第10話 初めてのオーディション

 その日、澄み渡る秋空のもと、いよいよ俺達のグループにとって初めての公開オーディションの幕は切って落とされた。

 会場は先日の握手会と同じ、王都の中央広場。オーディションをこの場所での一般公開としたのは、勿論、アイドルグループの発足を広く人々に知らしめるためだ。

 広場は既に、応募者らしき何十人もの女の子達と、その保護者と思しき大人達、それに見物に訪れた大勢の人達でごった返している。ステージ上にあつらえた審査員席には、清楚なドレス姿のアヴローラと、騎士装束のミーリツァが座り、会場から度々上がる「姫様ー!」といった歓声に落ち着いた笑顔で応えていた。


「えー、皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます」


 俺がステージの上から魔法のマイクで呼びかけると、人熱ひといきれの会場は、しぃんと神妙に静まり返った。


「これより、国防庁直属の歌姫部隊――『オーセングラート・エイトミリオン』の第一回オーディション、即ち採用審査を行います。歌姫候補に選ばれた者は、所定のレッスン……訓練を経て、こちらのアヴローラ王女殿下及びミーリツァ嬢と共に、歌姫としての芸能活動、そして王都周辺の魔物災害への対処に従事してもらうことになります」


 音響魔法に驚いている人も多いが、女の子達は誰もが真剣な目付きで俺の言葉に聴き入っている。

 見るからに金持ちそうな小綺麗な格好をした子もいれば、庶民の娘が頑張ってリボンだけ巻いてみましたという子もいる。距離が遠くてステータスはまだ見えないが、誰の目からも確かな熱意を感じる。

 アヴローラ達のミニライブと握手会を一回経ただけで、ここまで歌姫への関心が高まるなんて。テレビやネットのない世界だからこそ、人の噂が広まるのも早いということだろうか。


「危険を伴う任務です。決して華やかなだけの道ではありません。青春を犠牲にし、我々と共に戦う覚悟のある者のみ、順に壇上に上がってください」


 俺がそう言って話を締めくくると、しばらくの沈黙の後、意を決したらしき子達が衛兵達の誘導で一人また一人とステージの前に並び始めた。

 俺は審査員席に戻り、アヴローラとミーリツァに挟まれる形で真ん中に着席する。民衆の手前、二人とも背筋をぴんと伸ばしてマジメちゃんな感じで座っているが、特にアヴローラはウキウキと楽しそうな空気をその微笑に隠しきれていなかった。

 ふっと小さく笑って、俺はステージ下に声をかける。


「では一人目、どうぞ」

「はいっ」


 衛兵に連れられて最初に壇上に上がったのは、修道服というのか、教会のシスターさんみたいな黒いチュニカに身を包んだ少女だった。ぱちっとした大きな目に、丸顔で、俺の世界だと小学校を出たかどうかくらいの年齢に見える。


「ミラナ=ヴィルシーナと申します。よろしくお願いします」

「ミラナさんね。オーディションへようこそ」


 言いながら、俺は緊張しきりの彼女と目を合わせる。

 ミラナ=ヴィルシーナ、12歳、B型、158cm、王都オーセングラート出身――。女神に貰った神の慧眼プロデューサー・アイは、例によって瞬時に彼女のステータスを俺の意識に伝えてきた。

 ルックスやスタイルは人並み程度だが、ダンス適性は満点に近い「★★★★☆」、そして驚くべきことにバラエティ適性は「★★★★★」とある。あの大人しそうな格好に反して、実はとんでもなくオモシロイことをやるセンスに長けた子なのかもしれない。


「君、何か面白いこと言える?」

「えっ!? お、面白いことですか!? あー……えーと……聖職者がクジを引いたらハズレでした、みたいな……?」


 彼女は恥ずかしそうな顔で何かジョークめいたことを言ったが、翻訳魔法の不都合なのか、俺には全く意味がわからない。


「何それ? 君の話?」

「ご、ごめんなさいっ、出直してきます!」

「いや、いいから、居ていいから! ていうか、こっちこそゴメン!」


 壇上できびすを返そうとするシスターちゃんと、慌てて両手を合わせる俺。会場からたちまち笑い声が漏れる中、隣のミーリツァがさらっと教えてくれた。


「閣下、今のは聖職者とハズレを掛けた洒落ですよ」

「へ? あ、ああ、坊主ってことね」


 見れば、アヴローラも白い手で口元を押さえてくすくすと笑っている。まさか今の駄洒落が面白かったわけじゃないだろうが……。

 しかし、顔を真っ赤にしてオタオタするシスターちゃんと、それを見て笑っている観衆達を見るに、なるほど確かにバラエティ適性の片鱗はあるのかもしれない。


「失礼失礼。じゃあ、ミラナさん、何でもいいので得意な歌を歌ってみて」

「はっ、はいっ」


 彼女はまだほおを赤くしたまま、すうっと深呼吸をして、賛美歌のような歌をこの世界の言葉で歌い始めた。

 アヴローラとミーリツァ、そして観衆達も、真剣にその歌に耳を傾けている。

 実技審査なんてやらなくても、俺には神の慧眼プロデューサー・アイでステータスが見えているのだが、本人達と観衆達に「ちゃんと審査してますよ」とアピールしておく必要はある。それに、本人の舞台度胸を見る意味もあるし、いくらステータスが見えるといってもやはり一度くらいは本人の歌を聴いておきたいという思いもあった。


「ところで、あの格好って何。シスターさん?」

「え?」


 俺が横から小声で訊くと、頼れるミーリツァは「何言ってるんだコイツ」の目で一瞬俺を見てから、「見習い修道女に決まってるじゃないですか」と俺にしか聞こえない声量で答えてきた。


「あの頭巾ウィンプルはフヴォースト派の修道院ですよ」

「へぇ……何でもよく知ってるなぁ」

「……?」


 そうこうしている内に、シスターちゃんことミラナは歌を歌い終え、「お粗末様でした」とお辞儀をした。観衆達からばらばらと拍手が上がり、審査席の俺達も合わせて拍手する。

 手元の魔導紙マピルスに彼女のステータスを正の字でメモし、この子は合格でいいなと俺が思ったとき、ミラナは言いづらそうに「あの……」と切り出してきた。


「お聞きしづらいことなんですが……」

「何? 恋愛禁止かどうか?」

「えっ、恋愛禁止? い、いえ、むしろその逆といいますか、その」


 多くの人の目が壇上に注がれる中、彼女はうつむき加減でおずおずと言った。


「歌姫としてお勤めさせて頂くにあたって……何か、その、を仰せつかったりすることはないのか、わたし、心配で」

「ないよ!? ないない! なにキミ、面白いこと考えるね!?」


 俺は慌ててぶんぶんと両手を振った。観衆達も、当のミラナもぽかんとして俺を見てくる。


「……閣下、お茶目が過ぎます」


 と、横からミーリツァの声。ああ、そういえば国防大臣閣下様だったなと思い直し、俺はゴホンと咳払いして言い直す。


「そのようなことは、恐れ多くも国王陛下の御名にかけて断じてない。安心したまえ」

「……よかった。あの、それでしたら、どうかわたしもお仲間に加えてください。よろしくお願いします」


 改めてぺこりとお辞儀をしてくるミラナ。俺は魔導紙マピルスにシュッと丸印を書き込み、「ご苦労さま」と彼女をねぎらった。


「合否の発表は後ほど行うので、引き続き広場に居てください。はい、じゃあ、次の人!」

「はぁーい」


 ミラナと入れ違いでステージに上がってきたのは、高級そうなシルクっぽいワンピースにショールを羽織った女の子。ミラナとは随分と対照的に、明るく開放的な雰囲気を感じさせる。


「ノンナ=レーチカ、18歳ですぅ。ボーク・ピリャーシュの仕立て屋の娘です。あの、わたしだったらぁ……」


 ちらっと上目遣いに俺を見て、その少女はどきっとするようなアヤシイ笑みとともに言ってくる。


「どんなお役目でも、躊躇ためらいなく承りますよ?」

「……いやいやいや、だから、ないから! 枕営業とかそういうのは!」

「ないんです? ざぁんねん」


 すいっと流し目を引くノンナ=レーチカは、18歳、O型、156cm、神々の港ボーク・ピリャーシュ出身……。ファン対応適性「★★★★☆」、グラビア適性「★★★★☆」は、なるほどイメージ通りだ。


「なぁんて、冗談ですよぅ。でもわたし、家業の拡大のためにお金持ちの殿方をつかまえなきゃいけないので、もし採用して頂けるならぁ、その未来のために身を粉にして歌いますぅ」

「そう……。イケメンが見つかるといいね」

「いけめん?」


 きょとんと首をかしげるノンナ。なかなかどうして、ステータスはバランスよく整っているし、仮にも大臣様である俺に向かってあんな軽口をカマせる度胸もある……。


「じゃあ、ノンナさんの得意な歌を聴かせて」


 彼女が「はぁい」とはにかんで祈りの歌を歌い始めるやいなや、ミーリツァが横からこっそり俺の腕をつついてきた。


「閣下、流石にこういう者を入れるのはいかがなものかと思いますが……?」

「え? んー、まあ、いいんじゃないの、いい感じに握手でファンを釣ってくれそうだし」


 俺が小声で答えると、反対側から「まあ」とアヴローラも話に入ってきた。


「わたしの方がずっと気品を持って皆さんとお話できますわ」

「お姫様が一般市民と張り合ってどうするの。まあ、いいのいいの、グループには色んなキャラが居た方が盛り上がるんだって」

「……大臣さんがそう仰るなら」

「わたしは姫様がいいなら……」


 釈然としない二人の気持ちもわかるが、俺は、俺の作るアイドルグループを良い子ちゃんだけの集団にするつもりはなかった。

 秋葉原エイトミリオンの初代「七姉妹セブン・シスターズ」からして、熱血リーダーあり、ギャルあり、お姉さんキャラあり、不思議ちゃんありの個性派集団だったのだ。「何でもありのエイトミリオン」をこの世界で再現しようというのだから、王侯貴族のお眼鏡にかなうお行儀ばかりを求めてもいられない。

 二人も理屈の部分ではそれをわかってくれているはずだった。そのあかしかのように、歌唱を終えたノンナに拍手を贈る二人の顔には、傍目には微塵も他意を感じさせない笑顔が浮かんでいる。

 ただ、やはり観衆の中には、ステージを降りるノンナに怪訝けげんな目を向けている人も少なくなかった。やはり、あのイヤミな財務大臣が言っていたように、歌姫は高貴なものという固定観念はこの世界に深く根を張っているらしい。


「……ちょっとずつ変えていくしかない、か」


 気を取り直して、俺は三人目を壇上に呼んだ。

 あっ、とミーリツァが小さく声を上げる。続いてアヴローラも、何かに気付いたように「あら」と口元を押さえた。


「ん……?」


 衛兵に連れられ、俺達の前まで歩み出てきた小柄な少女が、えへっと指先でほおをかいて気恥ずかしそうに笑う。

 顔を忘れていたわけじゃない。俺が瞬時に気付けなかったのは、前に会ったときの印象と比べて、彼女があまりに身綺麗になっていたから――


「ドミニーカ!」


 思わず審査席から身を乗り出してしまった俺に、スラムの少女はぷっと吹き出して。


「なに、おエライさん。そんなにアタシに会いたかったの?」


 先日と打って変わって綺麗に整えられたセミロングの茶髪を、くるくると指先に巻きつけながら、俺とアヴローラ達を見渡して言うのだった。


「いや、そのさー。こないだの姫サマ達の活躍がスッゴイかっこよかったから? 庶民でも審査してもらえるっていうし、アタシもいっちょ挑戦してやろうかなーって」

「ふふ。嬉しいですわ、ドミニーカ。あなたとはまた会えるんじゃないかと思ってましたの」


 アヴローラが楽しそうに微笑んでいる。審査中に合否を匂わせるようなことは言わないようにと事前に釘を刺してあったのに、このお姫様ときたら……。

 俺は軽く咳払いして、改めてドミニーカに向き直った。


「ドミニーカ=ダスカー、君のパーソナリティはよくわかってる。公平に審査するから、さっそく君の歌を聴かせてくれ」

「えへへ、そうこなくっちゃ」


 嬉しそうに鼻先をぜて、長丈のワンピース姿の彼女がくるっとその場でターンする。彼女が歌い始めたのは童謡のような歌だったが、歌に合わせて身体を揺らすその姿は、先日間近に見たアヴローラ達のアイドルパフォーマンスを意識しているのかもしれなかった。

 この前はすすに汚れていたその頬は、今は血色の良いあかに染まっている。真白いワンピースは質素ながら清潔で、今日のために目一杯のおめかしをしてきた彼女の健気さが伝わってくるようだった。

 アイドルステータスも先日見た通り、ルックス「★★★★☆」、ダンス適性「★★★★★」と光る部分がある。何より、最初は歌姫が嫌いとまで言っていた少女が、魔物との戦いの厳しさも目の当たりにした上で、それでも自分の意思で仲間に入りたいと来てくれたのだ。俺にはこの子を落とす理由などあるはずもなかった。

 そう、だったのだが……。


「……閣下、市民達の反応にお気付きですか」

「うん……」


 ミーリツァに耳打ちされるまでもなく、俺も察していた。スラムの少女に向けられる観衆達の視線が、先の二人と比べて決して温かいものではないことを――。

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