第6話 未来少女と外出するけど変装のバリエーションがおかしすぎる件

「ナリタさぁん、ちょっと、ペース早いですぅ。もっとゆっくり歩いてくださぁーい」

「えぇ……」


 大学生の一人暮らしには不釣り合いなタワーマンション(ただし窓は絶賛ロスト中)を出て、地下鉄の駅へ歩き始めて僅か数分。

 周囲の目を気にしながら雑踏を行くさなか、アスナにへにゃっとした声で呼び止められ、俺はやむなく足を止めて振り返った。


「十分ゆっくり歩いてんだけど。未来人って身体も弱いのか?」

「だって、アスファルトの地面が結構足にクルんですぅ。どこまで行ったらオートウォーク乗れるですか?」

「動く歩道が恋しけりゃ空港行け。ホラ行くぞ」

「みゅう。2019年にもなって移動手段が徒歩なんて……」


 少しばかり歩調を緩めて歩き出した俺に、露骨に唇をとがらせて付いてくるアスナ。

 今の彼女の姿はギンギラギンの全身タイツではない。いや、それを着ていることは変わりないが、その上に三次元ホログラフィとやらいう謎技術で昭和の古臭いセーラー服が投影されているのだ。

 コギャルもヤマンバも知らなかった時代の、古式ゆかしい長袖の紺セーラー。長丈のプリーツスカートの下には、銀ピカタイツと銀ピカブーツの足元が見えているというチグハグぶりである。


「ねぇねぇナリタさん、ジェントルマンはか弱いレディを歩かせたりしないって知ってます?」

「あいにくレディが見当たらないんでな。もうすぐ地下鉄乗れるからガマンしろ」

「やっぱりシルバートゥモロー号で出かけるべきでしたねぇ。通常空間内の飛行機能だけならきっとまだ……」

「ああ。それでどこかのマンションに突っ込んでそこの住人に可愛がってもらえ」

「ふぇっ、わたしがヤバンな現地人に捕まってボロボロにされてもいいっていうんですかっ!?」

「お前さあ、自ら望んで過去にトラベルしといてその現地ディスは何なの?」


 と、呑気に突っ込んでいる場合でもなさそうだった。この自称未来少女が黄色い声を張り上げたせいで、道行く人々が何だ何だと振り返っては怪訝けげんな目で俺達を見てくる。ただでさえ変なセーラー服が目立つのに……。


「あーもう、お前ちょっとこっち」


 くいっと指で合図して、俺は路地裏にアスナを連れ込む。「無抵抗の女の子を路地裏に連れ込んで何するです!?」とか何とかほざきながら、アスナは一応素直に付いてきた。


「わ、わたしっ、いよいよ、オオカミと化したナリタさんに……!?」

「仮に何かするなら部屋にいる内にやってるわ。じゃなくて、お前、やっぱりそれ別の服に変えろって」

「ふぇ? だって学校の制服なら一番目立たないって言ったじゃないですかっ」

「色んな意味で目立ってんの!」


 びしっとセーラー服を指差す俺に、アスナは律儀にびくぅと震えて後ずさる。


「いや、俺もうっかりしてたんだけどさ……。高校生が昼間っから街中にいたらその時点で怪しいんだって」

「そうなんです? まあ、学校サボっちゃってることになりますもんね」


 よくよく考えてみれば、大学は9月末まで夏休みだが、高校はとっくに新学期が始まっているのだ。仮に休みだとしても、制服で男と出歩いてるのはおかしいし。


「お前がサボりだと思われるだけならいいけど、ほら、色々あるじゃん、エンコーとか」

「? シルバートゥモロー号の話です?」

「……? ……いや、エンジン故障略してエンコじゃねーよ。平成生まれの知らない言葉混ぜてくるな」


 この昭和人め。カーマニアの親父が言ってるのをたまたま聞いたことなかったら通じなかったぞ。


「他にも服装のバリエーションあるんだろ? 女子高生の格好以外にしろって」

「ふみゅ、あんまりホログラフィを切り替えたらバッテリーが心配なんですけどね……」

「大長編のタケコプターかよ」


 無駄に美少女な顔を無駄に渋々といった感じにゆがめて、アスナは手首のリングのボタンをぱちっと操作した。しゅいん、と音を立ててセーラー服のホログラフィが消え、銀ピカタイツの上に新たな服装が現れる。

 青緑色と白のツートンカラーの、ボディコン系のミニ丈ワンピース。頭には、つばのない小さい帽子。


「ちょっと恥ずかしいですけど……」


 無駄にほおを赤くして無駄に身体をもじもじさせるアスナに、俺は「何その格好」と「生脚出てないのに何が恥ずかしいんだよ」のどちらの突っ込みを優先するか迷った。


「お前、何その……何?」

「えぇ、知らないですか? 人類の進歩と調和の祭典、大阪万博のコンパニオンの衣装ですよっ」

「あー……。クレしんの映画でしか知らないわ……。うん、とりあえず目立ちすぎるから却下」

「ふぇっ。じゃ、じゃあこれっ!」


 アスナが再度ボタンを押すと、銀ピカの全身タイツの上に……また別の全身スーツが現れた。

 例によって胸元のラインが強調された、全身グレーの妙に既視感のある衣装。頭には赤と白のヘルメット、腰のベルトにはご丁寧に光線銃か何かのホルスターまで吊っている。


「ウルトラ警備隊、アンヌ隊員仕様ですっ!」

「うん、だからね? コスプレ大会してるんじゃないからね?」

「コスプレって何です?」

「人前で目立たない服にしろって言ってんの!」

「ふぇっ。あ、あとはこれくらいしか……」


 しゅいんと音を立てて、三たびアスナの装いが変わる。

 落ち着いた赤のレディススーツに、純白のスカーフ、丸いつばの付いたフェルト帽。元の銀ピカ手袋の上に白手袋をしたアスナが、ぱっと何かを指し示すように肩のあたりに手を挙げた。


「上に参りまぁす」

「何これ」

「えぇっ、通じないです? エレベーターガールですよ!」

「あー……あーあー。なんか昔のデパートに居たんだっけ……。ちなみに他には何があんの」

「あとはー、科学特捜隊のフジ隊員仕様ですねっ。以上五種類です!」

「なんで五つある内の二つがウルトラシリーズのコスプレなんだよ」

「どうですー? このエレガの制服、わたし的には可愛くて自然でいいと思いますけどっ」


 エレベーターガールのホログラフィを俺に見せびらかすように、くるっとその場でターンしてみせるアスナ。

 相変わらず全てのセンスが究極的に昭和だが、まあ、セーラー服とコンパニオンとウルトラ警備隊に比べればまだマシか……? ひとまず、変なコスプレには見えても、いかがわしいお付き合いをしている高校生には見えないだろうし……。


「……いいや、もう、それで。今だけだし」

「やったぁ!」


 ぴょんっとはしゃぐアスナを連れて、俺は人目を気にしながら路地を出る。セーラー服とは別の方向性で目立つエレベーターガールだったが、職質されるよりは変人と思われる方がマシだ。


「はぁ……」


 深く溜息をついて、俺はアスナをメトロの駅の入口へといざなう。シアワセガゲマスヨとか何とか突っ込んでくれる電子頭脳も今はいない。


「ナリタさん」

「何だよ」

「溜息ついてたら幸せが逃げますよ?」

「……ああ、割れた窓から漏れ出てっちまったよ!」


 チラチラとこちらを見てくる人達から顔をそむけ、地下鉄の駅構内へ続くエスカレーターに乗る。アスナはやっと知っているものを見たという目になって、「わぁっ」と声を弾ませながら俺の後ろに乗った。


「初めてここが2019年の東京だと思えましたよっ」

「スマホやネットのことももうちょっとご評価頂けるとありがたいがな」

「ちなみにちなみに、今から乗る地下鉄って蒸気機関車とかじゃないですよね?」

「そうそう、実はそうなんだよ。顔じゅうススだらけになるから覚悟しとけよ」

「ふみゅっ。ど、どうしよ、やっぱりゴーグル持ってくるべきでしたっ」


 時代錯誤のエレベーターガールさんが両手で顔を押さえてふるふる震えているのを見て、俺は少しだけ溜飲りゅういんの下がる気持ちがした。

 部屋をメチャクチャにされた上に出費まで強いられるのだから、たまに今みたいな冗談でコイツをからかうくらいはさせてもらわないと割に合わないだろう……。


「切符買ってくるから、動くなよ」

「はぁい」


 アスナが勝手にヘンなことをしないか横目に監視しながら、俺はひとり券売機の前に立つ。「2019年にもなって切符ですか!?」とか言ってこないところを見ると、コイツの居た世界にはIC乗車券という概念はないらしい。


「ほら、切符。お前の借金、これで42万4380円な」


 先ほど部屋に来てくれたガラス屋さんの見積もりに、今の切符代を加えた金額を俺は告げる。未来少女は「ふぇぇ……ありがとうございます」と申し訳程度に申し訳なさそうな顔をして、切符を受け取り、キョロキョロと改札の方を見渡した。


「あのロボットさんに渡せばいいですか?」

「あれ駅員さんだから。そんでもって自動改札だから」

「自動改札……?」


 キョトンとしているアスナに切符の通し方を教えてやり、俺は自分のICカードをタッチして改札を抜ける。アスナはそれを見てスゴイスゴイとはしゃいでいた。

 昔の人の思い描いた未来って、人型ロボットはやたら普及してるのに人型の機械に関する発想が乏しいのは何なんだろうな。


「わぁい、機関車機関車っ。わたし、SLって見るの初めてだから楽しみです!」

「あの、一応言っとくけどウソだからな?」

「えぇぇっ!? 何でそんなイジワルなウソつくですかっ!?」


 アスナの大声に、周囲の人達の注目が集まる。

 やれやれと頭を押さえながら、俺は引き続きホームへのエスカレーターへと彼女をエスコートした。外出はまだ始まったばかり……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る