未来少女アスナ ~令和元年の俺の部屋に昭和84年の世界から銀ピカタイツの美少女が飛び込んできた件~

板野かも

第1話 銀ピカタイツの自称未来人が空飛ぶ車で突っ込んできた件

「やったぁ。過去の世界との接触に成功っ!」


 で窓ガラスをぶち割って俺のマンションの部屋に飛び込んできたのは、絵の具のチューブみたいな銀ピカのタイツを全身にまとった美少女だった。

 しゅうしゅうと煙を上げる銀色のオープンカーからひらりと飛び降り、きょろっと俺の部屋を見回すこと数秒。ゴテゴテと電子部品の付いた透明ゴーグルをひたいの上にズラし、金髪のボブヘアーをばさっと揺らしたかと思うと、謎の美少女は心底楽しそうに俺に微笑みかけてくる。


「わたし、アスナ。2009年の未来から来ました!」


 色白の肌に、ほんのりあかのさしたほお、きらきらしたエメラルドグリーンの瞳。年の頃なら高校生くらいだろうか、成長途上のボディラインがくっきり出た格好は正直劣情れつじょうもよおさないでもない。

 恋のABCどころか女の子と海に行ったことすらない、一介の非モテ大学生の俺には幾分いくぶんキツすぎる刺激だったが、格好以上にぶっ飛んでいるのはそいつの発言である。


「そこのあなた、教えてください、今は昭和何年ですかっ」

「オーケー、色々突っ込みたいことあるんだけど」


 俺がようやく言葉を取り戻して言うと、彼女は銀ピカタイツを纏った身体を昭和のアイドルのようにくねっとさせて、「突っ込む!?」と黄色い声を裏返らせた。


「ヒワイです! 過去の人はやっぱりヤバンですっ」

「卑猥な格好してるのはお前で、過去の人もお前だろ!」

「はぇ? 何のことです? わたし、21世紀から来たんですよ」

「いや、何年つった?」

「2009年ですっ。タイムワープが開発されて十年になります」

「いやいやいや、それがまずおかしいから。2009年ってもうだいぶ過去だから」

「何言ってるんです!? 未来ですって! 昭和84年ですよ!?」

「お前んとこの昭和天皇どんだけ長生きなんだよ」

「陛下は御年108歳になられます。現在は脳髄のうずいだけになってらっしゃいますが、ご健在です」

「脳髄!? こっわ! それ生きてるって言えるのか!?」

「なんて不敬なことを仰るんですか。過去の人ってもっと信心深いと思ってましたよ」

「だって、人間宣言した人が人間じゃなくなってるじゃん……。さすがに休ませて差し上げろよ。今は天皇だって疲れたら天皇辞めていいんだぜ」

「……はぇ。随分と先進的な考えですね」


 未来人を名乗るアスナとかいう少女は、自分の口元に指を当て、きょとんとした表情で首をかしげている。

 一体何なんだ、こいつは。昭和だの陛下だの言うからには、とりあえず日本人ではあるみたいだが、その割にはカラコンだか何だかわからない緑色の目をしているし。

 後ろでピーとかガーとか変な音を立てている平べったい車といい、ご丁寧に指の先までもを覆う全身タイツといい、いかにも昭和の人が思い描いた未来予想図に出てくる未来人って感じはするが……。


「ひょっとしてお前の世界、イルカが攻めてきたりしてない?」

「?? なんですかそれ? 古代の人って発想が自由なんですね!」

「古代じゃねーわ! 文明社会だっつーの!」

「じゃあ、今は何年なんですか?」

「西暦2019年。昭和の次の平成も終わって、今は令和元年だよ」

「レイワ? なんか未来っぽいですね!」

「そりゃ、2009年の人から見りゃ未来だからな」

「でも、わたし、過去を目指してタイムワープしたのに何で未来に来てるですか?」

「知らねえよ。ていうか現実の2009年にタイムマシンなんかまだねえよ」

「えっ、時間遡行そこう技術が発明されてない……?」


 彼女は再び俺の部屋を見回したかと思うと、テレビ台の上の薄型テレビに目を止めた。


「でもあれ、時空間通信機じゃないです?」

「いや、ただのテレビ」

「ウソだぁ。ちょっと画面点けてみてくださいよ」

「いいけど……」


 リモコンを操作してテレビを点けると、ちょうどニュースキャスターが15時のニュースを読み上げていた。


「……? なんで平面の画面です?」

「は?」

「立体映像ないんですか?」

「そんなモンねえよ。VRゴーグルってのはあるけど、SFみたいにヴオンと出てくる立体映像なんか現実にあるわけないじゃん」

「えぇ!? 2019年なのに!? なんでそんなに遅れてるんですか!?」

「悪かったな! 全身タイツに言われたくねーわ!」

「これは最新鋭の生命防護スーツですよ!? メガロポリスの光化学こうかがくスモッグにも耐えるんです!」

「光化学スモッグって、昭和か!」

「昭和84年ですけど何か!?」


 フーッと睨み合う俺とアスナの横では、今年退位したばかりの上皇夫妻がニュースの話題に登場していた。何かの親睦会に出席したとかで、和やかな表情で周囲の人達と歓談する様子が映っている。


「あ……この方、皇太子殿下にそっくりですね」

「そっくりっていうか、その人だからな」

「じゃあやっぱり、ここは本当に2019年の世界……?」

「さっきからそう言ってんだろ」

「でもでも、だって、おかしいですよ! タイムマシンも立体映像もない2019年なんて!」

「知るかって。タイムマシンなんか現実に作れるわけないって普通に考えたらわかるだろ」

「ここにあるじゃないですか!」


 自分が乗ってきた乗り物をぱんっと叩くアスナ。あのイヤに流線型でピカピカしたデザインの車、ただの空飛ぶ車じゃなくてタイムマシンだったのか。


「この世界、核戦争を経て文明が退化しちゃって、緩やかに滅びに向かってるとかないですよね?」

「ねーよ、そんなこと! 幸いにして世界の人口は増え続けてるよ!」

「ほぇっ。もう60億人くらいにはなりました?」

「もっとだな。確か73億だか74億だか」

「あっ、なんだ、ちゃんと発展してるじゃないですかぁ。よかったよかった。ちなみに、その内どのくらいが地球市民です?」

「は?」

「火星への移住ってもう始まってるですか?」

「いや……まだだけど」

「えぇ!? だって、月面居住区の人口もそろそろ満杯でしょ!?」

「ねえよ、そんなもん!」

「えぇぇ。じゃあどうやって74億人もの暮らしをまかなうんです!? ハッ、人間を8分の1のサイズにしてミニシティに住ませてるですか!?」

「ウルトラQかっ!」


 思わずマニアックな突っ込みが口をついて出てしまった。まったく何なんだ、このふざけた未来人は……。

 とりあえず、割られたガラスの弁償をどうやって吹っ掛けてやろうかと俺が思案を巡らせていると、アスナは「あーっ!」と頓狂とんきょうな声を張り上げた。


「今度は何だよ」

「壊れてますっ。シルバートゥモロー号のタイムワープ機能が壊れてるんですっ」

「はぁ。壊れたモノは他にもあるんだがな」

「歴史の流れとかですか?」

「うちのガラスだよ!」


 俺の怒鳴り声に彼女はビクッと震え、そのままくすんと泣き出してしまった。


「こんな野蛮で未開な世界に放り出されて帰れないなんて……わたし、どうしたらいいんですか……!」

「こっちが聞きたいわ。とりあえずガラス代払えよ」

「現金なんて持ってないです……。クレジットは宇宙銀行に預けてあるです」

「宇宙銀行。ご大層なこって」


 はぁっと溜息をついて、俺は肩を落とす。

 ガラス代を稼げるまでここに居候いそうろうさせてくれとアスナが言い出し、俺のスマホを見て「そっちの方がよっぽど未来っぽいですね!?」と驚愕の声を上げるのは、この直後の未来のことである。


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