第3話 生身の人間が届けるピザを満喫したけど夜はまだ終わらない件

「お待たせ致しましたー、ピッツァーラでーす」

「どーも」


 スマホで注文したピザが届いた。俺が玄関先で財布からお金を出していると、後ろでカタッと物音がした。

 振り返ってみると、案の定、変なゴーグルをひたいに乗っけたままのアスナが、リビングの扉から顔を出してこっそりこちらをうかがっている。


「えっ、現金?」


 目を丸くする自称未来少女を「しっしっ」と手で追い払い、配達員に怪しまれないように手早く会計を終えて、俺はお礼を言ってドアを閉めた。

 リビングに戻るやいなや、アスナは俺の抱えたピザの紙箱二つをじーっと眺めて言う。


「これが、ナリタさんの言うデリバリーピザってやつです?」

「何だよ。何か文句ある?」

「自動調理装置はないにしても、せめて配達チューブか何かで来るものだと思ったら。まさか普通に玄関にピンポーンって訪ねてくるとは思わなかったですよ」

「ローテクで悪かったな」


 ダイニングテーブルに箱を置きながら睨んでやると、アスナはびくっと一歩後ずさってから、「でもでもっ」と続けて声を上げた。


「チラッと見ただけですけど、配達ロボットはすっごい精巧でしたね!」

「いや、あのヒト人間だから」

「はぇ? 人間が運んできたんですか!? わざわざ!?」

「わざわざって何だよ」

「そんなの江戸時代の物売りと一緒じゃないですか!」

「フィルムで写真撮るヤツに言われたかねーよ!」

「何がダメなんですか!? 最新のスーパーマイクロフィルムですよ!?」


 緑の瞳で俺と睨みあうこと半秒。ふーっと息を落ち着けたアスナは、そのまま口をとがらせて言ってきた。


「それに、お金も現金で払ってましたしー。ここ、ほんとは2019年じゃなくて1192年とかじゃないんです?」

「知ってるか? 今は鎌倉幕府って1192年じゃねーんだぜ」


 聖徳太子が教科書で廐戸うまやどの皇子おうじになったことも知らないんだろうなあ、なんて思いながら、俺は二つのピザの箱をかぱっと開けた。

 日本流の照り焼きチキン的なやつと、本家イタリアのチーズ増し増しのやつ。ジャンキーな香りが室内に立ち込め、アスナの目もたちまち食卓に釘付けになる。


「わぁ、思ったよりちゃんとピザですねっ!」

「お前、基本的にこの時代のことナメてない?」


 とりあえず、コイツの世界でもピザはピザのようだが。

 でも、ピザの宅配って昭和の終わり頃まで日本にはなかったはずだけど、昭和の人の未来予想図を引き継いでるっぽいコイツの世界では、どういう経緯でピザが市民権を得たんだろうな?


「で、食べるの? 未来人サマのお口に合うかは知らねーけど」

「はぇっ、お口とか、ひわ」

「お口ってだけで卑猥に聞こえるならそれはお前のアタマが卑猥なだけだからな」


 そろそろパターンが読めてきたのでぴしっと釘を差しておきつつ、俺は廊下に出て洗面台へ向かった。


「ちゃんと手洗えよー」

「はぇ? その泡なんですか?」


 トテトテと後を付いてきたアスナが、泡石鹸で手を洗う俺の手元をまじまじと覗き込んで首をかしげている。


「何って。お前の未来、まさか石鹸もないのかよ」

「ないことないですけど、お食事前の消毒くらいならコレでじゅーぶんなんですー」


 銀ピカタイツの手首部分に装着された円盤状のリングに指を添え、アスナはふふんと自慢げに笑った。

 銀の手袋に覆われた指先で、彼女がカラフルなボタンの一つをおもむろに押すと、しゅうっと両手首のリングから青色の風が吹き出るのが見えた。


「消毒完了っ! ふっふん、ナリタさん、お水と石鹸で手を洗うなんて前時代的ですよ?」

「いや、まあ、お前がいいならいいけどさ。スマホ知らない奴に昔の人扱いされるとどーも釈然としないんだよな」


 ボヤきながらリビングに戻り、冷蔵庫から未開封のコーラを取り出す。

 普段使わない二つ目のグラスを食器棚から引っ張り出し、コーラを注ぐ俺を、アスナはわくわくした様子で見守っている。


「そのシュワシュワした液体、コーラですよね。わたし、そういう昔ながらの飲み物って初めてですっ」

「あいにく、コカコーラは普通に令和元年でも現役だけどな」


 ぱちぱちと泡のぜるグラスをアスナの前に置き、俺は口元をつり上げた。

 確か、昭和の人はコーラで歯や骨が解けるとかいう迷信を信じてたんだよな。ちょっとビックリさせてやろう。


「気をつけろよ。これ、飲みすぎると歯が溶けて死ぬらしいぜ」

「そうなんですかっ!? でも大丈夫ですよ、ちゃんとデンタルコーティングしてますからっ」


 アスナはそう言って、にかっと真っ白な歯を見せてくる。ちっ、おどかしは不発か。


「何? デンタルコーティングって」

「えっ、それもないんですか!? 歯が食べ物で汚れないようにするんですよ!」

「昭和の未来予想図にそんなのあったのかよ」

「えっえっ、ってことは、まさか、この世界の人達って原始人みたいに薬剤とブラシでハミガキとかいう行為を……?」

「悪かったな原始人で。てか原始人なら砂とかだろ」


 何やら青ざめた顔で椅子を引いている彼女を見て、俺ははぁっと溜息をつく。コーティングとやらはなくても、ちゃんと三食後に毎回歯磨きをしてるから俺の歯は結構キレイなはずだぞ……。


「ひょっとしてあの、この時代、虫歯とかいう病気がまだ生き残ってたりします……?」

「あるとこにはあるけど、俺はなったことないから心配するなよ」

「んー、じゃあいいですけど……でも、ちょっと、ナリタさんとキッスは遠慮したいかもです」

「いつ誰がお前とそんなことする予定があるって言ったよ!?」

「ふぇっ」


 びくぅっと震えて背もたれに背中を押し付けるアスナ。突っ込みを入れる時についつい口元を手で覆ってしまった自分がなんだか悔しい。これでも一人暮らしの男子にしてはかなり潔癖な方なんだぞ、俺は。


「つーか、お前の方こそ、歯磨きって概念がないなら食事後はどうしてるんだよ」

「デンター液でお口をゆすぐです。それだけでピカピカです」

「ふーん、便利」

「でも、外泊する予定じゃなかったから、デンター液なんかちょっとしか持ってきてないんですよ。切れちゃったらどうしよ……」

「あー、明日にでも歯ブラシ買ってやるから」

「みゅう、わたしも原始人みたいにハミガキするですか……」

「だから原始人じゃねーって」


 アスナは心なしかシュンとしていたが、目の前のピザとコーラの誘惑もあってか、すぐにキラキラした表情を取り戻して言った。


「あのあの、頂いてもよいです?」

「ちゃんとイタダキマスって言ったらな」

「いただきます!」


 未来少女は満面の笑みでピザの一切れを手に取り、ぱくっと嬉しそうに口に運ぶ。

 うぅ~ん、とか何とか、ちょいエロ系グルメ漫画の美少女のリアクションみたいに身体をくねらせたかと思うと、彼女は空いた手でびしっと親指を立てるサインを出してきた。


「何、そのサムズアップ」

「美味しいですっ! 意外にちゃんとピザの味してますっ」

「いちいち言い方が気になるな……」


 呆れつつ、俺もひょいとピザを取り上げてかじりついた。自分一人でピザなんて頼むことは普段ないので、俺にとっても久々の味だ。

 しばし黙々とピザを食しつつ、俺はアスナの様子を観察する。最初に空飛ぶ車から降りてきた時と同じ、心底楽しそうな顔で、彼女は二種類のピザに舌鼓したつづみを打っている。

 コーラのシュワシュワ感にひゃあっと顔をしかめた直後、「あっ」と思い出したような顔をして、彼女はひたいのゴーグルを目の位置にズラして食卓の写真を撮っていた。


「ふふー、無事帰れたら皆に自慢するです。過去の時代でこんな美味しいもの食べてきたぞーって」

「まあ、どっちが過去でどっちが未来か知らねーけど」


 モッツァレラチーズをコーラで流し込んで、俺は改めてアスナに聞いた。


「ていうか、そもそもお前何しに来たの」

「え? それはですねー、過去の世界を観察して、学校の自由課題で出しちゃおうと思って」

「学校とかあるんだ」

「そりゃありますよぅ。新東京シティ第三宇宙高校の一年生です、わたしっ」

「とりあえず宇宙って付けたらいいと思ってない?」


 えへんと胸を張る未来JKのボディラインがはっきり見えて、俺は思わず目をそらす。やっぱり健全な男子には刺激が強すぎる格好だ、それ。

 俺の内心をわかっているのかいないのか、アスナは上機嫌で続けた。


「ちょうど夏休みにエアカーの免許も取って、近所のお姉ちゃんからあのシルバートゥモロー号をお下がりで貰ったから、ちょっとひとっ飛び過去の世界にでも行ってみるかーって」

「タイムトラベルの動機が軽すぎだろ」

「だって、同級生はほとんどみんな過去に行ったことあるって言うんですよぅ。わたしも夏の間に経験しておかなきゃ、周りの子達に遅れちゃうって」

「ロストなんちゃらに焦るJKみたいな感じで言うな」

「JKってなんです?」

「そんな軽いノリで過去になんか来ないだろ、常識でJ考えてK、ってことだよ」

「みゅう」


 ハナから噛み合わせる気のないような会話でも、それなりに感じ入るところはあったようで、アスナはコーラのグラスを置いて寂しそうに声のトーンを落とした。


「透明化モードで軽ーく街並みを観察して、あとあと、山とか海とかの自然をカメラに収めたら、すぐ帰るつもりだったんですっ。それがまさか、こんなことになるなんてっ、ううっ」

「いや、泣きたいのはこっちだけどな?」


 段ボールに覆われた窓を振り返って俺は言った。彼女はうるうると目をうるませて、上目遣いに俺を見てくる。


「ナリタさんっ」

「なに」

「いくらわたしがカワイイからって、寝てる間に乱暴とかしないですよね?」

「しないけど、お前、俺がそういう危険人物だと思ってんの? 地味に傷付くんですけど」

「だってだって、21世紀以前には、ゴーカンとかワイセツとか前近代的な犯罪がまかり通ってたって」

「よかったじゃん。ここ21世紀だぞ」

「ハッ!? そういえばそうでしたね!」


 怯えた顔から一転して安堵あんどしているアスナ。まあ、ゴーカン改め強制性交等は、法律上の呼び名が変わった今でも相変わらずあるんだが、言わぬが花というやつだろう。


「……あの、ナリタさん」


 今度は若干もじもじした様子で、アスナが聞いてくる。


「ちなみに、ここってシャワールームはちゃんとあります……?」

「シャワールームっていうか、浴槽付きのバスルームはちゃんとあるけど」


 部屋の持ち主の叔母さんからキレイに使うように言われていることもあり、特に風呂場はいつ女の子が泊まりに来てもいいくらいの状態にしているつもりだった。まあ、不幸にしてそんな機会は今まで一度もなかったのだけど。


「この時代の入浴って、タライで行水ぎょうずいとかじゃないですよね?」

「お前のその2019年への根本的な不信は何なんだよ」


 俺はピザを口に放り込んで溜息をつく。

 謎スーツの謎リングで手の消毒を済ませる未来人でも、やっぱり風呂には入るらしい。まだまだ受難の夜は長そうだった。

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