第5話 夢遊病未来少女が朝からやっぱり騒がしい件
なんだか浮ついた夢を見た。学園一の美少女が……俺は学園なんて名の付く学校に通ったことはないが……どういうわけか俺の家に上がり込んで一緒に暮らすことになるのだ。
夢の中の俺はどうやらまだ高校生らしく、家に住み着く同級生の彼女もまた可愛らしいセーラー服姿で。優等生らしくおしとやかなのに、それでいて妙にガードが甘くて、適度な短さのプリーツスカートから白い太ももの奥がチラチラ見えちゃってたりして。
まあ冷静に考えたらなんで俺は高校生の内から一人暮らししてるんだとか、どんな理由があろうと男子の家に住み着く女子高生なんかいねーよとか、夢ならではの突っ込みどころは満載なのだけど。そこはそれ、今時のラブコメにありがちな謎理屈で何となーく辻褄が合ってたりして、とにかく俺はおしとやかで可愛らしくてサラサラの黒髪ロングヘアーでおしとやかでちょっとエロくておしとやかなその子となんかちょっとイイ感じになっちゃってたりして、ホラー映画を見て怖くなった夜なんか一緒に一つのベッドで寝ちゃったりして……。
【ぴぴぴぴぴ】
……そんな心地よい俺の
【ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ】
「……うるせえよ」
【ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ】
「だから、うるせえって!」
がばっと飛び起きた俺の手が空を切る。自分が寝室ではなくリビングのソファーベッドに寝ていたことを認識した瞬間、ふにゃっと横から声がした。
恐る恐る視線を下ろした先には銀ピカの光沢。うるさく鳴り続けるアラームをものともせず、全身タイツの未来少女が俺のすぐ隣で眠りこけている――
「どぅわぁぁぁっ!」
思わず身を引いた俺はソファーベッドから転がり落ち、哀れフローリングの床に身体を打ち付けた。
ぴぴぴぴぴ……としつこく鳴り続ける電子音の中、未来少女アスナが「ふみゃぁ」とかムカつく声を出しながらマイペースに身を起こす。うぅんとマイペースに伸びをして、きょろっとマイペースに周囲を見渡した彼女は、床に転がる俺と目が合った途端にたちまち黄色い声を張り上げた。
「ひゃあぁぁぁっ!? な、ななな、なんで居るですかっ!」
「こっちの台詞だって! お前寝室で寝てたはずだろ!?」
上体を起こして俺はリビングの扉を指差す。廊下へと繋がる扉は半開きになっていた。
無駄に美少女な顔を引きつらせたまま、アスナが扉を見て、俺を見て、もう一度扉を見る。彼女が「はて?」と首を傾げたところで、リビングの動かぬ住人と化した銀色の車から声がした。
『アスナサン、ソノヤカマシイアラームヲ
「お前が言うのかよ」
真顔で突っ込む俺と、「あぁっ」と今気付いたようなそぶりで手首のリングのボタンを押すアスナ。
ようやく部屋には静寂が戻り、段ボールで塞いだだけの窓から吹き込むビル風がひゅうっと俺の鼓膜を叩いた。
何度見てもやっぱり窓は割れてるし、目の前にはおしとやかとは程遠いお騒がせ女子高生(ただし未来の)がいるし。どうやら、昨日起きたことは全て現実らしい……。
「あぁ、こっちが夢だったらよかったのになぁ……」
「? 何のお話です?」
「未来人には関係ねーよ。はぁ」
『
「うるせえ、機械にも関係ねーよ!」
俺が振り向いて叫ぶと、車の代わりにアスナがびくっと縮み上がった。
「……てか何、今のアラーム。目覚ましか?」
彼女の手元を指差して俺は尋ねる。アスナは銀ピカ手袋の指で目元をこすり、ふふんと何故か得意げに胸を張った。だから、ボディラインがくっきり出てる格好でそんなポーズするな、健全な男子の目に毒だろ。
「念のため警戒モードにしておいたですっ。不審者の不審な動きを検知したら音が鳴るです」
「そんなことだとは思ったけど、どっちかって言うとお前が不審者だからな?」
「ふぇっ。だって女の子としては、男の人と一つ屋根の下なんてやっぱりコワイじゃないですかっ」
「一度たりともこの屋根の下に居てくれってお願いしてないんだがな」
ていうか、百歩譲って警戒モードはいいとして、アラームが鳴ってもお前が起きないんじゃ意味ないだろ。
「みゅう。でも、わたし、なんでここで寝てたんでしょう」
「俺が知るかよ……」
流石に女子をちゃんとしたベッドで寝かせないのは忍びないので、昨夜の俺は「カプセルベッドじゃないんですか?」とかぐや姫ばりの注文を付けるコイツに寝室を明け渡し、自分はこのソファーベッドで眠りに就いたはずだ。それなのに何故、コイツがここに……。
「ハッ、まさかナリタさん、眠ってるわたしをここに運んでハレンチなことを……!?」
「世界が核の炎に包まれてもしねーけど、仮にするなら寝室でするわ」
「ひぇっ、やっぱり
「人を昭和初期の田舎の村みたいに言うな」
アスナが自分の肩を抱いてふるふると震えているところへ、車の電子頭脳が言う。
『アスナサンハ
「えっ。ほんと、コンピューター?」
『
無機質な声が心なしか胸を張ったように聞こえた。初めてちゃんと機械が機械らしく役に立った気がする。
「はぁ。つまりお前、夢遊病なの?」
「えぇっ、そんなこと……あっ、でも、カプセルの中でゴンって腕ぶつけちゃうことがよくあったです」
腕を振る真似をしてから、アスナは積年の疑問が氷解したとでも言いたそうな顔で勝手に頷いている。どうやら、物心ついた頃からそのカプセルとやらの中でしか眠ったことがなかったせいで、自分に夢遊病癖があることに気付かずいたらしい……。
「えっえっ、でも、じゃあわたし、これからも寝てる間に勝手に出歩いちゃうですか!?」
「ベッドに縛り付けといてやろうか」
「ふぇぇえっ! 発想がヤバンです、ヒワイです、コワイですっ!」
「……まあ、うん、今のは確かに」
ソファーベッドの端ギリギリまで後ずさって身を縮こまらせているアスナに、俺はやれやれと溜息をついて肩を落とした。
『ナリタサン、
「まず逃げるほどの幸せが手元にない件な」
かつて窓だった場所を振り仰いで俺は言う。そういえば、午前10時にはガラス屋さんが見積もりに来てくれることになってたな……。
時計を見ると8時過ぎだった。大学は今月末まで夏休みだが、とりあえず今日はコイツを
昨日も本当は夜までレポートと格闘するつもりだったのに、コイツのせいで一行たりとも進められなかったしな……。
「……とりあえず、朝飯にするけど」
「えっ、昔の人って一日二食じゃないんですか?」
「だからお前はここを西暦何年だと思ってるんだよ」
泡まみれ災害から復興の一歩を踏み出しつつある脱衣所で顔を洗い、俺がキッチンへ戻ると、何やらニマニマと笑いながらアスナが付いてきた。
「ふふふー、ナリタさん」
「何だよ」
「お世話になるお礼に、わたしが朝ご飯作ってあげましょうか?」
にゅっと上体を突き出した上目遣いに金髪ボブヘアーが揺れる。一瞬ドキッとさせられたのは、キッチンを爆発させられたらかなわないという危機感による反応だと信じたい。
「……いや、いいって。黙ってトーストでも食ってろ」
「ふみゅっ、ヒドイですっ! 純真可憐な女子の申し出を
「世話になるのが悪いと思うならガラス代の稼ぎ方でも考えてろよ」
はぁっと幸せを逃がす溜息を吐いて、俺はトースターに食パンを放り込む。
この直後、「このパンって化学合成ですか? えっ本物の小麦? 2019年なのに!?」と未来少女が朝から意味不明なディスりを炸裂させてきたのは言うまでもない。
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