに会いたくて通ってるってお世辞を言ってくださる方もいます」

「看板娘なんだ。君が抜けたらお店は困るんじゃない?」

「それは……」

「お店の人は大丈夫って言ってくれてる?」

「……旦那様には、まだ何も」


 このように、歌姫としての活動とそれまでの生活に折り合いを付けるのが難しそうな子も少なくなかった。

 このマトリョーナという子なんて、身長168cmのすらりとした小顔美人で、スタイルのステータスは「★★★★★」、グラビア適性も「★★★★☆」と、立派にビジュアル担当として活躍できそうだが……。今の仕事を手放すことに少しでも未練があるのなら、残念だが今回は見送りかなという感じである。


「……大臣さん、この方はちょっと音感に難があるように感じますわ」

「それに、受け答えに迷いがありました。その迷いが戦場でも出るようなら……」

「うん……あのルックスは惜しいけどね」


 両隣のアヴローラとミーリツァとも時折小声で意見を交わしながら、俺は一人一人についてそうした所感をメモしていった。

 オーディションの開始から既に2時間ほどが経とうとしているが、二人は疲れた顔ひとつ見せないし、観衆達の興味もまだ尽きそうにない。プロデューサーの俺も負けてはいられない。


「次で40人目かな。次の人どうぞ!」

「はぁい」


 次に壇上に上がったのは、あらゆる意味で、これまでで最も人目を引く美少女だった。

 赤みがかったブロンドの長髪にふわりと風をはらませ、ひと目で高級なものとわかる花柄の刺繍入りの膝丈ワンピースをひるがえして、ファッションショーのランウェイのような足取りでステージに上がってきた彼女。すっと気品高い所作で俺達にお辞儀してくる彼女の後ろには、使用人らしき若い男性が二人も付き添っている。


「お初にお目にかかります、王女殿下、大臣閣下、ミス・モースト。わたくし、スフィラースクで商いを営むコーシカ商会当主の長女で、ファイーナ=コーシカと申します。皆様方のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じますわ」

「お、おー……」


 ヤバイ、ついに来たよ、モノホンのお嬢様が。

 そのイヤミなほど完璧な仕草に俺は思わず圧倒されてしまったが、隣のアヴローラは何でもないように「楽になさって」なんて言っているし、ミーリツァも平然と会釈を返している。

 そうだ、こっちにはモノホンのお姫様とお貴族様が付いてるんだった。ていうか、俺も爵位持ちのお大臣様ってことになってるんだから、気圧けおされてないで堂々としてないと。


「ふむ、ファイーナさんね。遠路ご苦労さま」

「いいえ、馬車でほんの2時間ほどの旅路ですわ。弟が王都でお芝居を見たいと駄々をこねて、ふふ、乗り合わせて来ましたの」


 アヴローラがよくするように、彼女もまた口元を白い手で覆ってふふっと微笑んだ。

 あー、アレだな、これって自分と弟と使用人達が一度に乗れるくらい上等な馬車を所有してるんだぞっていうアピールだな? なんか俺の世界にもこういうお金持ちっていた気がするけど、王侯貴族を前にしてよくやるよ。

 ともあれ、まずはステータスを拝見、と……。


***********


 ファイーナ=コーシカ

 Фаина Кошка


 年齢:17歳

 血液型:O型

 身長:164cm

 出身:商業都市スフィラースク


 ルックス:★★★★★

 スタイル:★★★★★

 歌唱適性:★★★★☆

 ダンス適性:★★★★☆


 ファン対応適性:★★★★☆

 グラビア適性:★★★★★

 バラエティ適性:★★★☆☆

 キャプテン適性:★★☆☆☆

 センターオーラ:★★★☆☆


***********


「ほー……これはなかなか……」


 神の慧眼プロデューサー・アイで覗いた彼女のステータスは、これまでの候補者の中でダントツの総合力を誇っていた。


「あら、なかなか何ですの?」

「いや失礼、こっちの話。……ああ、でも、ちゃんとご家族の許しは得てる?」

「ええ、もちろん。恐れながら、こちらに父の親書をお持ちしましたわ」


 彼女の言葉に合わせて、使用人がうやうやしく俺に封書を差し出してくる。封蝋ふうろうの開け方を大臣としての執務の中で覚えておいてよかった……。

 上質な魔導紙マピルスの便箋には、我が娘ファイーナをどうか宜しくお願いしますといった内容の手紙が、翻訳魔法を通じてもありありと伝わってくるほどの美文でつづられていた。


「つつがないね……。オーケー、じゃあ、お嬢様の歌を聴かせてもらおうかな」

「ふふっ。では僭越せんえつながら」


 ぺこっと小さくお辞儀して、鈴のような声で歌い始めるファイーナ。金持ちの娘だけあって、パーティとかで場馴れしているのか、堂に入った歌唱には恥じらいの欠片も感じさせない。

 何より、観衆の目を釘付けにするあのルックスだ。先のマトリョーナほど背は高くはないが、出るところが出たスタイルは多くの男性ファンを味方に付けられそうである。

 センターに置いて光るタイプではないが、グループのフロントを固めるビジュアル要員としてぜひとも欲しい逸材だった。


「……センター様の目から見てどう?」

「そうですね……見た目もキレイで、歌もお上手ですし……わたしも負けてられませんわ」

「ふむ。キャプテン名代みょうだいどのは?」

「得がたい人材だと思います。力量もさることながら、ああいった階層の者は、庶民出身のメンバーとわたし達を繋ぐクッションになってくれるかと」

「……なるほどね」


 確かに、上流階級と接するのに慣れた子が一人くらいは居てくれないと、皆アヴローラ達との距離感が測れなくて、グループとしてまとまりづらくなるか……。

 よし決めた、このお嬢様は採用。そう心の中で頷いて、俺がメモに丸印を書き込んだところで、ちょうどファイーナは歌唱を終えてすっと礼をした。

 広場の観衆からこれまでにない大きさの拍手と歓声が上がる。出番を終えて合否の発表を待っている志望者達も、ファイーナほどの相手には嫉妬する気も起こらないのか、素直に憧れるような眼差しで拍手を送っている子が多かった。

 しかし、そんな中で一人、スラムの少女ドミニーカだけは、何だかつまらなそうに口を尖らせて壇上から目をそらしている。やっぱり、あの子にしてみれば、金持ちが良い目を見るのは面白くないのか……。


「……あー、ファイーナさん、最後に一つだけ」


 下がろうとするお嬢様を俺がついつい呼び止めてしまったのは、ドミニーカのことが気になったからだった。


「このグループには、お金持ちの生まれじゃない子達もたくさん入ってくるよ。どうかな、どんな子が相手でも仲良くできそう?」

「あら、どうしてそんなご質問を? わたくしは、大臣閣下のお決めになることに従うだけですわ」

「……如才ないねえ」

「ふふ、本心ですもの」


 それでは後ほど、と一礼して、最後まで優雅な所作でステージを降りていく彼女。どうにも猫を被ってるなあ、というのが俺の率直な感想だったが、まあ、それでも得がたい逸材であることに変わりはない。


「じゃあ、次の人――」


 それからも10人ばかりの志願者が後に続いたが、結局、ファイーナ=コーシカを超えるステータスの持ち主は現れないままだった。


「……えー、では、これから我々のほうで最終協議を行い、この場で合否を発表します。志願者の皆さんは、楽にしてお待ちください」


 全員の審査を終え、俺が魔法のマイクでアナウンスすると、広場にはたちまち人々の自由な話し声が溢れ始めた。

 俺は自分の椅子を長机の逆側に移動させて、アヴローラ達と向き合って座り、紙を並べて話し合いに入る。


「……閣下、ずっと思ってたんですが、このメモの『ステータス』っていうのは何です?」

「あー、それはね、俺にだけ使える秘密の魔法っていうか。見ただけで皆のアイドル適性がわかるの」

「姫様がセンターで、わたしがキャプテン向きだと言い当ててきたやつですか?」

「そうそう。当たってるでしょ」

「一体どこでそんな魔法を……」

「いやね、素直に信じちゃダメよミーリツァ。大臣さんは長年の研究の成果で歌姫の才能が見抜けるの。それを魔法って言ってごまかしてるだけよ」

「そうなんですか?」

「そうなんでしょう?」

「……うん、まあ、そういうことにしといて。それで、足切りの基準だけどさ……」


 ステータスが数値で見えるからといって、全てが機械的に割り切れるわけではない。合否のボーダーライン上の子達を実際にふるい分けていくのは、なかなかに心が締め付けられる作業だ。


「大臣さん、このスニェーシカという子、わたしはぜひ一緒に歌ってみたいですけど……」

「うーん……確かに歌唱力はピカイチなんだけど、病気がちって自分で言ってたからねえ」

「閣下の変な魔法で病気を治してあげられないですか?」

「そういうチートは貰ってないからなあ……ていうか君、俺のこと変だと思ってたの?」


 そんな感じで二人と顔を突き合わせることしばし。厳選に次ぐ厳選を経て、俺はようやく22名の名前を合格者としてリストアップした。アヴローラとミーリツァを入れると24名、上限ギリギリといったところの人数だ。

 その合格者の中には、例の豪商令嬢ファイーナ=コーシカは勿論のこと、12歳のシスターちゃんことミラナ=ヴィルシーナや、枕営業もいとわないと軽口をカマしてきたノンナ=レーチカ、年齢を気にしていた20歳のカミラ=ベーレク、それにスラム住まいのドミニーカ=ダスカーの名前もしっかり入っている。

 一方、料亭の看板娘だというマトリョーナ=プラターンや、歌唱力は抜群だが病弱体質というスニェーシカ=ドゥープなど、涙をのんで不合格の決定をしなければならない子達もいた。もっと予算が取れればこうした子達も研究生として抱え込めたかもしれないが、今は致し方ない。


「……よし、じゃあ」


 いよいよ発表するか、と俺が席を立ちかけたとき、広場の観衆達からざわざわと声が上がった。

 何かと思って振り向くと、人々の群れがざっと左右に分かれ、衛兵にエスコートされた一つの人影が悠然とこちらに向かって歩み寄ってくるところだった。


「ご機嫌よう、国防大臣殿。オーディションとやらは盛況のようですな」


 それは鷲鼻わしばなの財務大臣だった。閣議の度にことごとく俺の歌姫計画にダメ出しをしてくる男だ。だが、なぜ彼がこの場に……?

 俺が絶句している間に、彼はステージ下からアヴローラ達への挨拶をさらっと済ませ、仰々しい仕草でぐるりと会場の人々を見渡してから言った。


「なるほど、なるほど、さすが国防大臣殿は有言実行を地で行くお方ですな。これほどまでに多彩な出自からなる少女達を歌姫候補として集めるとは」

「はあ、それはどうも。……あの、何しに来たんです?」

「なに、政務が終わったので寄ってみただけですよ。恐れ多くも陛下の金庫を預かる者として、どのような娘に国庫の金貨が使われるのかは把握しておくべきでしょうからな」


 衛兵を伴ってステージに上がってきた彼は、俺の手元の魔導紙マピルスを目ざとく見つけて言う。


「拝見しても?」

「まあ、いいですけど……。言っときますけど歌姫の人選は私の専決事項ですからね」

「ええ、心得ておりますとも。……しかし、国防大臣殿。この場を一見した限り、およそ姫様の御前に出すには相応しくない身分の者が紛れ込んでいるようですが?」


 壇上を見つめるドミニーカの肩がびくっと震えた。財務大臣の一瞥いちべつは、明らかにそれとわかるように彼女に向けられていた。

 先日の握手会の後、俺がスラム街の少女を魔物との戦いに同行させたという話は、当然彼の耳にも入っていないはずがない。


「まさか、このような者までも歌姫に加えようというのではないでしょうな?」

「いやー、そのまさかなんですよ」


 俺もここで怯むわけにはいかない。合格者のリストを彼の前に差し出し、俺はなるべく堂々と聞こえるように言った。


「はっはっ、びっくりでしょ? なんでもありのエイトミリオンってね。まあ、アイドルに関してこの世界で一番詳しいのは私なんで、財務大臣さんはお屋敷で寝っ転がって煎餅せんべいでもかじりながら見守ってて頂ければ」

「私を馬鹿にしておられるのかな?」


 彼は俺の手からリストをひったくり、数秒ほど眺めたかと思いきや、フンと笑ってそれを突き返してきた。


「残念ながら国防大臣殿。肝心の歌姫がこの人選では、専用劇場の建設に予算を出すことはできませんな」

「えっ!? 何でそうなるの!?」

「当然でしょう。我が国の名において建設する劇場に、よもや貧民街の娘を立たせるなどと。それは即ち、亡き王妃殿下をはじめ歴代の高貴なご婦人方、ご令嬢方が脈々と引き継がれてきた歌姫の伝統を、我が国の名において汚すということに等しいのですぞ」


 殺し文句だとばかりに鋭く俺を睨みつけてくる財務大臣。どうやら、このイヤミ野郎を論破することこそ、俺がこのオーディションで成し遂げなければならない最後の難関らしかった。

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