異世界秋○無双 ~俺のスキル「アイドルプロデューサー」が救国の切り札だった件~

板野かも

第1話 社畜の俺がプロデューサー!?

 金持ちになりたいだけの人生だった。大物プロデューサーの康元やすもと秋夫あきお並みとまでは言わない、せめてタワマンに住んでBMWビーエムに乗って月に一度は高級フレンチで美人の嫁さんとディナーするような、そのくらいの小金持ちになってみたいだけの人生だった。


 そんな高望みをぼんやりと抱いて日々を生きていた、どこにでもいる平凡な30歳未婚ドルオタ社畜の俺に、突如宝くじで高額当選が舞い込んでくるなんて都合のいい展開はもちろんなく。

 かわりに突っ込んできたのは、どこの転生物ラノベの冒頭にでもいる平凡な信号無視のトラックだったと、まあそういうわけだった。



 ◆ ◆ ◆



「待ってましたよ! やっと死んでくれましたね、安佛あさらぎ拓郎たくろうさん!」

「ここはどこ、アンタはだれ」

「えぇぇっ、見てわかりませんか!? ここは天上界、そしてわたしは異世界転移を司る女神ってやつですよっ、えっへん」


 細ーい腕をエラそうに組んで、細ーい足で仁王立ちしているのは、トーガというのか、お馴染みのギリシャっぽい白いやつを纏った金髪碧眼へきがんのロリっとした少女。いやほとんど幼女。

 見渡す限り真っ白な空間の中、俺は棒立ちで彼女と向かい合っている。


「俺を待ってたって言った?」

「ふふふふ、一日千秋の思いで待ってましたともっ。アナタがトラックに轢かれて死んじゃうのをね!」

「あー、そういや、轢かれたときのイヤーな感触がまだ全身に残ってるような……」


 だけど、そのわりに俺の身体はピンピンしてるし、真っ黒な社畜スーツも全然破れてないし。

 イマイチ自分が死んだ実感が湧かないなというのが、正直なところである。


「なーんか、さっきから反応がうっすいですねぇ。嬉しくないんですか? このロリ可愛い女神様が直々にアナタを待ってたって言ってるんですよ?」


 前かがみからの上目遣いで、自称女神が俺ににじり寄ってくるが。


「自分でロリ可愛いとか言うな。お子様に興味ないんだよ俺」


 いくら俺がドルオタでも、流石にJC以下のメンバーのお手々を握ってハァハァしたりはしない。ましてこの女神の見た目はほとんどJSなのだ。別に俺はおっぱい星人でもないが、つるぺた通り越して洗濯板レベルのお胸元を見せつけられてもだーれが欲情するか。


「まあ、とにかくっ」


 さらっと自分で話を流して、ロリ女神はにまっと笑って言う。


「あなたとわたしがこうして出会ったのは、お互いにとっての僥倖ぎょーこーなんですよっ。あ、わかりますか、僥倖って日本語」

「知ってる知ってる。ていうかアンタこそよく日本語通じるな」

「えっへん、これでも女神のはしくれですからね、全世界のあらゆる言語を理解できますよ。それはともかく、あなたの異世界転移を世話するのはこのわたしになったんですっ。振り分け担当のキューピッドにそでの下を渡しておいた甲斐がありました!」

「女神が堂々とワイロの話とかするな」


 はぁっと溜息をついてから、俺は女神を睨んで聞き返した。


「でもさあ、俺、見ての通りの冴えない社畜だぜ? そうまでして俺をご所望だった理由は何なんだよ」

「うふふふふ」


 女神は楽しそうに口元を手で覆った。……いや、理由言えよ。


「我々女神はアカシックレコード由来の閻魔えんま帳を持ってるのでねー、えへんえへん、どの人間がどんな適性を持ってるのか一発でわかっちゃうのですよっ」

「女神なのに閻魔って」

「うっるさいなー。女の子はちょっとぐらいギャップがあったほうがいいものでしょっ。ドルオタのくせにギャップ萌えもわからないんですか」

「アンタはアイドルじゃねーだろ」


 あれ? ていうか、何で俺がドルオタだって知ってるんだ?


「『何で俺がドルオタだって知ってるんだ?』って今思いましたね?」

「!? しれっと頭の中読んでくるとか怖っ!」

「女神ですからねー、うふふふふ。あなたがロクに貯金もしないでエイトミリオンの公演と握手会に通い詰める接触ちゅうで、おまけに節操なしの全支店はこDDディーディー野郎なのはよーく知ってますよっ」

「いやに詳しいな! 俺の個人情報にもドルオタ用語にも!」

「そんな秋カスのアナタにぴったりの世界があるんですっ」

「秋葉原エイトミリオンを愛好するカス略して秋カスとかいう地下板スラングまで使いこなすな」

「じゃじゃんっ! まずはこちらの映像をご覧ください!」


 ロリ女神が大仰な仕草で何もない空間を指差すと、ボワンという煙の音とともに、どこかの世界の光景が映し出された。

 一面の大草原を舞台に、ガチャガチャと重そうな金属の鎧を纏った何十人もの男達が、剣や槍を手にして何かの敵と必死に戦っている。敵は人間の数倍もの身長を持つ二足歩行の魔物だった。魔法学校の映画に出てきたトロールに似ている。


「何、この世界」

「世界番号1830、天上界からみた通称は『歌姫の世界』。この世界では、いにしえの時代から、歌や踊りに長けた巫女みこ達が民衆の声援を魔力に変え、人間を襲う魔物と戦ってきたのですが……」

「急にシリアスだな。さっきまでの口調どこ行ったんだよ」

「最近では、娯楽の多様化や市民権の確立によって、この世界の人達も歌姫への信仰を忘れていき……求心力の低下した歌姫達の力では、もはや魔物を食い止めることは出来なくなってしまったのです」

「へぇ。だから普通の男の兵隊が戦ってるってわけか」

「ざっつ・らいっ! さっすが、わたしの見込んだ主人公、お察しが早いですねっ」

「急にテンション戻すな。落差激しくてビビるわ」


 女神と俺が丁々発止やっている間にも、眼前に浮かぶ光景の中では、トロールの棍棒こんぼうの一振りで男達が次々と吹っ飛ばされている。

 トラックに轢かれるのとどっちが痛いかなあ、なんて思っていると、女神がぴしっと映像を指差して、いやに目をキラキラさせて言ってきた。


「じゃかじゃん、聞いて驚けっ! 安佛あさらぎさんには、この『歌姫の世界』でしてもらいますっ!」

「……うん、なんか、流れ的にそんな感じになるのは読めてたよ?」

「マジですか!? 安佛さん、ひょっとしてエスパーですか!?」

「俺をドルオタだと知った上でわざわざ呼び寄せて、こんな世界の設定を語ってきた時点で、誰がどう考えてもそういう展開しかありえねーだろ」


 俺が淡々と言うと、女神はまたも「うふふふふ」と心底楽しそうな含み笑いをしていた。


「ついに、ついにこの時が来たんですよ。わたし、異世界転移主任に昇格できたら、ゼッタイこの世界にドルオタを送り込んでアイドル革命を起こさせてやるって心に決めてたんですっ!」

「……てことはアンタ、転移させるのは俺が初めてかよ!」

「誰にだって初めてはありますぅー。康元やすもとプロデューサーだって最初は駆け出しの名もなき放送作家だったんですよ?」


 ふふんと腕を組んでふんぞり返るロリ女神。ああ、さっきからやってるあの腕組みって、ひょっとして康元Pのモノマネだったのか?


「とゆーわけで、安佛さん、あなたには異世界転移特典として『アイドルプロデューサー』のスキルを授けます!」

「そのまんまじゃん。何が出来るのそれ」

「その名の通り、アイドルプロデュースにまつわることなら何でも出来ますっ。まず、翻訳魔法で、元いた世界のアイドルソングの歌詞を現地語に翻訳し放題」

「パクリじゃん」

「生成魔法で、元いた世界のアイドルグループの衣装を現地で再現し放題」

「パクリじゃん」

「音響魔法で、マイクや音響機器のない世界でも歌姫達のライブを響かせ放題」

「ご都合主義じゃん」


 順次ツッコミを入れていると、ふいに女神が青い目をぎぃんと俺に向けて、次なる一言。


「そして、一秒目を合わせただけでその子のアイドルとしての資質と適性がわかる、神の慧眼プロデューサー・アイ

「とびきりチートだな!」


 歌詞パクリ放題やら衣装パクリ放題やらがかすむほどのチートスキルに、俺は戦慄せんりつする。

 そんな眼があったら、オーディションなんか百発百中で金の卵を引き当てられるじゃないか……。


「しかし! いかなるチートにも優る切り札は、安佛さんがドルオタとして知り尽くしたエイトミリオン商法のノウハウ! ですっ!」

「エイトミリオン商法って」


 握手会の会場を埋め尽くす何万人もの同類ドルオタの姿を思い返し、俺はゾクっと背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 あんな文化を異世界に蔓延させていいのか……?


「さてさてっ、序曲オーバーチュアはこのくらいにして」

「えっ、もう出発なの」


 見れば、戦いの映像が映し出されていた空間に、ワームホールみたいな穴が黒々と口を開けている。


「寂しがらない、寂しがらない。わたしはいつでも安佛さんの活躍をここから見守ってますからっ! たまーに夢枕にも立ってあげますし!」

「別に寂しがってるワケじゃねえよ」

「あっ、あと、転移先の国ですぐ馴染めるように、安佛さんの外見をその国の国防大臣と瓜二つにしときますねっ!」

「は!? 同じ顔のヤツが二人居たら怪しまれるだろ!?」

「だいじょーぶ、ちょうどその大臣が国外逃亡しちゃった直後なんで」

「思った以上にヤバイことになってそうだな、その世界!」

「苦しい時代にこそアイドルは必要とされるものですぅ。期待してますよ、プロデューサー! それでは、行ってらっしゃーい!」


 ぽーんとロリ女神に背中を押され、俺は「歌姫の世界」とやらに繋がる穴を否応なしに落ちていった。

 ……この俺がアイドルプロデューサーって、マジ?

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