第7話 未来少女とアパレル店員さんの会話が宇宙語にしか思えない件
きゃあきゃあとうるさい自称未来人を連れて、地下鉄に揺られること10分余り。俺が足を向けたのは、某駅直結の大型ショッピングモールだった。
「わぁ、すっごい大勢の人! 月面ステーションのアームストロング・ストリートみたいですねっ!」
真っ赤なエレベーターガールのホログラフィを纏ったアスナが、モールを行き交う人々を目にしてテンション高く言い募ってくる。俺は「声量を下げろ」とジェスチャーしつつ、人目を気にしながら彼女の隣を歩く。
「あいにく月面ステーションとやらに行ったことがないから、相槌の打ちようがないんだがな」
「わたしだって行ったことないですよ? 宇宙旅行社のコマーシャルで見ただけです」
「ふーん。宇宙旅行ねえ……」
今時のSFだと、地上と宇宙空間をカーボンナノチューブで繋いだ軌道エレベーターなんてものが出てきたりするが、多分コイツの世界の宇宙旅行って一回一回ロケットを打ち上げて行くんだろうな。
「見て見てナリタさんっ、みんな昔の映画に出てくるみたいな格好してますっ」
「指差すな指差すな。そりゃまあ、銀ピカタイツは居ないわな」
どうやらこの未来少女の目には、現代人の普通の服装は大昔の遺物か何かに見えるらしい。
そんなコイツを俺の部屋に……というかこの時代に住まわせるにあたり、真っ先に解決すべきものの一つが服装問題だった。
いくら挙動不審な未来人だからって、生きて喋る人間をペットみたいに室内に閉じ込めておくのは可哀想だし。さりとて銀ピカタイツのままで出歩かせる訳にもいかないし、ホログラフィとやらのバリエーションは見ての通りだし。さっさと間に合わせの服の一着でも買ってやらないと、「服を買いに行く服がない」なんてネットジョークを完全に笑えない状況だからな……。
なんて考えながらアスナを連れてモール内を歩いていると、アパレルショップのお姉さんの明るい声。
「いらっしゃい
にこやかに微笑みかけてくる店員さんに、アスナが頭上に豆電球でも浮かべたような顔で「わぁ!」と反応する。
「この時代だと『いらっしゃいませ』のイントネーションも違うんですね!」
「この時代……?」
笑顔を貼り付けたままキョトンと首をかしげる店員さん。俺は慌ててアスナの手を引こうとしたが、店員さんは微塵も怯むことなく、矢継ぎ早にタイムセールの宣伝文句を並べ立てて俺達を店内へ招き入れてくる。
「わぁっ、ナリタさん、タイムセールですって! 見てきましょ見てきましょー」
「はぁ、まぁ……」
一度目が合ってしまった店員さんを振り切れるほど俺も心が強くないし、どの道どこかの店には入らないといけないんだし。
それにしても、よくこんな関わっちゃいけない人オーラ全開のヘンテコエレベーターガールを客引きする気になるな……と店員さんの商魂に感心しながら、俺はやむなくアスナの後について店内に足を踏み入れた。
「お客様の今お召しの服もとっても可愛いですねー。お仕事先の制服とかですかぁ?」
「ふふー、エレベーターガールの服ですっ!」
「エレベーター……ガール……?」
あーあ、俺と同じ平成生まれであろう店員さんが困ってるよ。困った色を顔に出さないのが流石接客のプロだけどな。
「スミマセン、見ての通りちょっと変なヤツでして」
黙って見ている訳にもいかず、アスナの横から俺は小さく頭を下げるが、店員さんはニコニコと笑ったまま「いえいえ、ステキな彼女さんですねぇ」とか何とか返してきた。
「彼女ぉ!? コイツが!? とんでもないとんでもない!」
「あら、彼女さんじゃないんですか」
「犬っコロみたいな
「はーい、2009年の未来から来た居候でーすっ」
「バカっお前っ!」
ぴょこんと挙げたアスナの手を俺が思わず引き掴むと、店員さんはクスリと笑った。
あぁ、絶対、仲良しな二人を温かく見守る目だよ、あれ……。俺って今、エレベーターガールのコスプレで服屋に来る電波ガールの彼氏か何かだと思われてるの?
「違う違う、違うんだっ」
一人でぶるぶると首を振る俺をよそに、我が家の電波ガールは店員さんの案内で「わー」とか言いながら店内を回り始めてるし。
くそっ、女子の買い物に付き合うなんて男には何一つ楽しくないって、一部のリア充が言ってたのはどうやら本当らしいな……。オシャレなリア充連中からしてそうなんだから、俺みたいな非モテがこんなところに来たら疎外感マシマシなのは当たり前だった。
「お客様カワイイから、どんな色でも合うと思うんですけどぉー、お求めのお
「ふみゅ? わたし、これぞ2019年!ってお洋服がいいですっ」
「それでしたら、この秋冬のトレンドはぁー、ベイクドカラーって言われる、ちょっとくすみめの色合いのぉー……」
店員さんはベイクドイエローのニットワンピやらいうものをアスナに勧めている。俺にはほとんど宇宙語にしか聞こえないが、接客スマイルと電波スマイルが謎に噛み合って会話が成立しているからびっくりだった。
でも、とりあえず、店員さんが冬に向けての服を売ろうとしているのはオシャレ門外漢の俺にだって分かる。悪いけど、そうじゃなくて今欲しいのは今すぐ着れる服なんだ。
「スイマセン、今日はこう、今のシーズン用の服が欲しいっていうか」
「あっ、そうなんですね、かしこまりましたぁ」
店員さんは俺の口出しに嫌な顔一つせず、「じゃあ、こちらのー」とアスナを案内していく。いや本当、プロって凄いなあ……。
「今年の春夏のトレンドはぁ、パステルカラーをもうちょっと淡くした、ペールトーンっていうのが人気だったんですけどぉー……」
「はいはーい、ミニスカートがいいです、わたしっ」
「ミニですかぁ? 店頭に残ってるものだとぉ、こちらの……」
トレンドカラーの説明ガン無視でミニスカートなんてリクエストしてやがる。いやいや待て待て、あまり過激な格好なんかされたら俺の身が保たないぞ。
「ちょっとちょっと、お前お前」
「なんです? ナリタさんっ。わたしのモーレツぅーな格好想像してコーフンしてるですか?」
「いや、そう思うならなんで喜んでんだよ。いつものお前なら『コワイですー、スカートなんてとても
いつものも何も、コイツが俺の前に現れてからまだ24時間も経っていないが……。
すると、アスナは目をキラキラさせて、「だってだって!」と俺の前で無駄に可愛く拳を作って力説してきた。
「せっかく生命防護スーツの要らない時代に来たんですよ!? わたしも脚出してオシャレしてみたいです!」
「まずその全身タイツが必要な時代って何なんだよ」
「ねーえー、いいでしょーナリタさんー、わたしもキャンディーズみたいな格好してみたいんですー」
上目遣いに俺を見て身体をくねらせるアスナ。あぁ、コイツが普通の女の子だったらなぁ……。
店員さんも空気を読んだもので、ニコニコと営業スマイルを絶やさないまま、淡めのラベンダー色のミニスカートをどこからか持ってきてアスナに差し出してくる。
「こちら、フロントボタンがちょっと大人な感じのデザインでー。今年よく出てるんですよぉー」
「わぁっ、カワイイですねっ!」
アスナは頭の上に両手をやろうとして、ハッと何かに気付いたようになって手を下ろしていた。コイツ、ゴーグル型カメラをウチに置いてきたのを一瞬忘れてたな……?
俺は横から店員さんの説明に聞き耳を立てる。彼女がアスナの前で広げてみせるスカートは、ピーチスキンとかいう、その名の通り桃の皮の表面みたいな風合いの生地で出来ていて、形としてはフレアスカートといって三角に広がったシルエットのようだった。うーん、ファッション用語はヘンテコ未来用語以上に分からん……。
だけどそのスカート、
「こういう白のトップスなんかと合わせて頂くとぉー、お客様の髪色や肌色にもハマると思いますー」
「とっぷす?」
店員さんは白いニット生地の上着も一緒に携えてきていた。ああ、うん、トップスね? 俺はコイツと違って現代を生きる若者だからちゃんと知ってるよ?
「ご試着してみますかぁー?」
ちらっと俺にも視線を巡らせ、店員さんが言う。アスナは間髪入れず「するです!」と即答していた。あぁもう、試着までしちゃったら買わなきゃ帰れないやつじゃん……。
ニコニコ顔の店員さんにいざなわれ、アスナは今にもスキップしそうな勢いで試着室へと向かっていく。
「ナリタさんっ」
「何?」
「お着替え中に覗いちゃダメですよ?」
「覗かねえよ!」
店員さんがくすっと吹き出すのが地味に俺の心に刺さる。違うんだよ、仲良いカップルの
しかも、ひとりカーテンの外に残されてしょぼくれている俺に、店員さんは目の前の服を広げたり畳んだりしながら悪気ゼロの営業スマイルで追い打ちを掛けてきた。
「彼女さんとはよくお買い物されるんですかー?」
「だから彼女じゃないんですって。……いや、今日が初めてですよ」
「そうなんですねー。でも一緒に暮らしてるんですよね?」
「アイツが勝手に上がり込んできただけです。おかげでこっちは大迷惑ですよ」
「そんなぁ。カワイイじゃないですか、彼氏さんに可愛いところ見せたがってて」
「はぁ?」
何をどうしたらアレがそう見えるんだよ。え、何、このお姉さんも何か別の常識の世界線からの来訪者なの?
「……だから、彼氏じゃ」
ないですって、と俺が続けようとしたところで、しゃっとカーテンが開け放たれた。
「じゃじゃーん! どうですかっ、ナリタさんっ!」
試着ルームから裸足でとんっと飛び出して、ばーんと得意げに腕を広げたのは、白ニットの長袖トップスに淡いラベンダーのフレアミニスカートを纏った美少女だった。金髪のボブヘアーをさらっと揺らし、エメラルドグリーンの瞳と
いや、まあ、分かってはいたんだよ、分かってはいたとも。だって、銀ピカタイツの美少女から銀ピカタイツを引いたら、そりゃ美少女しか残らないわけで……。
「お客様、お似合いですぅー」
店員さんは誰が何を着てもそう言うんだろうけど、それを抜きにしても、無駄に可愛い女子が普通に可愛い服を着ていることの破壊力は半端なかった。
「おやおやぁ? ナリタさん、ひょっとしてわたしに
「やかましい。黙って『みゅう』とか言ってろ」
「みゅう」
前面に飾りボタンの並んだミニスカートはやっぱり相当に丈が短くて、太ももがほとんど半分くらい
太すぎず細すぎない白い脚。銀ピカブーツを脱いで裸足なのも、なんだか絶妙にエr……いやいやいや、踏みとどまれ
「あの、あんまり脚ばっかり見られると恥ずかしいですよ?」
「見てねえし!」
ぶんぶん手を振る俺の前で、アスナは元々赤い頬をさらに赤くし、生脚を隠すように上体をかがめる。あぁ、そんなことすると、今度は白ニット越しの胸のラインが無駄に強調されて……。
「ダメだ、ダメダメ! こんなエロい服はダメっ!」
「えっ!? エロくないですよ!」
「エロくないですよ!?」
アスナと店員さんが声をハモらせた。お店への失礼に気付いて口元を覆いつつ、いやいや、と俺は言葉を続ける。
「やっぱ、スカートは色々と危なっかしくて良くないし。
「ひぃっ!? 下着姿で出歩けって言うですかっ!?」
「
そういやコイツの
「やーだー、絶対スカートがいいですぅー。過去に来たら憧れてたこと、その2なんですぅー!」
「その1は何だよ、その1は」
「ちなみに、その3は自動調理装置抜きでご飯を作ることですっ!」
「だからその1は!?」
くすくす笑いながら見ている店員さんの生暖かな目が痛い。
結局、ここまで賑やかしておいて買わないなんて選択肢があるはずもなく、俺は渋々、親に言われて作った学生向けクレジットカードを切る羽目になったのだった。
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