第10話 出会ってはいけないもの同士が出会ってしまった件

「わぁ、ここがナリタさんの大学です? 広いんですねー!」

「いいからお前、大人しくしてろよ。ただでさえ金髪と変な目で目立つんだから」

「はぁい、心得てますですー」

「そういうのだよ、そういうの」


 どこまで心得てるのか分からないアスナのハイテンションぶりをいさめて、俺は大学の敷地内へと歩を進める。

 大学はまだ夏休みだが、研究やサークル活動のために出てきている学生は多く、各建物前の駐輪スペースには多くの自転車や原付バイクが並んでいる。歩道の人通りも決して少なくはなく、いつ知り合いに出くわさないか正直ヒヤヒヤものではあった。


「どうしたんですー? ナリタさん。自分の学校なのにそんなビクビクしちゃって」

「別に。変な未来人と一緒にいるところを知り合いに見られたらやだなあ、なんて思ってねーよ」

「ふみゅ? 素直じゃないですねーナリタさん、わたしみたいなカワイイ未来人を連れ歩けて嬉しいって言えばいいのに」

「その謎のポジティブシンキングはどっから来るんだよ。未来のクスリでもやってんの?」


 むしろ俺も欲しいわ、ポジティブになれるクスリか何か。


「さて、じゃあ俺は図書館で本借りてくるから、お前はそこのカフェで――」

「ふぇっ!?」


 大学図書館の入口に併設されたドトールを指差しながら俺が言いかけると、アスナは黄色い声を裏返らせた。


「えっえっ、中に入らせてくれないですか!? なんで!?」

「いや、だって、部外者はなんか名前とか書かないと入れないし。大体お前、図書館の中で静かにしてられないだろ」

「そんなぁ、ここまで来て見捨てるなんてヒドイですう!」

「声声、声大きいって」

「わたしのことは遊びだったですか!?」

「意味わからず言ってんだろそれ!」


 周囲がざわざわと俺達に注目している。問題のドトールの客や店員さん達もこっちを見ていた。あーもう、これで、あのドトールでコイツを待機させとく作戦は完全にオジャンじゃん……。


「……わかったわかった、わかったから、中で一切クチ開くなよ」

「はむっ」


 唇を内側に巻き込むようにして口を閉ざすアスナ。無駄に可愛い仕草とか思ってしまったら負けだ。


「えーと……」


 図書館の建物に足を踏み入れ、俺はゲート横の筆記スペースへとアスナを引っ張っていく。

 入館ゲートは学生証などのライセンスをかざさないと開かない形式。部外者は入館申請書に記入をしなければならない。といっても、氏名と所属、利用目的だけの簡単なものだが……。


「今更だけどお前、名字とかあるの?」


 俺がヒソヒソ声で尋ねると、アスナはコクンと頷いてボールペンを取り上げた。

 さらさらとペンを動かし、彼女が書き込んだ名前は「明日坂アシタザカ 明日菜アスナ」。いや冗談だろ、何その野比のび太みたいな名前……。


「……ちょっと、お前、第三宇宙高校はやめろって」

(ふぇ?)

「もっと、なんか、普通に実在しそうな学校名にしろよ」

(だってそれウソじゃないですか)

「存在まるごとフィクションみたいなヤツが何気にしてんだよ」


 俺はアスナの手からペンと紙を奪い取り、意外にキレイな字で書かれた「新東京シティ第三宇宙高校」の文字を塗り潰して、自分の出身高校の名前を適当に書き込む。ついでに利用目的の欄は「課題学習」としておいた。まあ、あくまで形式上出すだけのモノだし、何でもいいだろう。

 アスナにはそれを窓口に提出させ、自分は学生証でゲートをくぐる。なんだか密入国の手引きをしているようで少し後ろめたい気持ちがした。


「いいかお前、俺のそばを離れるなよ」

(はいですっ)


 うっかりジャニーズ演じる実写化映画の俺様系イケメンみたいな台詞になってしまったのを反省しつつ、俺は目当ての本を求めて館内を進んだ。アスナはきゅっと口元を引き結んだまま、きょろきょろと楽しそうに辺りを見回しながら俺の後ろを付いてくる。

 刑事司法の専門書は確かこの辺りにあったかな……。めぼしい本はあらかた他の学生が持ち出してるかもな……。

 目的の書棚とにらめっこし、目についた本のページをぱらぱらとめくる俺を、アスナは原始人の火起こしでも見るかのように真剣な目で観察している。いや、あの、流石にお前の世界にも紙の本くらいあったでしょ?


「もーちょっと離れろって。無駄に緊張する」


 俺が口の動きだけでそう言うと、アスナはみゅうっと唇をすぼめて一歩後ずさった。

 刑法の本を物色しながら、俺は頭の片隅で考える。今の俺の状況って、未成年者を監護権者の同意なく自宅に住まわせてるわけで、出るとこ出たら確実に誘拐罪だよな……。

 いや、でも、ワイセツとかの目的がなければただの未成年者誘拐だから、コイツ本人か監護権者の告訴がなければ立件はされないのか……?

 何にしても、なんで俺がそんなキケンな綱渡りをしなきゃいけないんだよ。


「……はぁ」


 無意識に溜息をついて、手にしていた本を棚に戻したとき、アスナが「あっ」と言いたげな顔をした。何だよと彼女に顔を向けた直後、後ろからトントンと別の誰かに肩を叩かれた。


「え?」


 びくっとして振り向くと、そこには見知った顔と甘い香水の匂い。

 オタク好きしそうな黒髪ロングストレートに赤メガネ、およそ学問をする場に似つかわしくない童貞殺し系のフリル付きブラウス×黒のハイウェストスカート。「にこっ」というより「にまっ」と会釈してくる童顔系美人の彼女は、俺と同じ研究室の家入いえいり先輩である。

 下の名前は覚えていない。ていうかの印象が強すぎて本名を知らない。この人は、何というか、どこぞの未来少女とは別ベクトルでヤバイ人なのだ。


「やっほー。こんなところで何してるのぉ」


 ほとんど聞こえないほどの小声で普通に距離を詰めてくる先輩に、俺は普通に後ずさりしつつ同じく小声で答える。


「見ての通り、図書館本来の使い方をしてます」

「そんなカワイイ女の子連れて? キミもなかなかスミに置けないねえ」

「じゃあ真ん中に置いといてください。勉強がありますんで、これで」


 普通にきびすを返して逃げようとしたら、普通にふわりと手首を掴まれた。


「待ってよぉ、こんなオモシロイとこ目撃しちゃったからには逃がさないよー」

「見逃してくださいよ……」


 ちらっとアスナに目をやると、彼女は先輩が俺の手を掴んだことに反応したのか、露骨に警戒した目になって自分の腰のあたりをばっばっと手で叩いている。続いて「あっ、光線銃は置いてきたんだ」という表情を分かりやすく浮かべ、未来少女はさっと両手で銃のマネをしてこちらに突き付けてきた。


「ナリタさんを困らせる人は、わたしが許さないですよっ」


 律儀に俺達と同じ小声で告げるアスナ。いや、お前はお前で俺を困らせてるんだけどね?


「えっ、何この子。かっわいーい」

「えっ、何ですかこの人。普通に怖いですっ」


 メガネ越しの目をらんらんと光らせる先輩と、普通に怯えて普通にずりずり後ずさるアスナ。

 間に挟まれた俺は特大の溜息とともに肩を落とした。出会ってはいけないもの同士が出会ってしまった……。


「ちょっと、そこ! はしゃぐんなら出てってくださいっ!」


 耳に響くのは職員さんのぴしゃりとした声。うん、まあ、当然そうなるよね?

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