第2話 配送チューブもお手伝いロボットもないので自前で窓を塞ぐ件

「……あの、ナリタさん。ナリタ・キョーヘーさん」


 自称未来人アスナの弱気な声が、絶賛作業中の俺の耳を叩く。


「何」

「わたしも手伝いますよぅ」

「いいって」

「そんなぁ」


 背後から伝わってくるシュンとした空気。俺はといえば、踏み台がわりのダイニングチェアの上に立ち、開いた段ボールを大窓のカーテンレールにガムテープで貼り付けていく作業の真っ最中だ。

 粉々にされた窓からは高層階ならではのビル風が容赦なく吹き込んでくる。大学生の一人暮らしには不釣り合いなタワーマンションも、こうなってしまってはカタナシである。

 プリウスに突っ込まれたコンビニは世の中に数あれど、空飛ぶ車のカミカゼアタックを受けたマンションなんて世界中探してもウチくらいだろう。


「ったく。叔母おばさんにバレたら大目玉だよ」

「おばさん? 一緒に住んでるですか?」

「いや、この部屋の持ち主。仕事でずっと海外に行ってて、この部屋持て余してるから、キレイに使うならって条件で俺に貸してくれてんの」

「はぇー。じゃあ、ナリタさんはおばさんとの約束守れなかったんですねぇ」

「誰かさんが突っ込んできたせいでな!?」


 俺が椅子の上から振り返って睨むと、銀ピカタイツのヘンテコ未来人はびくぅっと身体を震わせ、「あのあの」と慌てた様子で言った。


「そのガラスのことは、わたしもちょっとは責任感じてるんですよ?」

「ちょっとじゃなくて目一杯感じろ」

「ふぇっ、目一杯感じろとか言うことがヒワイですっ。ハッ、さてはガラスの対価に乙女のカラダをヨーキューするコンタンですねっ!?」

「未来人ってバカなのか?」

「あぁっ、ごめんなさいお父さんお母さん、わたしアスナは野蛮な未開社会でヒワイな現地人にあわれ美味しく頂かれちゃうんですぅ……!」

「なぁ、もっぺん聞くけど未来人ってバカなのか?」


 自分の両肩を抱いて身体をくねらせているアスナを見て、俺は本日何度目かの溜息をつく。

 ほんとに何なんだ、こいつは。ていうか、野蛮と卑猥以外に悪口のレパートリー無いのかよ。


「そんなことよりお前、ガラス代稼ぐ方法考えろよ。多分メチャクチャ高いぞこれ」

「はぇ。ま、まさかっ、わたしのカラダを使ってイケナイ商売をさせようとか考えてっ」

「考えてないない。普通にバイトか何かしろ」

「ふみゅう……。ガラスなんて、分子構造復元機があればすぐなんですけどね」

「じゃあ、その分子構造復元機とやらを早く屏風びょうぶから出してもらおうか」

「あ、それドラえもんネタですね!?」

「一休さんだよ!」


 軽口の元ネタを説明させられるほど不毛なことはない。てか、こいつの世界、ドラえもんは普通にフィクションとして存在してるのか……?


「やっぱり何か手伝うですよ。この段ボールっていうの開いて渡したらいいです?」

「……あぁ、じゃあ頼むわ」


 俺が言うと、アスナは「よいしょ」とか萌え豚が好きそうな声を出しながら、意外とまともな手際で段ボールを開いて渡してきた。俺は椅子の上でそれを受け取り、窓枠に貼り付けていく。

 さっき電話で聞いてみたら、業者が来られるのは最短でも明日のようだし、今日のところはこれで耐えるしかない。雨の日や真冬じゃなかったのがせめてもの救いだが、くれぐれも他の人にはバレないようにしないと、叔母さんに知れたらマジでこの部屋追い出されるかも……。


「ところで、この『アマゾン』って何です? どの箱にも書いてますけど」

「通販のサイトの名前だよ」

「さいと?」

「ネットで注文したら商品届けてくれんの。インターネットってわかるか?」

「いんたーねっと?? 網ですか?」


 案の定、アスナはきょとんと首をかしげていた。やっぱり、昭和のSFみたいな世界から来ただけあって、スマホも知らなければネットも知らないらしい。

 と、そこで、アスナはぴこんと頭の上に電球を浮かべたような顔をして言った。


「あ、でも、なぁんだ、通販システムあるんじゃないですか! だったら、こんな応急処置なんかしなくても、今すぐガラス届けてもらったらいいんじゃ?」

「いや、さすがに無理だろ」

「ナリタさん、お金ないんですか?」

「金に余裕がねーのも事実だけど、いくらアマゾンでも今頼んで今日中は無理だし」


 こいつが飛び込んできたのが昼の3時くらいだったが、ドタバタしている内に窓枠の向こうではもう夕陽が沈もうとしている。


「大体、通販でガラスだけ届いたってしょうがないだろ。こんなの業者の人に来て取り付けやってもらわないと」

「この家にはお手伝いロボットとか居ないんです?」

「この家にはっていうか、どこにも居ねーよ」

「はぇぇ。わたしの時代だったら、コンピューターに頼んだ数分後には配送チューブでしゅーって荷物が送られてきて、ロボットに取り付けてもらって一件落着ですよっ」

「配送チューブって何だよ。昔のラブホの金払うアレかっての」


 カプセルに現金を入れてフロントに送る謎のローテク配管……。まあ、俺自身はそういう場所に行く相手もいないし、そもそもそんな時代の生まれでもないから、ネットで話題になっているのを見たことがあるだけだが。


「? ラブホって何です?」

「……いや、いいわ。てか、個人の家まで繋がった配送チューブなんてものがあったとして、ガラスみたいな大きいものは入らないだろ」

「ひぇっ。大きいモノが入るとか入らないとか、隙あらばヒワイですっ!」

「卑猥じゃない」


 さっきお前が「何です?」でスルーした単語のほうがよっぽど18禁だったぞ。


「……とりあえず、こんなもんでいいか」


 ようやく大窓の全面を段ボールで塞ぎ終え、俺はふうっと息を吐いて椅子から降りた。まだガラスの小さな破片があちこちに散らばっているかもしれないから、足元には気をつけないと……。

 スリッパを履いて慎重にフローリングの床を歩きつつ、ふむ、と俺は段ボールに覆われた窓を見渡す。ひとまず、雨さえ降らなければ大丈夫なくらいにはなった、か?


「ほぇー。原始人の掘っ立て小屋くらいにはなりましたねー」

「お前、もうちょっと言葉のチョイスないの?」

「過去の人はこうやって知恵を使って雨風をしのいでたんですね。レポート用に記録しとくです」

「俺の雑な段ボール補修をこの時代の技術の全てみたいにレポートするな」


 呆れる俺の隣で、未来人はひたいに乗せていたライトブルーの透明ゴーグルをすちゃっと装着し、その側面のボタンを何やら操作していた。パシャッと古臭いシャッター音がして、まばゆくフラッシュがかれる。


「何それ」

「2009年モデルの最新型ゴーグルカメラですっ。装着者の視界をそのまま立体写真として保存できるんですよ!」

「へー。意外とちゃんとハイテクしてんじゃん」

「でしょっ! しかも、この薄さで驚きの36枚りフィルム2連装!」

「は? フィルム?」

「なんとなんと、72枚も一度に撮れちゃうんですよ! しかも撮った写真は自家用の立体現像機でコンピュータに投影できちゃうんですっ」

「ふーん。ちなみにデジカメって知ってる?」

「? ウミガメの仲間ですか?」


 再びゴーグルをひたいにズラしたアスナは、自分の唇に手を当ててハテナマーク全開で首をひねった。

 こいつの世界、というか昭和の人の考えた21世紀って、なんでこう、タイムマシンとか反重力とか出てくる割にIT方面はショボいんだろうな。


「ていうか、お前さ、マジで自分の世界に帰る方法ないの?」

「ふぇっ。マジって何です? 魔法ですか?」

「いや、本当に帰れないのかってこと」

「このガラス弁償するまでここに置いてくれるって言ったじゃないですかっ」

「言ったけど、なんか、お前がこの時代で普通にバイトとか出来る気がしねーし。どうやっても帰れないんなら置いてやらないでもないけど、帰れるんなら帰った方がいいだろ」

「みゅう。それはそうですけど……」


 アスナは上目遣いに俺を見てから、リビングルームのど真ん中に鎮座ちんざましましているオープンカー状の乗り物へと足を向けた。


「一応、シルバートゥモロー号の電子頭脳に聞いてみるです……」

「うわっ、出たよ『電子頭脳』。せめて人工知能って言え」

「ねぇ、コンピューター。なんとか時間移動だけでもできない?」


 コンピューターに「コンピューター」って呼び掛けてやがる。マジで昭和のSFかよ。


時空間ジクウカン転移テンイシステムニ重大ジュウダイ故障コショウ発生ハッセイ通信ツウシン航行コウコウトモ不能フノウデス』


 それでもって、コンピューターもいかにも昭和のSFのコンピューターって感じの喋りだし。マンガだったら絶対ムダにカタカナ表記になってて読みづらいやつだ。


「救難信号も送れない?」

時空間ジクウカン通信ツウシン途絶トゼツシテイルノデ、残念ザンネンナガラ。シカシ、当機トウキ時間ジカン遡行ソコウシタコトハ時空ジクウ管理局カンリキョク記録キロクノコッテイルデショウカラ、イズレ救助キュウジョルデショウ』

「そう、そうよね! それを信じて待つしかないよねっ」


 ぱぁっと明るい顔になって、アスナはくるりと再び俺に振り向く。


「とゆーわけで、救助が来るまでお世話になりますっ」

「いや、ガラス代稼いだら出てけって」

『アスナサンガ、救助キュウジョルヨリモハヤクコノ時代ジダイ労働ロウドウ適応テキオウシテガラスヲ弁償ベンショウデキル確率カクリツ、0.2パーセント』

「電子頭脳が電子頭脳っぽいこと言いやがった」


 段ボールの隙間から差し込む夕暮れの中、俺はひたいを押さえてうなだれる。

 俺、マジでコイツの面倒見なきゃいけないの?

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