第9話 幕間・秋

「やっほー。ちょっとぶりですね、安佛あさらぎ拓郎たくろうさん!」


 俺は夢の中で真っ白な世界を揺蕩たゆたっていた。目の前でエラそうに腕組みしてふわふわ浮いているのは、俺を「歌姫の世界」に送り込んだ例のロリ女神だ。


「ああ、アンタか。何か用?」

「やだなぁ、たまに夢枕ゆめまくらに立ってあげるって言ったじゃないですか。安佛さんがアヴローラちゃん達のプロデューサーなら、わたしは安佛さんのプロデューサーなんですからっ」

「イヤなプロデュースだな……」


 ふと見下ろした自分の身体は、国防大臣の姿ではなく、元の冴えない社畜スーツの俺になっている。安佛という名を呼ばれるのも随分久しぶりのような気がした。

 女神はふふんと含み笑いして、すいっと上目遣いの視線を俺に向けてくる。


「順調みたいですね?」

「ああ、お陰様でな。貰ったチートが役に立ってるよ」

「ふっふん。わたしのお陰サマサマですねえ。そういう時は何て言うんでしたっけ?」

「……イヤ、おかしいだろ。アンタに授けられた役目を全うしてるんだから、どっちかっていうと礼言われるのはこっちだろ」

「うふふふ、それもそーですねぇ。じゃあ、なかなかよくやってるよーなので、褒めてつかわしますです」


 無い胸を張って尊大にふんぞり返る幼女。憎たらしいようで不思議とニクめないキャラなのが、仮にも神の神たるゆえんなのだろうか。


「俺さぁ、イマイチよく分かんないんだけど」


 せっかくの機会なので、俺はかねてから気になっていたことを女神に聞いてみることにした。


「イケメン大臣になったのに相変わらず彼女ができない理由ですか?」

「ちげーよ」

康元やすもとPに憧れるあまり、自分のグループの子に手出したりしちゃダメですよ?」

「しねえって! ……そうじゃなくてさ。人々の応援を魔力に変えるって、具体的にどういうことなの? 戦いの前に毎回ライブとか握手会とかやらなきゃいけないってこと?」


 アヴローラの最初の戦い、そしてミーリツァと二人での出撃を思い返し、俺は問うた。

 先日のゴブリンどもとの戦いでは、直前のライブと握手会で得たはずの魔力を早々に使い切ってしまって、急遽その場で兵士達の応援を得るためにパフォーマンスを重ねる必要が生じたわけだが……。しかし、魔物が現れるたびに毎回タイミングよく即席ライブができるとも限らないし……。


「あぁ、それはノープロブレムですよ、安佛さん。だって、安佛さんは今も自分の推しメンの子達のこと思ってるでしょ?」

「……まあ、思ってると言えば思ってるけど」

「くすくす、キモオタがどれだけガチ恋しても叶うわけないのにねー。所詮は握手会にカネを落とすだけの客に過ぎないのにコッケイなことですよ」

「お前そのちょくちょく入る容赦ないディスは何なの!? てか俺はガチ恋じゃねえし!」

「あー、『親目線っていうか兄目線っていうかw』」

「地下板の歴史に残る伝説のキモオタフレーズを引用するな」


 俺に突っ込ませるだけ突っ込ませたところで、女神は「うふふふふ」と楽しそうに笑って、ぴっと指を立てて言った。


「戦いのたびに魔力を逐次補充しなきゃいけないのは、今の内だけですよ」

「……つまり?」

「安佛さんが推しメンの黎音りーおんやナナちゃんや焼きリンゴのこと応援してるのは、何もライブや握手会の最中だけってことないでしょ?」

「具体名を列挙するな」

「公演入ってない時だって、握手に数ヶ月行ってない時だって、彼女達がメディアに出てない時だって、安佛さんの脳内は夜な夜な彼女達のことでいっぱいのはずです」

「時間帯を夜に限定するな」

「だからね、そういう思いを大勢の人が持つようになれば、歌姫はいつでも魔力を発揮できるってことですよ」

「……ふむ」


 ともあれ、女神の言いたいことは何となく俺にも分かった。

 今のアヴローラ達はまだ、戦いで魔力を使い切るたびに都度目の前の人達を盛り上げて応援を得る必要があるが、常時多くの人が応援してくれるほどの人気アイドルになれば、魔力の消耗を気にせずいつでも戦えるということだろう。

 それはつまり、彼女達とこれから入る仲間達を、文字通りの国民的グループに育て上げるということ……。


「道は遠いな……」

「千里の道も一歩からですよ、安佛さんっ。次はいよいよオーディションやるんでしょ?」


 ふわっと浮いて俺の肩をぽんと叩いてくるロリ女神。たまにはちゃんと神サマっぽいこと言うじゃないか。


「ああ、やるんだけどさ」


 オーディションはいよいよ明日、つまりこの夢から覚めた数時間後に迫っている。そう、いるのだが……。


「あらあら、このエリート女神の薫陶くんとうを受けた安佛プロデューサーともあろう方が、何か引っかかってるんですか?」

「アンタ異世界転移主任一年生だろ。……いや、あの、財務大臣のヤツがね」

「あぁ、あの異世界転移モノにありがちな政敵っぽい方」

「別に敵ってほどじゃないんだけどさ……」


 鷲鼻わしばなの財務大臣のイヤミな顔と合わせて、俺はつい先日の彼とのやりとりを思い返す。こんなことをボヤけるのは、この世界の中でのしがらみを気にしなくていい、このロリ女神くらいのものだった。


「あの財務大臣、庶民からも歌姫候補を募るってコンセプトにメチャクチャ反対しててさぁ。そもそも歌姫部隊の運用自体に自分は賛成できないんだけど、やるならやるで、せめて歌姫の伝統を壊すなって」

「まぁ、本来あの世界の歌姫って王侯貴族の女の子がやるものですからねー」

「そうなんだよ。それで、あまりに血筋の良くない子をグループに入れるくらいなら、劇場建設の予算は出せないって言われちゃってさ」

「ふぅむ。それは由々しきジタイですねー」


 女神は深々と頷いた。

 アイドル戦国時代の日本を席巻した秋葉原エイトミリオンの本質は、なんといっても握手会と劇場公演。エイトミリオンの隆盛のストーリーをなぞろうというなら、小規模な常設劇場で毎日のように公演をやり、民衆の心を繋ぎ止めるのは絶対に必須といえる。

 先日の閣議で、俺はそう言って王様と他の大臣達に劇場建設の必要性を説いたのだが、それに待ったを掛けてきたのがあのイヤミな財務大臣だったのだ。


「俺の権限で動かせる国防予算にも限度があるからさぁ。あの人にウンって言ってもらわないと建設費は出ないんだよね」

「キモオタがなんかまともに社会人みたいな話してる……」

「しれっとドン引き芸するな。……いや、決して悪いヒトじゃないんだけどさ。あの人はあの人で国のこと考えてるんだろうし、少なくとも俺なんかよりはずっとマトモな大人だし」

「世の中にドルオタほど惨めな大人はいないですもんねー」

「お前が言う? そのドルオタに世界を委ねておいてお前が言う?」


 はぁっと肩を落とした俺に、女神はにこりと笑って。


「まぁまぁ、天下のエイトミリオンだって最初から順風満帆だったワケじゃないですし。『周りの大人は無謀と笑った』……『僅かな観客だけが光をくれた』ですよっ」

「……ああ。『諦められない理由があるんだ』……『この地に根を下ろして、花開くと決めたから』か」


 この世界で戦うのは俺が望んだわけじゃないが、それでも。


「俺が、あの子達をパイオニアにするんだ」

「いぇす、その意気ですっ。引き続き頑張ってください、プロデューサー! わたしは天上界で寝っ転がって煎餅せんべいでもかじりながら応援しててあげまーす」

「お前さあ、なんか良い感じに話を〆めようとかいう概念ないの!?」

「ぐっどらっく!」


 ムカつくくらい明るい笑顔で天に昇っていく女神を見送ったところで、はっと目が覚めた。

 もはや見慣れた屋敷の寝室。豪華なベッドに肌触りの良い寝間着。この国の国防大臣、そしてアイドルプロデューサーとしての一日がまた始まる。

 女神のヤツ、具体的なアドバイスは何も寄越さなかったが……まあ、でも、歌姫達を導けるのは結局俺しかいないのだ。


「……よし、やるか」


 ベッドから起きて部屋のカーテンをしゃっと開ける。異世界の朝の日差しが今日もまぶしかった。

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