第2話 君こそセンターだ(君しかいないけど!)

 次元の穴に叩き込まれ、ジェットコースターのように落ちていく感覚がしたのは、ほんの一瞬のこと。

 次の瞬間、眼前に視界が開け、俺の身体は緑の草原の上へぽーんと放り出されていた。


「うおっ!?」


 1メートルほどの高さから地面に叩きつけられ、俺は柔らかな草の上をゴロゴロと転がる。痛みはそれほどでもなかったが、とにかく雑に扱われている感じは否めない。

 あのロリ女神め、ロクに心の準備もさせない内に軽々しく人を異世界に放り込みやがって……。


「……ここが、『歌姫の世界』?」


 上体を起こして辺りを見てみる。青空の下、見渡す限りの大草原が広がる光景は、言われてみれば先程見たトロールと男達の戦いの舞台と似ていなくもない。

 と、そのとき。

 俺の目と耳は、こちらに向かって一目散に疾走してくる、真っ白な馬の姿と足音を捉えた。


「!」


 馬の鞍上あんじょうには小柄な人影があった。足音にかき消されてよく聞こえないが、その誰かが何かを俺に向かって叫んでいる。


「ごめんなさぁい! どいてくださぁぁい!」


 女の声でそう聞き取れた時には、馬はもう俺のすぐ前まで迫っていた。


「うおぉっ!?」

「ストップストップ! すとぉーっぷ!!」


 鞍上の女が必死に手綱を引っぱる。俺はすんでのところで横に飛び出し、今にも頭上に振り下ろされそうだった馬のひづめから間一髪逃れた。

 ずざっと土埃つちぼこりを上げて止まった馬が、ぶるるっと鼻息荒く一鳴きする。


「ごめんなさいっ、お怪我はないですかっ!?」


 今にもずり落ちそうな姿勢で馬の首にしがみつきながら、俺に向かって黄色い声を張り上げてきたのは、どう見ても乗馬に不向きそうな真っ白いドレスを纏った少女だった。

 俺の世界で言うなら中高生くらいだろうか。日本人とは違う青い目と白い肌。ドレスのすそをひるがえし、腰まで届く金髪をばさっと揺らして、馬から降りた少女が「ごめんなさい」と繰り返しながら俺に駆け寄ってくる。


「お怪我は――って、あらっ、国防大臣さん! どうしてこんなところに!?」

「へ? 大臣?」


 金髪少女の言葉に首を傾げてから、俺は思い出した。そういえば、あの女神のやつ、俺の見た目を大臣と瓜二つにしておくとか言ってたような……。

 俺は、そこで初めて、自分が見慣れた社畜スーツではなくゴテゴテした軍服みたいなものを着ていることに気付いた。

 鏡が無いからわからないが、ひょっとして、俺自身の見た目も欧米人みたいになっている……?


「いつの間にお戻りだったんですか!? 城の皆が心配してましたよ!」


 さっきまでの「ごめんなさい」連呼から一転、金髪ちゃんが口をとがらせて言い募ってくるが、俺には「そうなの?」と聞き返すことしかできない。

 城の皆とか言われても知らないし、まずこの子が誰だよ。


「国を守る大臣ともあろうお方が、何も言わず居なくなるなんてっ。お父様もお嘆きでしたよ」

「へ、へえ。君のパパさんがね……」


 俺が何の気なしに相槌を打つと、彼女はぎょっとした目で「パパさん!?」と声を裏返らせた。

 流石にその言い方はなかったか、と俺が口元を手で覆ったところで、彼女のやって来た方向から新たな馬のひづめの音。


「ミーリツァ!」


 金髪ちゃんが振り返り声を上げた。ミーリツァって?


「姫さまーっ!」


 黒い馬上から呼び掛けてきたのは、またしても女の声。

 

「姫様……?」


 俺が目をしばたくよりも早く、人馬の影がざっと俺達の前に滑り込んでくる。

 ひらりと危なげなく馬から飛び降りたのは、ブラウンの髪をポニーテールに結わえた、これまたティーンエイジャーくらいの女の子だった。「女の子」というより少女騎士とでも呼んだ方がしっくりきそうな、飾り気のないズボンスタイルの装束を着て、背中には一本の剣を提げている。

 その彼女が、金髪ちゃんの手首をぱしっと掴むなり言った。


「捕まえましたよ、姫様! さあ、大人しく城へ戻りましょう」

「イヤよ!」


 声を張って抵抗する金髪ちゃん。どうやら彼女はお姫様だったらしい。俺、気軽に「君のパパさんが」とか言っちゃったけど、それってつまり王様ってことか?

 だけど、そのお姫様が、どうして乗り慣れもしない馬に乗ってこんな野原に……?


「ミーリツァがなんて言おうと、わたし行くもん。そのために歌姫のドレスも着てきたのよ」

「ダメです。陛下のお許しも頂いてないでしょう!」

「お父様は関係ないわ!」


 ……ああ、やっぱり、お父様イコール陛下だよ。パパさん呼ばわりはマズすぎるやつだ。

 さあっと背筋が凍る思いをする俺をよそに、二人は言い合いを続けている。


「たくさんの人が徴兵されて戦ってるのよ。黙って見てるなんて出来ない」

「だからって、姫様が前線に出ても魔物にやられるだけです!」

「やってみなきゃわからないでしょ!?」


 金髪お姫様が叫んだところで、ミーリツァというらしいポニテちゃんのほうが、出し抜けにキッと俺を振り返ってきた。


「大臣閣下!」

「えっ、俺?」

「恐れながら、閣下からも姫様に申し上げてください」

「な、なにを?」

「姫様のお力では実戦は無理です」

「無理なの?」


 右から左の勢いで、俺はお姫様を見る。


「やれます! わたしだって歌姫の端くれです!」


 ミーリツァの手を振り払って、彼女は青い瞳でまっすぐ俺を見上げ――

 目が合って、一秒。

 瞬間、火花がはじけるように、彼女のステータスが俺の意識に流れ込んできた。


***********


 アヴローラ=アヴァンガールト

 Аврора Авангард


 年齢:14歳

 血液型:A型

 身長:160cm

 出身:王都オーセングラート


 ルックス:★★★★☆

 スタイル:★★★★☆

 歌唱適性:★★★★☆

 ダンス適性:★★★★☆


***********


「っ……! これって……!?」


 俺は頭を押さえて女神の言葉を思い出す。俺にアイドルプロデューサーをやらせるために女神が授けたスキル。目を合わせただけでアイドルとしての資質と適性がわかる、神の慧眼プロデューサー・アイ――。


***********


 ファン対応適性:★★★★☆

 グラビア適性:★★★☆☆

 バラエティ適性:★★★☆☆

 キャプテン適性:★★★☆☆


 センターオーラ:★★★★★★★★★★★★★★★★


***********


「なんじゃこりゃっ!」


 俺が声を上げると、お姫様はびくっとして身を引いた。


「な、なんですかっ!?」

「大臣閣下?」


 彼女をかばうミーリツァの肩越しに、俺はもう一度お姫様の目を見る。


「やっぱり……ヤバイって、この資質!」


 アヴローラ=アヴァンガールト、14歳。他の項目は五点満点中の3とか4とかなのに、「センターオーラ」だけが飛び抜けて高い。月並みな表現で言うなら、まさしくセンターに立つために生まれてきたかのように。

 俺は思わずアヴローラを指差し、叫んだ。


「間違いない、君なら絶対的なセンターになれる!」

「せ、センターって何ですか?」

「中心に立って歌う人だよ」

「中心って。今、この国の歌姫はわたし一人なんですけど……」


 ぱちぱちと目をしばたかせてから、彼女はハッと何かに気付いたようにその目を見開いた。


「大臣さん。歌っていいんですか、わたし!」

「たぶん? ていうか、君が歌わないで誰が歌うんだって感じ」

「ですって! 聞いた、ミーリツァ!?」


 はしゃぐような勢いで言い募るアヴローラ。白馬によいしょとよじ登ったかと思うと、ミーリツァが止めるのもむなしく、彼女はそのまま馬で駆け出してしまった。

 ミーリツァも慌てて自分の馬に飛び乗りながら、俺を睨んでくる。


「大臣閣下、困ります! 万一、姫様が身罷みまかられることがあっては!」

「ミマカラレルって何?」

「お命を落とされるということです!」

「えっ! それはヤバイでしょ!」

「ヤバイんですよ! だからお止めしないといけなかったのに!」


 鬼気迫る表情で言い、彼女はくらの後ろをぱんと叩いてきた。

 その意図を察して、俺も急いで彼女の後ろにまたがる。あのアヴローラお姫様の身が心配というのもあるが、何より、彼女の歌うところをこの目で見てみたいという思いがあった。

 ミーリツァがしっかりと手綱を握り、馬がいななきとともに駆け出す――。

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