時代錯誤の煽り文句 ~ピッチャー、びびってる!~

新下彗

1話

「ピッチャー、びびってる!」


 家の近くの市民球場を横目に散歩していたとき、ふと耳に入ってきた。

 ピッチャーが打たれることを怖がっている。そういったニュアンスを持つ言葉であり、汚い野次にも当たるだろう。そんな煽り文句は、死語などでなく、今でも使われているのか。興味が出てきて、少し試合を観戦することにした。


 近付いてみると、大学女子軟式野球の試合であることが分かった。

 敵チームから煽り文句を投げかけられたピッチャーは、動揺しており、表情にも余裕がない。

 たまらずピッチャー交代が告げられていた。


※ ※ ※


 交代したピッチャーは、堂々とした立ち振る舞いであり、投球も正確なものに見えた。だが、数球投げた後、いきなり、キャッチャーを呼びつけた。指示が悪いとか何とか、かなり激しく責め立てているようである。


「ピッチャー、びびってる!」

 すかさず、敵チームより、煽り文句が放たれた。


 しかし、ピッチャーは、堂々としており、特に気圧されている様子には見えなかった。その意味を考えていると、隣で観戦していた年配の男性が教えてくれた。


「あの『びび』は、『BB』を意味するのだよ。血液型B型の父母から生まれた、『BB』型。『BO』型よりも、さらに自己中心的とか、ワガママと言いたいのさ」


 よく分からなかったが、血液型に固定観念を持ち、さらにそれを煽りに使うなんて、古い考え方である。


 その後も、ピッチャーの怒りはおさまらず、すぐにピッチャー交代が告げられた。


※ ※ ※


 次のピッチャーは、スラっとした長身で、投球フォームも美しかった。特に問題なく投球をしている。


「ピッチャー、びびってる!」


 今度は、何の脈絡もなく、あの言葉が発された。私は、年配の男性に教えを乞う。


「あの『びび』は、ファッション雑誌『ViVi』のことだよ。モデルみたいとか、流行りのメイクを取り入れているとかで、野球にそぐわないと言いたいんだね。」


 よく分からなかったが、容姿を理由として、人のやりたいことを否定するなんて、時代遅れである。


 その後すぐ、ピッチャーは、メイクが崩れたとか言って、監督に交代を申し入れていた。


※ ※ ※


 次のピッチャーは、大きなカルガモに乗って、マウンドに到着した。

 その左腕には、大きく「×印」が描かれている。

 ベンチのメンバーは、後ろを向いて、同じように「×印」が描かれた左腕を挙げている。 


「ピッチャー、びびってる!」


 2002年4月9日発売の23巻。

 夢中になって読んでいたあの頃から、私もかなりの年齢を重ねたものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時代錯誤の煽り文句 ~ピッチャー、びびってる!~ 新下彗 @aqueousthin9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ