第11話 未来少女VS百合チューバーが完全に貞子VS伽椰子だった件

 図書館を追い出された俺達三人は、そのままの流れで一階併設のドトールになだれ込むことになった。

 ……いや、何だよその流れ。そのまま先輩振り切って逃げろよ。この成田恭平って奴は決断ケツダンリョク行動コウドウリョク欠如ケツジョしてんのか。


「お前、そこまで警戒しなくていいから。この人だって取って食いはしないから」


 ドトールの入口近くでかたかた震えて俺の後ろに隠れるアスナに、俺は一応の取りなしのつもりでそう言うが。


「いやぁ、取って食べちゃうかもしれないよぉ? カワイイ子は好物だからねー、わたし」

「だから一言喋るたびに事態をややこしくするのをやめてくださいよ!」


 家入いえいり先輩は赤ぶちメガネを細い指で押し上げて、俺の肩越しに狩人かりうどの目をアスナに向けている始末。びくうっと震えて後ずさるアスナが流石に可哀想に思えてくる。


「ひぃっ、こ、この時代って食人文化が生き残ってるですか……? さすがにもっと文明社会だと思ってたです……!」

「お前はお前でもうちょっと比喩ってものを理解しろ」


 呆れて肩を落とすのは俺一人。アスナはガチで怯えてるし、先輩はガチで面白がってるし、店内の人達はガチでドン引いている。

 そもそもここ、つい20分ばかり前にこの未来少女と騒いでいる姿を見られたばかりの、あのドトールなのである。俺の交流圏の狭さが幸いして、店内に知り合いはいなかったが、俺は今後もちょくちょくこの図書館に通わなきゃいけないのに一体何の罰ゲームだろうか。


「じゃあ、ちょっとコイツに席取らせてきますんで」


 先輩に断り、俺はアスナを店の奥のなるべく目立たないソファ席へと連れていった。

 先輩とコイツが二人きりになるタイミングだけは作る訳にいかない。なんだか狼と羊と麦を持って川を渡る農夫のパズルを思い出させる話だった。

 ていうか、逆に先輩に席取りをお願いして、そのスキをついてコイツを連れて逃げてしまえばいいだけじゃないかと今さら気付いたが、結局そこまで踏み切れないのが俺の限界なんだろう……。


「……いいか、お前は2019年の普通の高校生。空飛ぶ車も知らなければ銀ピカタイツも常用してない。学校は東京都立正魁せいかい高校。いいな?」


 アスナを席に座らせ、俺は声をひそめて言い聞かせる。


「ふぇっ、いくら変質者さん相手でもウソつくのは抵抗が……」

「お前のパーソナリティの方がよっぽど変質者なんだよ」


 ていうかお前、言うに事欠いて人の先輩を変質者とか。俺でさえ言っても変人とか危険人物までだぞ。まあ、敢えて訂正はしないけど。


「ナリタさん」


 列に戻ろうとした俺の袖を、アスナがきゅっと掴んできた。


「なに」

「わたし、ギブミーチョコレートフランダースのサードがいいです」

「何一つ覚えてねーじゃねーか」


 ほんとにいい神経してやがるなコイツ。食人族の変質者に狙われて怯えてるヤツがチョコレートなんちゃらフラペチーノのショートなんかリクエストするか普通。そして残念ながらここはスタバじゃないんだが。


「とりあえず甘いやつな」

「わぁい」


 コイツの脳とか食ったら、俺ももうちょっと楽観的な人間になれるんだろうか……。

 能天気に喜ぶ未来少女を置いて列に戻ると、家入先輩はさっそく「ねえねえねえ」と俺に詰め寄ってきた。

 白ブラウス越しに無駄に大きい胸がたゆんと揺れる。どいつもこいつも距離が近い、距離が。


「なになにあの子。わたしの好みどストライクなんだけど」

「ストライクゾーン広すぎません? ていうか早く注文しましょうよ」


 周囲の人達の白い目を感じながら、俺は先輩と一緒にレジ前に立つ。店員さんの「いらっしゃいませ」の声もちょっと引きつっている気がして、心にグサグサきた。


「わたしロイヤルミルクティーのMでー。成田君とあの子は? 奢ったげるよぉ」

「いや、お気持ちだけでいいです。厄介な人に借りは作るなって親の教えなんで」


 先輩を半ば押しのける勢いで、俺は自分のホットコーヒーとアスナのハニーカフェオレの代金を素早く支払う。先輩は特に気にする様子もなく、奥の席で待つアスナにじぃっと目を凝らしている。

 当のアスナは一人でふーっと深呼吸をしてみたり、頭に手をやってゴーグルがないことに気付いてみたり、手のひらに「人」の字を書いて飲み込んでみたりと、いつにもまして挙動不審な動きを繰り返していた。


「いやぁ、アイル・チャンネルのマスコットキャラに欲しい逸材だよねぇ。ねえ成田君、あの子ってコスプレとか興味ないかな?」

「あー……あるんじゃないですか?」


 ホログラフィのバリエーションを見せつけてはしゃいでいたアスナの姿を思い出し、俺は正直に感じたところを口にした。変質者相手でもウソは抵抗があるからな……。


「やっぱりやっぱり? 口説いていい? ていうか口説いちゃう」

「ダメですって」

「えっなんで? 後輩のものは先輩のものじゃん」

「ジャイアンですかアナタ」

「ははぁん、成田君、さてはわたしにあの子を持ってかれるのが嫌なんだな?」

「いや、ちゃんと面倒見てくれるんなら熨斗のしつけて差し上げますけど……」


 貞子VS伽倻子かやこよろしく、災厄に災厄をぶつけてダブル除霊できる可能性に賭けてみたい気持ちがないわけじゃないが。でも、両者の力が合わさって更にとんでもないパンデミックが起きたりしたら責任取れないしなあ……。


「アイツは色々とヤバイんです。関わらないほうが身のためです」

「えー、そんなキケンな子と成田君はなんで一緒にいるの?」

「それには深ぁーい事情がありまして」

「ふぅん。まあキミの事情には興味ないけど」

「ひどっ!」

「キミにっていうか男子全般に興味ないの」


 そう言ってのける彼女が、その道では名を知られた変人コスプレイヤー兼なんちゃらチューバーで、おまけにリアル・ネット問わず好みの女子には秒速で声を掛ける百合系出会い厨であることは公然の秘密である。


「ていうか先輩、一応聞きますけど、口説くって変な配信のお仲間としてって意味ですよね?」

「んー? それはどうかなぁ?」

「どっちにしてもお勧めはできかねますけど」

ジョじゃないんでしょ? じゃあいいじゃん」

ノジョじゃないですけど、一応ホラ、先輩思いの後輩としては、みすみす先輩の日常が破壊されるのを黙って見過ごせないというか……」

「え、先輩思いの後輩ってどこにいるの? その子も紹介してよ」


 と、丁丁発止を繰り返していると、店員さんが「お待たせしました」と飲み物のトレイをカウンターに出してきた。接客スマイルを精一杯取り繕ったようなその表情が本当に心に痛い。

 トレイを受け取り、俺は先輩に釘を刺す。


「じゃあ先輩、話すのはいいですけど、間違ってもアイツの前でSFの話とか振らないでくださいね」

「なんで? 地雷なの?」

「ええ、殺傷力の高い対人地雷がそこかしこに埋設まいせつされてるんで」

「ふぅーん。わかった」


 アスナの待つ席に戻ると、先輩は当たり前のように彼女の真向かいに陣取り、ローテーブル越しに身を乗り出した。


「わたし、家入いえいりアイルっていうんだけど、キミの名前も教えてよ」

「……とーきょーとりつ、せーかいこーこーの明日坂あしたざかアスナと申しますです」


 隣りに座った俺に目一杯身体を寄せ、アスナは露骨な引き顔からの棒読みを披露する。電子頭脳の方がよっぽど流暢りゅうちょうに喋るぞ……。


「よろしくねー。アスナちゃんはスターウォーズとスタートレックだったらどっちが好き?」


 このビッチ、初手から地雷原に踏み込みやがった!


「……ふみゅ? スタートレックって宇宙パトロールのことです?」

「ん? シリーズ第一作のことなら宇宙大作戦じゃないのかな?」

「この時代ではそういうタイトルなんですか?」


 こっちはこっちで秒速でボロ出してるし。あーもう、俺知らねー、どうにでもなーれ。


「なぁに、この時代って。アスナちゃんどこの時代から来たの?」

「ハッ、に、2019年の普通の高校生ですけど、なにか……?」

「高校生なんだー。将来の夢とかあるの?」

「あっ、宇宙ステーション往還ロケットのスチュワーデスさんになりたいです!」


 未来少女が秒で擬態を暴かれた気がしたが、俺の知ったことではなかった。

 ていうか、そんな接客業の王様みたいな仕事が務まるとマジで思ってるのかコイツ。宇宙抜きにしても電波じゃん。


「宇宙ステーション……?」

「あれ、知らないです? この時代にも宇宙ステーションはもうあるってナリタさんが言ってたですよ」

「あぁ、うん、あるねー。つまり宇宙飛行士になりたいの?」

「飛行士じゃなくって、宇宙旅行社のスチュワーデスさんですよう」

「へ、へぇー……なれたらいいね」

「ふふふー。わたし、そのためにもいっぱい勉強して、宇宙観光大学に進学するんですー」

「宇宙観光大学。それって何県にあるの?」

「宇宙観光大学なんだから宇宙にあるに決まってるじゃないですかっ」

「あぁ、うん、そうだね……」


 凄い、あの電波チューバー家入アイルがちょっと戸惑ってる。やっぱり貞子には伽椰子だな……。


「ねえねえ成田君、この子、けっこーな電波ちゃんだね」

「先輩も似たようなものですけどね」

「銀ピカの全身タイツとか着せたら似合いそう」

「それはひょっとしてギャグで言ってるんですか?」


 ひそひそと話し合う俺と先輩の前で、アスナはマイペースに飲み物に口をつけて「美味しいっ」と喜んでいる。まあ、先輩への警戒が解けたわけじゃなくて、単にニワトリブレインなだけだと思うが。


「わかったでしょう? コイツ、先輩と違って演技無しでコレなんですよ」

「わたしも演技なんかしてないよ?」


 見た目だけは清楚な仕草でロイヤルミルクティーを一口味わい、先輩は懲りずにアスナに顔を向けた。


「それでそれで、アスナちゃんって成田君とどういう関係なの?」

「みゅ? ナリタさんの部屋に住まわせてもらってるです!」

「!?」


 さすがにマンガみたいに飲み物を吹き出すような人間はここにはいなかった、が。


「おやおやおや、あれあれあれ、これはしっかり事情を聞かせてもらわないといけませんなぁ、成田後輩」

「俺の事情に興味ないんじゃないんですか……」


 先輩のみならず周囲の人の視線までもが注がれる中、うんざりして顔を背ける俺の姿は、マンガにしたらさぞ映えるんじゃないかと思った。

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