第4話 君こそキャプテンだ(二人しかいないけど!)

「なるほど。その『アイドル』なるものの力を得て、アヴローラは単身でトロールを撃退したと言うのだな」


 玉座に座る王様の問いに、俺は「はっ」と答えてこうべを垂れる。

 ところは王宮、政務の。この国の国防大臣ということになっている俺は、先程のデビュー戦の後、アヴローラ達とともに王宮へ帰還し、王様と他の大臣達に顛末てんまつの報告をしているのだった。

 ちなみに、鏡に映る俺の姿は、ブラウンヘアーに緑の目の西洋イケメンになっている。年齢は元と同じ三十路くらいに見えるが、元の冴えない社畜の俺とは似ても似つかない。


「にわかには信じがたい話だが……」


 たっぷりの顎髭あごひげを指で撫ぜて、王様はふぅむと首を傾げている。そこへ、長丈のドレス姿に戻ったアヴローラが、俺の隣で「お父様」と口を挟んだ。


「国防大臣さんのおっしゃるることは本当です。わたし、見たこともない衣装と歌を授けてもらいましたわ」

「見たこともない衣装?」

「ええ、こう、真紅のチェック柄で、極端に短い丈の……」


 太ももの半ばあたりに手をやってから、アヴローラはまた恥ずかしくなったのか、顔を赤らめてうつむいている。別にそんなことまで言わなきゃいいものを……。

 ちなみに、ミーリツァは帰城と同時に医務室へ運び込まれていた。アヴローラの鮮烈なアイドルデビューを見届けた者は、この場では彼女自身と俺だけだ。


「ふん。国防大臣殿はご乱心としか思えませんな」


 と、イヤミ丸出しな台詞を突っ込んできたのは、臙脂えんじ色のローブを纏った財務大臣。細い目に鷲鼻わしばなが特徴的で、いかにもねちっこい性格をしていそうな男である。


「乱心? してませんけどね」


 立場の上下がイマイチわからないので、俺はとりあえず敬語を使っておいた。

 これでも社畜を八年やっていたのだから、一通りの礼節もどきはわきまえているつもりだ。もっとも、今の俺は翻訳魔法で喋っているだけなので、ここの言葉に実際どういう敬語があるのかは知らないが……。

 すると、財務大臣は閣僚達の中からずいっと歩み出て、露骨に口元をつり上げて俺を睨んできた。


「そもそも、国を捨てて逃げたかと思いきや、戻ってきて早々、姫様をたぶらかして危険な戦場に駆り出すとは。はっ、これを乱心と言わずして何と申すやら」

「いや、逃げたのは俺じゃなくて」

「ん?」


 すんでのところで俺は言葉を飲み込んだ。国外逃亡をしでかしたのは俺じゃなくて、この姿のコピー元になった国防大臣本人なのだけど、それをこの場で言っても理解してもらえるはずがないし……。

 それどころか、俺が本物の大臣じゃないとわかれば、アヤシイ奴として牢屋にでも入れられかねない。ここは黙って本人の振りをしておくしかなさそうだ。


「ほら、秘伝の魔法を探しに行ってたんですよ。アイドルを誕生させるために」


 思いつくままを俺は述べた。

 財務大臣は勿論のこと、他の大臣達もやや不審な目つきを俺に向けている。王様は黙って俺の話を聞いてくれていたが、内心どう思っているのかはイマイチ読めない。


「ふん。たとえそのアイドルとやらが従来の歌姫より多少強かったとしても、今は合理化の時代です。歌姫などに頼るのはもう古いのです」


 当のアヴローラが目の前にいるにも関わらず、財務大臣は堂々とそう言ってのけた。

 大臣達の中にはウンウンと頷いている者さえいる。ミーリツァも言っていた通り、実際、この国ではもう誰も歌姫の戦力に期待してなんかいないのだろう。

 アヴローラ自身も、今この国の歌姫は自分だけだとか言っていたし……。


「……姫様」


 俺はいたたまれなくなって彼女に声をかけた。しゅんとしていた彼女だったが、俺が顔を向けたことで少し気が大きくなったのか、すぐに目を上げて、財務大臣達と王様を見回して言った。


「確かに、歌姫の力は今や風前の灯火ともしびだったかもしれません。だけど、これからは違いますわ。他国に嫁いだお姉様達のぶんまで、わたしが戦います。そうすれば、望まぬ民を徴兵する必要もなくなるはずです」


 毅然としたその一言に、財務大臣もすぐには言葉を返せずにいる。

 かわりに口を開いたのは、誰あろう王様だった。


「お前一人で何が出来るというのだ?」


 ここまでの飄々ひょうひょうとした感じがウソのように、王様は重たい口調で言う。その目には、怒りや呆れではなく、諦めの気持ちが宿っているように見えた。


「たとえ力を極めようとも、身体は一つだ。兵達にかわって国土の全てを守ることなど出来ようはずもない」


 主君の言葉に同調して、財務大臣や他の大臣も続けざまに述べる。


「陛下の仰る通りです。よく考えられよ、国防大臣殿。姫様お一人の力を頼りにして、ひとたび軍備を縮小させてしまえば、姫様の身に万一のことがあった時は誰も国を守る者が居なくなるではありませんか」

「そうだ。それに、姫様を国防の務めに縛り付け、この先どこにも嫁がせぬおつもりか」

「恐れ多きことながら、姫様とていずれはお歳を召される。永遠に歌姫として戦えるわけではない」


 言いながら、大臣達はアヴローラ当人の様子もうかがっているようだった。きっと、俺の意見を批判する形をとって、暗にアヴローラをいさめたいという気持ちもあるのだろう。

 そのアヴローラも言葉に詰まっている。ダメ押しのように王様が言った。


「わが末娘アヴローラよ。お前一人の人生を捧げただけで守れるほど、この国は軽くはないのだ」


 しぃんと静まり返る室内。アヴローラは今度こそシュンとなってうつむいている。だが……。

 この空気を打開することは、俺には難しくなかった。


「一人じゃありませんよ」


 俺は再び口を開く。王様と大臣達、それにアヴローラの視線が一斉に注がれるのを感じた。


「姫様一人でやるんじゃありません。他にも資質のある少女を集めて、アイドルグループを結成します」

「アイドルグループ、だと……?」

「そうです。もう組織の構成も考えてあります」


 ハッタリをかまして俺は言った。一番の切り札はエイトミリオン商法の知識だと女神も言っていたし、アイデアは丸パクリでも問題ないだろう。


「まず、この王都を本拠地とするグループ、いわば本店を作って、その中に16人単位のチームをいくつか編成します。チーム・オータムとかチーム・リーヴスとか、何かそんな感じのやつを。そして、ゆくゆくは同様のグループを全国各地に展開して、普通の兵隊にかわって各地の守りに当たらせるんです」

「何と……」


 俺が語ったのは、そのまんま、秋葉原エイトミリオンを本店とするエイトミリオングループの話だった。名古屋に難波なんばに博多、それに新潟や瀬戸内にまで手を広げていった巨大グループの。

 日本では知らない者はいないその話も、ここの一同にとっては目を見張るような斬新なアイデアに他ならないはずだった。


「……くだらん、馬鹿げた話だ!」


 案の定、真っ先に異を唱えたのは、鷲鼻の財務大臣だった。


「そんな人数の歌姫を一体どこから集めると言うんです!? 昔から、歌姫は高貴な血筋の娘がなるものと決まっておろうに!」

「そうなんですか? まあ、でも、探せば他にも適任者はいるでしょ」

「無茶な! やはり国防大臣殿は乱心としか――」


 財務大臣が声をあららげた、ちょうどそのとき、部屋の扉がぎいっと音を立てて開いた。

 従兵に付き添われて礼儀正しく入室してきたのは、騎士娘のミーリツァだった。


「遅くなり申し訳ありません。ミーリツァ=モースト、参上つかまつりました」

「ミーリツァ。もう大丈夫なの?」


 アヴローラが申し訳なさそうに彼女を振り返る。一緒に俺も振り返り、そして。

 一礼から顔を上げたミーリツァと、目が合って一秒――


***********


 ミーリツァ=モースト

 Милица Мост


 年齢:14歳

 血液型:AB型

 身長:158cm

 出身:王都オーセングラート


 ルックス:★★★☆☆

 スタイル:★★★☆☆

 歌唱適性:★★★★☆

 ダンス適性:★★★★★


 ファン対応適性:★★★★☆

 グラビア適性:★★☆☆☆

 バラエティ適性:★★★☆☆

 キャプテン適性:★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 センターオーラ:★★★☆☆


***********


「……はあぁぁぁ!?」


 神の慧眼プロデューサー・アイを通じて意識に流れ込んできた彼女のステータスに、俺は思わず大声を上げていた。

 当のミーリツァが「何です!?」と後ずさり、皆が何事かと俺を見てくる。ひぃふぅみ、俺は脳内で「キャプテン適性」の星の数を数えようとしたが、10個を越えたあたりでバカバカしくなって諦めた。

 アヴローラの「センターオーラ」に勝るとも劣らないぶっちぎり具合。キャプテンの国からキャプテンを広めに来たような――。

 俺はびしりと彼女を指差し、叫んだ。


「見つけた! 君こそキャプテンだっ!」

「ええ!? キャプテンって何です!?」

「グループを率いる存在ってこと!」

「……はい!? そんな、姫様がおられるのに恐れ多い!」


 恐縮しきった様子のミーリツァと、何が何だかといった風情ふぜいで俺に白い目を向ける大臣達。その中でアヴローラだけが、何やらマイペースに目を輝かせていた。


「ミーリツァと一緒に戦えるんですか? 嬉しいっ!」

「いやいや、姫様、わたしに歌姫なんて無理ですよ!」


 ミーリツァはぶんぶんと顔の前で手を振っているが、その間も俺の意識には、満点を遥かにぶっちぎった「キャプテン適性」の星が踊り続けている。

 呆然とするお偉いさん達に向き直り、俺は言った。


「とまあ、こんな感じで、適性のある子をどんどん見つけて加入させていきます。オーディション審査はこのワタクシにお任せあれ」

「オーディション……?」


 王様以下、全員の頭上にはハテナマークが浮かぶばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る