第13話 未来少女と百合先輩が仲良くなりすぎてもう俺要らない気がする件

 その後、大学近くのパスタ屋でのランチを経て、あれよあれよという間に家入いえいりアイル捜査員による俺容疑者への家宅捜索が実施される運びとなった。

 ランチの場で当然のごとく起こったドタバタについては思い出したくもないが、それを経て我が家の変人未来少女がますます変人百合チューバーへの傾倒を深めてしまったのは間違いない。三日長年かけて関係を培ってきた彼女(三人称代名詞)がこんなビッチにあっという間にとされてしまうなんて……と、NTRモノの主人公達にいつになく同情共感できそうな俺である。


「……じゃあ、ちょっと中片付けてきますんで」


 部屋の前で俺が言うと、アスナは当然のように先輩の隣に立って「早くしてくださいねー」と手を振ってくる始末。いや、お前もこっちで片付けに回る側だろ……なんて突っ込む気力ももう俺にはない。


「……はぁ」


 二人を外に待たせて、とりあえず洗面台で手洗いうがいを済ませる。リビングの空飛ぶ車にブルーシートを掛けようと近付くと、例によって車の電子頭脳が『溜息タメイキクトシアワセガゲマスヨ』と勝手に話しかけてきた。


『ナリタサン。アスナサンハドウシマシタ?』

「すぐ外にいるよ。これから客人が来るから、お前またしばらく黙ってろよ」

『ソレハカマイマセンガ……ナンダカコエリガアリマセンネ、ナリタサン。留年リュウネンデモマリマシタカ』

「何お前? 俺のこと心配してくれてんの?」

『マァ、居候イソウロウトシテ多少タショウハ』

「お前……いいやつだなぁコンピューター……!」


 ブルーシートを被せる間際、思わず車のボンネットをすりすりと手ででてしまう俺だった。

 やっぱ最後に頼れるのは機械かもしれないなあ。「三次元の女は裏切るから」とか言って萌え系ゲームに逃げる人達の気持ちがちょっとだけ分かった気がしなくもないぜ……。


「ちょっとー、ナリタさーん、まだですー?」

「成田ぁ、居るのは分かってるんだぞー。大人しくここを開けなさーい」


 変質者二名が玄関扉をコンコン叩いてくる。まあ、無施錠なのに黙って踏み込んでこないだけ、まだギリギリのところで良心みたいなものは残っているのかもしれない。


「はいはいはい、今開けますよ」


 扉を開けるやいなや、先輩の甘い香水の匂いが改めてふわんと鼻孔を侵掠しんりゃくした。

 ああ、正規に玄関を通ってこの部屋に訪問してくる初めての女子がまさかこの人だなんて。せめて俺の初めてを奪うのは百合系出会い厨でもNTR魔でもネットに強い弁護士志望でもない人がよかったな……。


「アイルさんアイルさんっ、どうぞお入りくださいですっ」

「ふふ、お邪魔しまぁす」


 きゃいきゃいと楽しそうに靴を脱いで上がってくる二人。お前が勝手に歓迎してんじゃねーよとか、この期に及んでそんな些末な突っ込みを差し挟む余地などあるはずもなかった。


「さぁて、まずはベッドの下からHな本を押収するタイムかな?」


 赤メガネ越しの目を楽しそうに光らせ、先輩は一応俺にも一瞥いちべつをくれながら廊下をスタスタ歩いていく。


「今時ベッドの下にエロ本置いてるヤツとかいます?」

「アイルさん、リビングこっちですよー」

「はぁい」

「やっぱり突っ込んでも誰も聞いてくれないし!」


 ネタ振ったならせめて会話一往復くらいは責任持ってくださいよ。何なの、今日は俺を泣かせる回なの?


「わっ、広ーい。成田君にはもったいなさすぎる部屋だねぇ」


 アスナの先導でリビングに足を踏み入れた先輩が、新品になったばかりの大窓のカーテンを勝手に開け放って「いい眺めー」とか何とか言っている。アスナもまるで自分の部屋かのように「でしょでしょ?」とはしゃいでいた。もう勝手にしてくれ。


「……先輩、紅茶とコーヒーと水道水どれがいいですか」

「水道水を沸かしてお湯にしたもので茶葉を開かせた英国風の飲み物がいいな」

「あっナリタさん、わたしハニーカフェオレがいいです!」

「それはドトールでテイクアウトしてこい」


 勝手にソファに腰を下ろす二人を横目に、俺はキッチンへ向かった。安物のティーバッグしか無いが、まあそれは先輩も承知の上だろう。


「そうだ、アイルさん、お外から帰ってきたらちゃんと手の消毒しないとナリタさんに怒られるですよ」

「ふぅん、成田君って意外とそういうとこしっかりしてるんだ。じゃあ手洗い場借りるよー」

「あっ待ってくださいアイルさん、ふふー、いいもの見せてあげます!」


 アスナがルンルン機嫌で寝室に引っ込んでいく。あっ、アイツさては、と俺が思った時には既に遅く、未来少女はもはや見慣れた謎リングを手首に装着してぱたぱたとリビングに戻ってきた。


「アスナちゃん、なぁに? それ」

「お水と石鹸で手を洗うなんて古いですよー。このリングの消毒機能で一発です!」

「ちょっとお前、そんなもの迂闊に出すなって。すいません先輩、これコイツの未来ジョークのアレなんで、どーぞ普通に洗面台使ってください」

「んー? アスナちゃんはやっぱり面白いねー」


 謎にアスナの頭を撫でながら、それでも先輩は普通に廊下に出て脱衣所の方へと向かった。ああよかった、とりあえず未来グッズをコロッと信じない程度の常識はあるみたいだ。

 みゅうっと残念がっているアスナに目を向け、俺は小声で釘を差しておく。


「お前、間違っても先輩の前で光線銃とか出すなよ。普通の高校生のふり……は今さら無理だから、せめてただの変な高校生のふりしてろ」

「ふぇっ、なんでですか?」

「なんでって。本当に昭和84年から来たのがバレたら大変だろ。最悪、変な研究機関に連れてかれて解剖されるぞ」

「ふみゅ……」


 そんな研究機関なんてフィクションの中にしか存在しないと思うが、出来の悪いフィクションのかたまりみたいなヤツが現に目の前にいるしな。


「今ならまだ普通の変人で誤魔化せる。いいな、先輩の前では普通の変人のふりで通せよ」

「変じゃない人のふりはさせてくれないですか?」

「やれるもんならやってみろ」


 そこまで言ったところで、先輩が白いハンカチで手を拭きながら戻ってきた。


「何をやってみるの?」

「いやー、こっちの話ですよ」

「変じゃない人のふりをしてみろって言われたです!」

「アスナちゃんはヘンじゃないよ。セルフブランディングがユニークなだけだよ」

「みゅ? それもこの時代の飲み物の名前ですか?」

「あーもう、カワイイっ! 未来カワイイ!」


 先程のパスタ屋からずっと、先輩は「超○○」とか「鬼○○」みたいなノリでアスナを「未来カワイイ」と持て囃しているし、アスナはそのたび無邪気に「わぁい、未来嬉しい!」とか喜んでいる。俺が突っ込みを諦めたら誰も止める者がいないんだけど、いざ突っ込んでも相手にしてくれないし、マジで未来カンベンしてくれって感じだ。


「……アールグレイ入りましたよ。ティーバッグですけど」

「ありがとー。睡眠薬とか入ってないよね?」

「俺がそういうヤツだと思うならなんで来たんです?」


 俺がソファ横のサイドテーブルに二人の分のカップを置くと、先輩はまたアスナを連れてソファに収まり、それから「ねえねえ」と思い出したように振り返ってきた。


「そろそろ突っ込んでいいかなーと思うから聞くんだけど、そのブルーシートって何?」

「あー、やっぱ気になります?」

「だって、なんか、そこまで部屋のど真ん中にどーんってあったら、触れない方が失礼って感じじゃん」

「いや、その感覚は知りませんけど……。ただの引っ越し荷物ですよ。気にしないでください」

「ふぅん。話変わるけどアスナちゃん、なんでガラス割っちゃったんだっけ?」


 そこ、話変わってない。


「シルバートゥモロ……じゃなくて、えっと、21世紀の普通の車で突っ込んじゃったです!」


 ぴょんっと手を挙げて答えるアスナ。ほらな、やっぱり変じゃない人のふりなんて無理だっただろ。もう俺知らねー、なんにも知らねー。


「そうなの? 成田君、ここ何階だっけ?」

「さあ? 黙秘権を行使します」

「アスナちゃん、いいこと教えてあげる。21世紀の普通の車は空飛んだりしないんだー」

「そうなんですよね! ずっとヘンだなって思ってたんです。21世紀にもなって未だに空飛ぶ車もないなんてっ」

「そこ、自分で思ってるほど会話噛み合ってないぞ」

「ねえ、成田君っ!」


 先輩がいきなりティーカップを置いて立ち上がった。くるっときびすを返し、彼女はびしっと俺に指を向けてくる。


「な、何です……?」

「ずるいっ! こんなメチャクチャキャラ立ちしてる子を隠してたなんてっ! どうしてもっと早くアスナちゃんと出会わせてくれなかったの!?」

「知りませんよ! ソイツが来てまだ三日目ですし!」

「こんなヤバイ子と出会っちゃったら、もうアイル・チャンネルに出すしかないじゃんっ!」

「いや、だから知りませんって!」

「わぁい、アイルさんのチャンネルでわたしも世界に羽ばたくですっ!」

「お前はそのまま国際指名手配でもされてしまえ!」


 なんかもう、アスナが先輩に持ってかれるんならそれでいい気がしてきた。二人で仲睦まじく世界の晒し者になってくれい。めでたしめでたし。完!

 ……とは行かないんだろうなあ、きっと。

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