第8話 未来少女の攻撃力がぶっちゃけヤバすぎる件
服を買うだけで完全にお昼時になってしまった。引き続き銀ピカタイツの上にエレベーターガールのホログラフィ姿の未来少女は、ルンルンと嬉しそうに歩調を弾ませ、「↑フードコート」の案内表示に沿って俺を先導していく。
アパレルショップの紙袋を片手に提げた俺は、今にも走り出しそうなアスナを牽制するように、わざとゆっくり人の波の中を歩いた。
「ナリタさんナリタさん、何食べさせてくれるです? ビフテキとかー?」
「ステーキなんか食わせるワケないだろ。マクドナルドで十分」
「えっ、いいんですか? そんなゼータクしちゃって。ガラス代とお洋服で火の車じゃないんです?」
「だからマックなんだろ。安くて美味いぞ」
「はぇ? マクドナルドってお高いんじゃないですか?」
「いつの時代だよ」
日本上陸当初のマクドナルドは、家族で出掛ける贅沢な外食って位置付けだったんだっけ?
相変わらず無駄に美少女な顔をきょとんとさせているアスナを追い越して、俺はフードコートへと足を踏み入れる。土日ほどではないにせよ、お昼時のフードコートは老若男女の客でごった返していた。
なるべく目立たなそうな隅っこの席を確保し、椅子に荷物を置いて、俺はアスナに言う。
「テキトーに買ってくるから、絶対席にいろよ」
「アイアイサーです!」
びしっと敬礼の真似事をして答えるアスナ。例によって絶妙に古い言葉のセンスには、もういちいち突っ込むのも面倒臭い。
「……ほんと、何なんだろうな、これ」
チラチラと席を見張りながら一人でマックの列に並び、スマホのクーポンアプリを開きつつ、俺は改めてはぁっと溜息をつく。
カネは何とかしてアイツに稼がせて返させるにしても、たった一日でこんなに振り回されて、果たして俺の心と身体は保つんだろうか……。
なんて思いながら注文の順番を待っていると、前に並んでいる学生らしき男子二人の話し声。
「このラノベ、今度アニメ化するらしいんだけどさ」
「なになに? うわ、JK拾う話とか男の夢じゃん」
「いいよなー。俺のとこにも可愛い女の子転がり込んでこねーかなー」
「ムリムリ、お前だったら秒で逃げられてユーカイ罪で逮捕」
「それな。ただしイケメンに限る、ってな」
けらけらと楽しそうに笑う彼らの会話は、今の俺にはブラックジョークとしか思えなかった。
いや、実際、一人暮らしの部屋に可愛い女の子が住み着くなんて、ラノベとかマンガとかの世界じゃラブコメの王道って感じだし、俺も健全な男子として憧れはするけど。
フィクションはあくまでフィクションだから楽しめるのだという当たり前の事実を、この24時間足らずの内にイヤというほど噛み締めている俺である。
「いらっしゃいませ、こんにちは!」
スマイル0円を振りまいてくるマックのお姉さんに、平穏な日常って幾らですかとボヤきたくなる気持ちを抑えて、俺は適当にクーポンで二人分のセットを注文した。
会計を済ませ、商品を待つ間にフードコート内の手洗い場で念入りに手を洗う。マックの商品提供列に戻ってチラッと席の方を見ると、そこにはアパレルの紙袋だけ残してアスナの姿はない。
「あれっ、アイツ……!?」
「ナリタさんっ」
背後の死角からつんつんと背中をつつかれる感触。わざと怒りの形相を作って振り返ってやると、未来少女は「ひぇっ」と縮み上がった。
「お前、勝手にウロチョロするなって言ってんだろ」
「ウロチョロなんてしてないですよ? ちゃんとナリタさんを目指して来たです」
「おとなしく席にいろって……。目立つんだからさ」
現に、周りの人達の視線は一気にヘンテコエレベーターガールに寄せられていた。さっきのラブコメ談義の二人なんて、露骨に羨ましそうな目をして俺を見てくる始末だ。
いや、違うからな、お前らが思ってるようなやつじゃないからな、これ。
「お待たせしました、404番のお客さまー」
店員さんに呼ばれて俺が受け取った二人分の月見バーガーセットのトレイを、アスナは横からぴょんぴょんと楽しそうに覗き込んでくる。
「わぁい、世界の言葉マクドナルドっ」
「何だよそれ……」
席に戻り、例のリングから出る風で手を消毒して、アスナは「いただきまぁす」と嬉しそうに月見バーガーをぱくつき始めた。
やれやれと深く息を吐いて、俺も自分のバーガーを手に取る。月見バーガーが味わえるのは毎年今頃だけだし、せめて堪能しないとな……。
「ナリタさんっ、これ面白いですよっ、目玉焼きが入ってるです!」
「あー、月見バーガー知らない世界線か。美味いだろ?」
「美味しいですっ。うーん、味なことやるマクドナルドっ!」
「だから何だよそれ!」
昭和人には意味の通じる言葉なのかもしれないが、俺にはサッパリである。
「んー、このシュワッと感が世界の味ですよねー」
アスナは半日ぶり二度目のコーラのストローをくわえつつ、あっ、と思い出したような目をして言ってきた。
「でも、奢ってもらってナンですけど、せっかくならマックシェイクが飲みたかったですー」
「いや、奢ってないからね? お前の借金に加算だからね?」
「みゅう。じゃあそれでいいですからー、マックシェイクないですかー?」
「図々しいヤツだな……。ていうかシェイクは知ってるのかよ」
「えっ、知ってますよ!? 日本上陸当初からの人気メニューじゃないですかっ」
「へぇ。お前もうマックの広告塔になれよ」
「ねーえーナリタさんー、マックシェイクぅー」
「あーもう、わかったわかった、今度は絶対ここ動くなよ」
家に帰るまでずっとシェイクシェイクと言われ続けてもたまらないので、俺は渋々席を立って再びレジに向かうことにした。
まったく、どういう神経してやがるんだコイツ。でも、何だかんだでついつい余計な世話を焼いてしまう俺も、すっかりラブコメ主人公ウイルスか何かに毒されてるのかもしれないな……。
「いらっしゃいませ、こんにちは!」
さっきと同じお姉さんが、まるで俺を初めて見るかのように全く同じ0円スマイルで声をかけてくる。アスナじゃないが、ロボットかと疑いたくなる安定感だった。
「マックシェイクSのバニラを一つ……いや、スミマセン、二つで」
そういえばシェイクなんて小学生の頃に飲んだっきりだし、せっかくなので俺も頂くことにする。
アイツの知るシェイクと今のシェイクって、果たして同じ味なんだろうか……なんて考えながら、ふとアスナの席に目をやると。
「……げっ、マジ?」
いかにもチャラそうな格好をした三人の男達が、ニヤニヤ笑いながら彼女の周りを取り囲むところだった。
『カノジョー、どこ住み? ラインやってる?』
と言ってるかは知らないが、チャラけた声掛けをしているのは遠目にもわかる。当のアスナは「ふみゅ?」みたいな顔をして首をかしげていた。
いやいやいや、アパレルの店員さんといいあの連中といい、声をかけるならもっと他にまともな相手がいるだろ……。いいのかよアイツで、銀ピカタイツの上にエレベーターガールのホログラフィ着てるヤツだぞ。
「マックシェイクお二つお待たせしましたー」
「あ、ハイ」
とりあえずシェイクを両手に受け取り、さて、と俺は一瞬立ち止まって考える。
段々と困り顔に転じていくアスナに、じりじりと距離を詰めていく男達。アスナが俺を探すようにちらりと視線を泳がせてくる。
未来少女の緑の瞳と目が合った。助けを求めているか弱い表情。
「ナリタさぁーん」
その唇がはっきりそう動いた。チャラい男達がチャラい表情を一斉にこちらに向けてくる……。
「……しょーがねーなあ、もう」
フードコートの人混みを縫って、俺はつかつかと一目散にアスナと男達のもとを目指した。
いや、そりゃ、あのチャラ男さん達が俺に代わってずっとアイツの面倒見てくれるっていうんなら、
だったら止めに入らなきゃダメだ。時空管理局か何かがアイツを救出に来た時、俺まで監督不行き届きの責任を被せられちゃたまらない。
「ちょっとちょっと、お兄さん達」
俺が近寄って声を掛けるなり、ナンパ男達はぎろりと俺を睨みつけてきた。……こえーよ。
「あぁ? 何だテメェ」
「
男達の内の二人がたちまち俺ににじり寄ってくる。「ナリタさんっ!」と叫ぶアスナの前には残り一人がしっかり立ち塞がっていた。
あっという間に壁際に追い詰められ、俺は恐怖と緊張にごくりと息を飲む。何このヒト達、不良漫画か何かから出てきたの? こっちは昭和SFから出てきたヤツだけで手一杯なんだけど……。
「……い、いや、
「けど何だよ。
「そーそー。陰キャがしゃしゃって来んじゃねーよ」
「ぐぬ……」
陰キャは事実なので言い返せないが……。いやいや、怯んでる場合じゃないだろ成田恭平。アイツの危なっかしさを知るただ一人の現代人として、ちゃんと止めてやるのがこの男達のためってこともある。
「あのさ、アイツには手出さない方がいいと思うよ。ヘタに触れたら結局そっちが痛い目見るっていうか……」
「あぁ? 脅かしてるつもりかぁ?」
「痛い目見せれるもんなら見せてみろよ!」
男の一人がぐいっと俺の胸倉を掴んできた。えっ、暴力アリなの?
「ま、待て、暴力反対! 俺はアンタ達のことを思ってだな!」
「うるせえ!」
声を発する間もなく普通に殴られた。がつんと貫くような衝撃が
「ぐっ……」
壁を背に崩れかけた俺の身体を、男は胸倉を掴んで持ち上げてくる。
いや、こっちは両手にマックシェイク持ってて抵抗できないのにヒキョーじゃない? いや両手が空いてても多分何もできないけど……。
ちらっと男達の肩越しに視線を巡らせるが、恐らくここは監視カメラの死角。今の不良ってそこまで考えて暴力振るうのかよ。こっわ。こっわ。
「引っ込んでろ、ヒーロー野郎!」
男の二発目が眼前に迫る。クソッ、なんで俺がこんな目に……!
俺が思わず歯を食いしばった、その時。
――チュンッ
男の耳元をかすめ、拳の表面を焦がしたのは、一瞬の火花。
俺の顔のすぐ横で白い壁がじゅうっと煙を上げる。そして――
「下がりなさい悪党っ! ナリタさんをいじめる人は、わたしが許しませんっ!」
即座に振り向いた男達と一緒に、俺はぎょっとして目を見開いた。
今名前を出したら円谷プロに怒られそうなオレンジ色のコスチュームに変わったアスナが、椅子から立ち上がり、何かの銃をこちらに向けてしっかり構えているのだ。
「ひ、ひっ……!?」
手の甲を焦がされた暴力男が、アスナを見て、煙を上げる壁を見て、自分の手を見て、再びアスナを見る。
「ウ、ウワァーッ!」
どんっと俺を突き放し、男は一目散に逃げ出す。一緒に俺ににじり寄っていた男も、アスナの側にいた男も、泡を食ったように仲間を追って逃げ出してしまった。
周囲の人達の視線が一斉に集まる中、アスナのオレンジ色の隊員服がしゅんっと光を放って消滅し、元の銀ピカタイツに戻る。
「あっ、ホログラフィのバッテリーが――」
「お前っ、このバカっ!」
俺はすかさず彼女の手とアパレルの袋を引き掴み、人目から逃げるように走り出した。ひゃっと声を上げながら付いてくるアスナの手には、いかにも未来未来したデザインの光線銃がまだ握られている。
「つーか、何だよその銃!」
「ホログラフィの下にずっと吊ってましたよ!? どんなキケンがあるか分からない世界で丸腰で出歩くワケないじゃないですかっ!」
「お前が一番キケンなんだよ!」
「正当防衛ですよ?」
「過剰防衛だわ!」
何だ何だと振り返る人達の合間を縫って俺はモール内を駆け抜け、運良く空いていた多目的トイレへとアスナを引っ張り込んだ。
急いで引き戸を閉めて施錠し、やっとの思いで息をつく。トイレを使いたい車椅子の人がいたらゴメンナサイである。
「ふーっ……。お前、人前でアレはヤバすぎだっての」
声を抑えて俺が言うと、アスナは「でもでも」と切羽詰まった目で訴えてきた。
「わたしが助けなきゃ、ナリタさんあのまま殴られてたじゃないですかっ」
「だからって光線銃撃つバカがあるかよ」
「正確には荷電粒子ビームガンです」
「だーからー、人前で荷電粒子ビームガンなんか撃つなって言ってんの!」
思わず声を荒げた俺に、銀ピカタイツのアスナがびくぅっと震えて後ずさる。
「おまけにホログラフィのバッテリー切らしちまうし。大長編のタケコプターかって」
「みゅう。……ゴメンナサイです」
しゅんとした目で謝ってくるアスナ。ああもう、そうやって瞳をうるうるさせられると、こっちも強く言えなくなるだろうが……。
「……いいからもう、お前、これに着替えろよ。その格好じゃ人前出れねーだろ」
俺がアパレルの袋を差し出すと、アスナは「はぁい」と大人しく答えた。
「……ナリタさん」
「なに」
「見たらダメですよ?」
「見ない見ない。ていうか、こうしてる間にもトイレ使いたい人がいるかもしれないんだから早くしろ」
はぁっと何度目かの溜息をついて、俺はきびすを返す。トイレの引き戸が嘆きの壁に見えた。
アスナはすぐ後ろで着替えを始めたらしい。ばさっと銀ピカタイツが床に落ちる音が、妙に生々しく俺の耳に響く。
「……ふみゅ、この服どっちが前? こっち?」
「独り言なのか俺に聞いてるのかハッキリしろ」
「独り言ですっ」
んしょ、んしょ、とあざとい声を出しながら服を着替えている未来JK。衣擦れと息遣いに欲情なんてしようものなら、ラブコメスイッチ入って一巻の終わりであるからして、俺は頭の中で日本国憲法の条文を唱えながらひたすら心を無にしようと努めていた。
「……おっけー、お着替え終わりましたっ!」
「スカート履いたな?」
「履きましたよぅ」
「胸元に変な穴とか空いてない?」
「なんですかそれっ」
「……じゃあ振り返るからな」
振り向いた俺の視線の先には、試着室で見たのと同じ、白ニットにラベンダー色のミニスカート姿の美少女が、えへっと恥ずかしそうにはにかんで立っていた。
一瞬ドキッと持っていかれそうになる意識を条文の海に沈め、ふーっと深く息を吐いて、俺は言う。
「よし、急いで出るぞ」
「あっ、待ってっ」
トイレの扉を解錠しようとした俺の手を、アスナがそっと掴んできた。その手には、例の変なリングが引き続き装着されている。
「……ナリタさん、ケガしてるですから」
すいっと彼女の手が俺の頬に伸びてきたかと思うと、白い指がそっと頬を
いきなりのことに俺が呼吸を忘れていると、なぜか楽しそうに笑ってアスナが言う。
「ナリタさん、バンソーコーって持ってます?」
「へ?」
「バンソーコーですよ、バンソーコー。昔のマンガでケガした子供がよく貼ってるやつです」
「……いや、普通に21世紀でも現役だけどな」
促されるがまま、俺がショルダーポーチから絆創膏を引っ張り出すと、アスナはふふっと微笑んで。
「わたしの時代だと、小さなケガなんか医療カプセルですぐ治っちゃうから……こういう手当てって、したことなくて」
アスナの白く細い指が、俺の頬にぺたりと絆創膏を貼り付ける。動けずにいる俺の目線の先、互いの息がかかるような至近距離に、嬉しそうな美少女の顔がある。
「過去に来たら憧れてたこと、その1なんです」
気恥ずかしそうに言って、未来少女は生意気にもぱちりとウインクしてきた。
「……だから、やめろって、そういうの」
思うようにキレのあるツッコミが出ない。俺は自分の頬に貼られた絆創膏を指で
「ラブコメ時空に引きずり込まれたら大変だろ……」
「……みゅ? 何です、ラブコメって」
「いーんだよ、この時代に長居しないヤツは知らなくて」
はぁっと呼吸を整えて、俺はやっと扉に手をかける。
「こそっと出るぞ、こそっと。……あれ、お前、靴は?」
アスナの足元が裸足だったことに初めて気付いて問うと、アスナは「ダメです?」と首をかしげた。
「上が生命防護スーツじゃないのに、下だけ銀のブーツってヘンだと思って」
「……はぁ!? お前さっきまで自分の格好がヘンじゃないと思ってたの!?」
「えっ!? な、なんでわたし怒られてるですか!?」
「いや、さっきまで銀ピカタイツの上にエレベーターガール重ね着してただろ!」
「あれはホログラフィじゃないですかっ」
「なんで実物の服で同じことやったらヘンなの!? わからん、未来人の感覚わからん!」
「みゅう、じゃあ早くこの時代の靴買ってくださいっ!」
「買うから買うから。お前の借金に追加だからな」
「ふみゅ。稼げるまでずっと部屋に置いてくれるです?」
「できれば自分の時代に帰ってから稼いで返しに来い」
「ふみゃっ……」
何気にリアクションのバリエーションを増やしてきた未来少女が渋々ブーツを履こうとするので、俺は慌てて目を背ける。
今度はこのミニスカ娘を連れて靴屋さんというクエストを消化しないといけないのか……。
「……ぶっちゃけヤバすぎるだろ、これ」
はぁっと嘆きの壁にもたれかかる俺の心が、それでもさっきより少しは軽くなった気がしたのは、頬に貼られた絆創膏と無関係ではないのかもしれなかった。
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