第5話 異世界で握手会を
そして、「歌姫の世界」に転移して二日目。
国防大臣として城下のお屋敷での生活を開始した俺は、朝から馬車に乗って王宮に
「……なんか思った以上にヤバイじゃん、この国」
「大臣閣下?」
執務机にうず高く積まれた書類の数々は、例のロリ女神の翻訳魔法を通じて、この国の各地で頻発する魔物災害がいかに人々を苦しめているかをまざまざと俺に伝えてくるのだった。
「いや、一刻も早くアイドルグループを戦力化しなきゃなと思って」
「陛下のご裁可を頂いたという歌姫軍団のことですか?」
「ああ。しばらく俺はそっちに集中したいからさ、他の仕事は君達に任せていいかな」
青年は、羽根ペンを動かす手を止めることもなく、「はぁ」と呆れた調子で頷く。
「ようやくお戻りになったかと思いきや、そんなヘンなものにご
「……ははは。なるべく迷惑は掛けないようにするよ」
鏡に映る西洋イケメン姿の俺が情けなく頭を
「ねえ、君」
「なんです、閣下」
「どうして前の俺みたいなヤツが大臣で、君みたいな優秀そうな人がその部下なんだろうね?」
「閣下が爵位をお持ちだからに決まってるでしょう」
「あー、なるほど……。なんか、身分とか階級とかがある社会って大変だね」
「?」
何言ってるんだコイツ、とでも言いたげな目で青年が俺を見ている。
そうこうしている内に壁の時計は朝九時を指そうとしていた。アヴローラ達との約束の時間だ。
「じゃあ、早速行ってくるから」
「はい、ご機嫌よう」
扉を閉める間際、かすかに青年の溜息が聞こえた。大臣権限であの青年の給料とか上げてあげられないだろうか、と俺は思った。
◆ ◆ ◆
「……というわけで、今日から俺が君達二人をプロデュースします」
俺の宣言に、上品なワンピースを纏ったアヴローラ姫が「はいっ」と嬉しそうに頷く。一方、彼女の隣に立つズボンスタイルのミーリツァは、「は」と返事をしながらも、まだ戸惑いを隠しきれない表情だった。
ところは王宮内のダンスホール。俺達の他には、腰に剣を
「えー、昨日の話の通り、まずは王都を拠点にアイドルグループの実効性を証明するんでね。二人には大いに期待してるんで、一緒に頑張りましょー」
「はいっ! わたし、楽しみですわ。一緒に戦う仲間もこれから増えるんでしょう?」
「ああ。二人の活躍が王都の人達に知れ渡り次第、オーディション……つまり仲間集めに着手するよ」
「わぁ、素敵」
きらきらと目を輝かせているアヴローラ。歌姫の力で国を守りたいと願い続けてきた彼女にとって、今の展開が心
昨日、王様と重臣達の前でアイドルの戦力化を訴えた俺は、まずは王都拠点の一グループだけで結果を実証してみせよとの条件付きで、王様からアイドルグループ設立の
そして早速、是非にと見込んだこの二人と、こうして
「……大臣閣下。どうしても、わたしがキャプテンをやらないといけませんか」
アヴローラの
「どうして? わたしは向いてると思うわよ」
「だってそんな、姫様を差し置いてわたしが部隊長なんて。そんな恐れ多いことできますか」
「いつもわたしにキビしく当たるくせに?」
「それは姫様のお
二人のやりとりに俺が思わず吹き出したところで、騎士娘はくいっと俺を見上げて言ってきた。
「閣下。このミーリツァ=モースト、不慣れな歌姫としてであろうと、国命とあらば戦う覚悟はできています。ていうか、わたしが付いてないと姫様が心配すぎますし」
「うん、君ってナチュラルに姫様に容赦ないよね」
「ですが、キャプテンというのはご勘弁ください。わたしなど下っ端の下っ端で十分です」
「えぇぇ……何で君そんな控え目なの」
「人には
こんなことを言っている間にも、俺の
「俺にはわかるんだよ。君は間違いなくキャプテン向きなの。実際いい感じに姫様を引っ張ってるじゃん」
「それとこれとは話が別です。有り得ないじゃないですか、下級貴族の小娘に過ぎないわたしが、恐れ多くも王女殿下の上に立つなんて。他の騎士達になんて言われるか……」
「あー、そういうこと……。なんか、身分とか階級とかがある社会って大変だね」
「?」
何言ってるんだコイツ、とでも言いたげな目でミーリツァが俺を見てくる。数分ぶり二度目の既視感だった。
「大臣さん、こういうのはどうかしら」
ぴっと顔の横に指を立てて、アヴローラが口を開いた。
「グループの名目上のキャプテンはわたしってことにして、彼女にはその
「ミョーダイって何?」
「代理ということですわ。ね、それなら周りの目は気にならないでしょ?」
「あー、なるほど、アタマいいね君」
それでようやく、ミーリツァも明るい表情を取り戻した。
「まあ、それでしたら……。実際、姫様の
「その歳で色々大変なことしてるんだねえ」
俺が14歳の頃なんて、パソコンで面白FLASHを見てゲラゲラ笑うくらいしかしてなかった気がするのに。
「よし、じゃあ、話も纏まったところで」
俺はパンっと手を叩き、改めて二人に向かって言った。
「早速、握手会のミニライブに向けてレッスンしよう」
「アクシュカイ?」
「ミニライブ?」
案の定、二人は揃って首をかしげる。
俺はちょっと
「この世界の歌姫がなぜ衰退したのか。それは、娯楽の多様化や市民権の確立に伴って、人々が歌姫への信仰を忘れてしまったからだ」
ロリ女神から聞いたそのまんまの内容を俺が述べると、二人はこくりと頷く。
「だったら、俺達がやるべきことは一つ。真新しい娯楽としてのアイドル像を人々に提示し、再び信仰を取り戻すこと。その第一歩が握手会なのさ」
「何をする会なんです? それは」
ミーリツァがマジメな顔で聞き返してくる。俺は腕組みを解き、彼女の前に片手を差し出した。
頭上にクエスチョンマークを浮かべたまま、騎士娘は俺の手を握り返してくる。
「これが握手」
「いや、握手はわかりますけど」
「これをアイドルがやるのが握手会」
「……? よくわかりません。ただの挨拶では?」
アヴローラも一緒にきょとんとした顔をしている。今度は彼女の前に手を差し出し、俺は問うた。
「姫様はさ、庶民の人達としっかり向き合って握手したことなんてある?」
「え……。それは、ありませんけど」
柔らかな手で握手に応じながら、彼女は戸惑った顔で目を
「姫様が目の前に来て握手してくれたら、皆どう思うかな」
「どうって……。それは、まあ、光栄だと思ってくれるんじゃないかしら」
「ついでに言葉なんか交わしちゃったりしたら?」
「……こう言うのも恥ずかしいですけど、民にとっては大変な栄誉でしょうね」
「そう、そういうこと」
彼女の手を放し、俺は続ける。
「その特別な栄誉を誰もが味わえるのが握手会。ひとたびその魅力に
「……??」
二人がまだ首をかしげているのは無理もない。この握手会という麻薬の威力は、実際にその現場を知る者にしか理解できないだろう。
「じきに君達にも俺の言葉の意味がわかる時が来る。とにかく、そういう接触イベントを定期的にやって、街の皆に応援してもらえるようになろうってこと」
「そうすれば、皆の心を掴めますの?」
期待と戸惑いの入り混じった顔でアヴローラが聞いてくる。俺が「間違いない」と頷くと、彼女はぱぁっと笑顔になって、ミーリツァと俺の手を取って言った。
「やります、握手会っ! ミーリツァもやるわよね!?」
「え、ええ、わたしは姫様がよければ何でも」
二人の調子に苦笑いしつつ、俺は告げる。
「とはいえ、いきなり握手会をやりますって言っても、たぶん街の皆は何が何だかわからないだろうからさ。その前にミニライブ……つまり小規模な歌とダンスの披露をやって、アイドルの魅力を皆の目と耳に焼き付けるんだ」
「はいっ」
アヴローラは楽しそうに頷いているが、ここでも不安そうな表情を見せたのはミーリツァだった。
「わたしは歌も踊りも専門に訓練したことがありません。握手会はまだしも、ミニライブとやらに関しては、姫様の足を引っ張ることにならないか……」
魔物と戦う覚悟はあってもステージに立つ自信はないらしい。そんな彼女を安心させるように、俺は自分の胸を叩いた。
「大丈夫、大丈夫。俺の魔法で曲と振りを覚えてもらうだけだから」
「そんなことが?」
「姫様が歌って踊るの、君も見たじゃん。動きに付いてこれるだけの体力があれば大丈夫。体力には自信あるんだろ?」
「ええ、それは」
そこで、アヴローラが両手で彼女の手を握り、「大丈夫」と微笑みかけていた。
「ミーリツァなら出来るわ。一緒に歌いましょう」
「……姫様がいいなら、まあ、わたしは」
彼女がおずおずと頷いたところで、いよいよとばかりに俺は言う。
「オーケー、じゃあレッスンしよう。曲も振り付けも魔法で君達の頭に入るから、レッスンって言っても本番の動きを予行演習してみる程度だけど」
俺はおもむろに二人に向かって手をかざし、生成魔法を発動させた。
閃光が二人を包み、一瞬にして服装が書き換わる。アヴローラがトロールを撃退した時と同じ、秋葉原エイトミリオンの「
「ひぃっ。や、やっぱりこの装束なんですね」
アイドル活動に乗り気のアヴローラといえど、やはり生脚を見せるミニスカートはまだ相当恥ずかしいらしく、しれっとミーリツァの後ろに隠れようとしている。ミーリツァも恐る恐るスカートの
「なんて面妖な……。閣下、他の衣装はないんですか」
「いやいや、こういう格好してこそのアイドルだって。ちゃんと中は黒パンだし」
「しかし、こうも足を露出した格好では防御力が低下します。魔物との戦いに集中できない危険が……」
「あ、君の心配ってそっち?」
ビキニアーマーの女騎士とかいう存在は、きっとこの世界には居ないのだろう。
「まあまあ、二人とも、すぐ慣れると思うから」
「ひ、姫様がいいなら」
「あ、あんまりよくはないかも……」
それから、俺は縮み上がる二人を5分ほど掛けてなだめ、なんとかレッスンの開始にこぎ着けたのだった。
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