16 化け物お魚退治
「本当に大丈夫ですか……? 無理をしているようなら休憩をいれても……」
「っとと…大丈夫大丈夫! それに俺達には時間が無い。多分追っ手はもうそこまで来てる」
ゴツゴツとした岩場を慎重に進みながら、アイラが病み上がりのサクライを気遣う。
朝食後、しばらく休憩をしたあとサクライの提案でアンサン聖池の祭壇へと歩を進め始めたのだった。
「ギン、荷物持ちありがとうな」
「うぉふ!!!」
1つ1つが胸ほどまである岩場は流石のギンも俺らを乗せて進むのは厳しいという判断で荷物を任せている。単身であれば楽なようでひょいひょいと岩を飛び移りながら俺らを先導してくれていた。
「しっかし初代の巫女サマもとんでもないとこに祭壇を作ったもんだよな……魔力が濃すぎて普通の人は近づけないって言うし」
「だからこそ、っていうところもあるんでしょうけどね……もうちょっと楽なところに作らなかったのかなとは思います」
苦笑するアイラと支え合いながら岩を全身を使って攻略していく。幸い足がかりになる引っ掛かりは沢山あるので進めないことは無かった。雪で滑らないようにだけ気をつける。
湖は生き物の気配を全く感じさせず凪いでいた。辺りに響く音は自分たちの靴が雪を踏む音のみ、まるで俺達以外がこの世界にはいないんじゃないかという錯覚に陥りそうになる。
この世界に来て16日。1日1日の濃さに脳がエラーを吐きそうになる。もう何年もここで過ごしているんじゃないかって。しかし現実はまだ2週間と少ししか経っていないのだ。向こうでうだつの上がらないフリーターシンガーソングライターとしての日々を過ごしていた頃には想像もつかなかった危険に満ちた日々、ひょっとしたら俺はこんな毎日をどこかで望んでいたのかもしれない。
(でもそんな毎日を乗り越えていけるのは)
横を歩く少女の横顔を盗み見る。この世界に召喚されてひとりぼっちだったらきっと今ここでこうしていることは無かっただろう。アイラがいたから生きてこられた。
運命だったんだろうか、こうして出会うことは。それならば俺はアイラを助けるためにこの世に来たのかもしれない。
ふとその左手の人差し指の指輪が目に入った。派手な宝石こそついていないがそれはそこにあるのが当たり前であるように馴染んで見える。
「? あ、これですか?」
俺の視線を感じたのかアイラが左手を俺にみせてくる。白くて綺麗な細い指だ。
「……これはですね、素敵な殿方に頂いたんですよ〜ふふっ、嫉妬しますか?」
「いや、それは……」
前かがみになっていたずらっぽく俺の顔を上目遣いに覗き込んでくるアイラ。その表情、仕草、言葉にドキッとする。なにか返そうと口を開きかけるが言葉が続かなかった。
「……なんちゃって! 似合ってますか?」
「え、あ! うん! 綺麗だと思う!」
そう答えると聞いた張本人は照れたように俺に背を向けた。
何が? とは聞き返されなくて良かった。今の俺は変だ。口が滑って変なことを言いかねない。
「……うぉるふんっ」
そんな微妙な空気の俺たちふたりをギンは呆れたようにじっと見守っていた。
「〜〜〜〜ッ!!!」
何を言ってるのだ私は。顔は真っ赤になっているに違いない。サクライがいなくてここが平地であれば地面をゴロゴロと転げていたかもしれない。それほど恥ずかしかった。
こんな男女の愛をテーマにした書物の中の様な恥ずかしいセリフをごく自然に使ってしまったことへの羞恥でサクライの方を向けない。
……例え送ってくれた本人だとしても自慢したくなってしまったのだ。仕方ないじゃないか。
そんな誰に向けたのか分からない愚痴だか言い訳だかをぶつぶつと心の中で呟き続ける。
後ろを向いてしまったアイラから薄くゆらゆらと何かが立ち上っている。……無意識に魔力が溢れてしまうほど恥ずかしいなら言わなければいいのに。とはとても言えないサクライであった。
傍から見ればバカップルにしか見えないそんなやり取りをしていると、ギンが何かに気がついたかのように唸り始めた。
「ヴルルルルルルル……」
「どうした? ギン」
「ギンさん……?」
一瞬遂に俺達に呆れて唸り始めたのかと思ったがどうやらそういう訳では無いらしい。ギンは岩場の横、今俺たちが迂回して歩いているアンサン聖池の水面に向かって威嚇をしていたのだった。
「池に何か……?」
目の前に広がる水面は相変わらずだだっ広くそこに佇んでいる。そこに変化などなにも……。
「ッサクライ伏せてください!!」
「っ?!」
アイラか突如俺を抱えて押し倒す。しかし下は大きな岩の連なりだ。俺たちはゴツゴツとした岩と岩の隙間に転がり込む。
「ぐっ……」
「きゃ……」
厚手の防寒ローブを着ているため、肌が岩肌に当たり怪我をすることは無いが岩の上を転がるのは普通に痛い。
「アイラ大丈夫か……っ?!」
ズゴオオオオオオオオオッ
横にいるアイラの心配をした瞬間、何かが頭上を轟音をたてて通り過ぎていった。それはまるで横倒しにされた水の柱。自分達の身体の大きさを優に超える水流が俺達が元いた岩場を削り飛ばしていた。
「なんだ今のは……っ」
「恐らくこのアンサン聖池に住まう聖獣……主の魔法です」
「なっ……」
聖獣、いや聖魚。本当に存在していたのか。しかし今の魔法はこの世界にきて見たどんな魔法より強大な威力を持っていた。あんなのの直撃を受けたら例え自動防御魔法があろうと消し飛ぶのでは無いか。
「ど、どうするんだ?」
「とりあえず今は避けるしかありません! 避けきれないものは防ぐしかありませんが……サクライ、自動防御魔法は大丈夫そうですか?」
「だよな……っ。多分掠るくらいなら大丈夫だ、直撃は……やってみないと分からんけど」
アイラがその言葉に頷いて上を見上げる。
「今から私がサクライを抱えて飛び上がります。そのタイミングで放たれた魔法を防いで貰ってもいいですか?」
「分かった!! ……って飛び上がる?」
「行きますよ! 3.2.1……ッ!!」
「ちょっ……ぉっっ?!」
俺に背中から抱きついたアイラがその腕にぐっと力を込めた瞬間強力な風が足元に発生し、俺達は上に射出されていた。
「うおおおおおおおおおっ?!?」
「来ます!!」
先程の強大なものでは無い水の塊が複数こちらに向かって飛んでくるのが見える。耳元で風の音を聞きながらそちらに向かって我武者羅に手を伸ばした。
ポポポポポッと軽い音をたてて花びらが水弾を受け止め霧散させる。しかし今まで数々の魔法を受け止めてきた経験が告げていた、これは俺以外が直撃を喰らえば致命傷だと。何故なら受け止めて消したのにも関わらず、衝撃が逃がしきれていなかったのだ。
「ぐぅっ……アイラっ!!」
「はい!」
すかさずアイラが風の魔力によって後ろ向きに落下する自分達の勢いを殺す。
「ぐっ……」
「んッ……」
2人でもつれて大岩の上に転がり込んだ。そこに追撃の水弾が……ッ
「グワルウウウウアッ!!!」
ギンがこちらに走り込みながら黒い魔力を弾丸のように吐き出す。それは見事に水弾に命中し、空中で爆散した。
「サンキュ、ギン!」
「ウワォ!」
口から流れ出た黒い魔力が薄く身体を覆っている状態のギンが応える。手足を軽く動かしてみてとりあえず怪我はない、アイラも大丈夫そうだ。
「ったく、一体どんなさか……な……が」
全員の無事を確かめたあと池に顔を向けて絶句する。
そこにはナマズのような、ぬぼーーっとした顔の全長25メートル以上はあろうかという巨大な水生生物が半身を浮かべていた。背中の噴気孔からはブシュッブシュッと空気と水の交じったものを吐き出している。これには流石のアイラも言葉を失っているようだ。
「なに、あれ」
全身をゆっくりとくねらせながら水面からこちらを睨めつけている。
「ウガメルという沼地等に生息する両生類ですね。本来穏やかな性格のはずですが聖獣化したことによって気性が荒くなっているようです」
「ガルルルルル……」
その時また体を反らせたウガメルから水弾が6つ、その背中の噴気孔からブシュウッという音を立てて放たれた。
「くそっ……!」
ギンとアイラの前に走り込んで腰を落として踏ん張る。真上に放たれた水弾達は意志を持ったように空中で方向を変え、こちらに飛んでくる。
ポポポポポッ!!!!
間抜けな音を立てて自動防御魔法の花びらに直撃した水弾が霧散していく。しかしその音とは対象的にその威力は凄まじく、手前に狙いを外した1つは離れた場所の岩場を消し飛ばし深く抉りとっていた。
「どうするアイラ! このままじゃラチがあかないぞ!!」
「私達のことを諦めてくれればいいんですけどそういう訳にもいかなそうですね……」
あんな大きな生き物を討伐するというのは現実的ではない上に攻撃を防ぐことはできても有効打を与えられるかは怪しい。ギンと同じように身体を魔力で覆っているなら生半可な魔法じゃダメージは無いだろう。それならば、
「殺すのは無理でも、大ダメージを与えて引かせることならできると思うか?」
「……分かりませんがそれしか今できることは無いと思います」
「ワウッ!!」
「だよな……」
ウガメルの動向に警戒しながら作戦を立てる。
「さっきのを見る限りギンの魔法はあいつに通用しそうだ。俺の魔法は通用するかは分からんけど防御に徹した方が良いだろう」
水の柱も水弾も喰らったら終わりだ。絶対に通す訳にはいかない。
「だとするならば2人でギンに乗って俺が攻撃を防ぎながらあいつに接近、至近距離でアイラとギンが全力の魔法を叩き込むのが一番現実的だと思うんだけどどうだろう?」
「いいと思います。サクライにはかなり負担をかけてしまいますが……」
「大丈夫大丈夫! 俺の魔力は実質無限だし、意識を向けていなかったとしても自動防御魔法は発動するから。2人に少しでも当たらないように自分の位置調整をするだけだ」
簡単そうに言ってみたが、疾走するギンの背中で魔法に対して自分の身を当てにいき続けることは危険かつ難しいだろう。でもやるしかない。
「……お願いします」
それはアイラも分かっているのだ。それでも俺のことを心配してくれている。
「ウワフ」
「っとと……ギンもよろしく頼むな」
「ワフッ!!」
頭をぶつけるように擦り付けてきた白狼をよろめきながら撫でてやる。
「さぁて……それじゃあ化け物お魚退治と行きますかあ!!」
「はい!!」
「グワゥ!!」
水弾を防ぎながらギンの背中に乗って準備する。アイラが今回使う魔法はかなり大掛かりなもののようで珍しくイメージと魔力を練るのに時間がかかるらしい。その為、俺の後ろで静かに目を瞑っていた。
「次の水弾がきたらスタートする。いけるか? ギン」
「ウワゥ」
ググッと足に力を込めたギンが姿勢を低くする。背中のアコギを背に感じながらその時を待つ。
そして遂に水弾が噴気孔から音を立てて放たれた。
ダンっと空気を切り裂いてギンが矢のように飛び出す。岩場の景色が後ろに飛び去った。後ろで目標を失った水弾が岩を抉り爆発を起こすのをバックに一直線に水面に近づいていく。
「来るっ!!」
予想外の動きに慌てたのかは分からないが、ウガメルは先程より小さな水弾を3つ素早くこちらに向かって放ってきた。ギンの背中の上でつかまりながら山なりに落ちてくる水弾の軌道上に自分の身体をぐるりと動かす。
ポポポッ!!
背中に展開した花びらが水弾を霧散させたのが分かった。目の前のアイラは全く動じずに目を閉じている。それだけ俺を信頼してくれているのだ。
「ガァウルルルッ!!!」
そして岩場の端、切り立った岩を蹴りギンがウガメルに向かって飛んだ!!
「今だアイラ!!」
俺の声でアイラがカッと目を開き右手を頭上にかかげる。その手には肉眼ではっきりと見えるほど濃い魔力がギュルギュルと一瞬にして集まり、氷でできた三又の槍を形成した。その数およそ50。3メートルほどの巨大なそれは俺達の頭上で引き絞られた矢のようにピタリとウガメルに照準を合わせていた。宙を舞うギンもその顎をぐあっと広げ魔法を放つための動作に入った。
しかしその時ウガメルが大きく口を開ける。その口に濃い魔力を含んだ水が大量に流れ込んでいき、光を発し始めた。
「やばいっ……最初のあれがくる!!」
あの水の柱、空中で避けることは不可能だろう。ギンもアイラもウガメルに対して魔法を放つ寸前だ。今更対処もできない。
それならば。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」
ギンの背中を蹴って前に身体を投げ出す。視線は外さずウガメルの口に。
「サクライッッッ!!!」
アイラの悲鳴が聞こえるがもう戻ることはできない。今の俺はただ、2人を守る為だけに!!
「おおおおおおおおおおおおっ!!!」
ギン達を背に落下しながら左手を前に突き出す。もう片方の手は横に抱えたギターに。
思い出せ!! ワレスであの魔剣の攻撃を防いだあの魔法を!!
カッと目の前が光り、水の柱が放たれた。俺とその後ろの2人を飲み込もうと激速で迫ってくる。
「桜花アアアアアアアァァァァァッ!!!!!」
アコギをかき鳴らすと、俺の手のひらでふわりと巨大な桜の花が咲く。それは俺達を守る傘のように広がっていった。
水の柱が真正面から桜花にぶつかる。
「ぐっうぅっ?!」
腕が折れるかと思うほどの衝撃がドンッと俺を襲った。しかし水の柱は桜花によって受け止められている!!
「いっけえええええええええええ!!!!!!」
「はあああああああっ!!
「グワォゥゥゥウッ!!!!」
水柱が霧散し、晴れた視界を50の三又の槍と黒い雷が穿いていった。
爆散。
静かだったアンサン聖池の水面は轟音を立てて、何も見えなくなるほどの水しぶきをあげている。
(あれなら殺せずとも致命傷を与えられただろう……)
そう安堵しながらアンサン聖池の水に落下した。
「はっっっっくしょん!!!!」
「全く!! どうしてサクライはいつもそうなのですか!! 自動防御魔法があるからって無敵では無いことをこの間知ったばかりじゃないですか!!」
爆心地となった水面から近い岩場で火を起こし、濡れた身体を温める。
激怒するアイラと心配気に周りをぐるぐるするギンは対象的なのにどちらも本気で自分のことを案じてくれているのが嬉しかった。
「ごめんって……あの水の柱を防ぐにはギンの背中からじゃ無理だと思って」
「確かにそれはそうですが……っ」
あの場面、ギンの背中で桜花を展開したところで正面から向かってきた水柱から2人を守ることはできなかっただろう。
あの後、極寒の池に落下した俺を大慌てで引き上げたアイラは泣きそうな顔をしていた。大丈夫と片手をあげた時には本当に泣き出してしまったが。
ちなみに抱えていたアコギは全く濡れていなかった。魔法って凄いね。
アイラとギンの強力な魔法によって討伐したかに思われたウガメルだったが、直前に水に潜航したことによって直撃は免れたらしい。しかし水面は真っ赤に染まっているため、大ダメージを負わせることはできたのだろう。もう俺らを攻撃してくることは無いと信じたい。
「にしても凄い魔法だったなあれ……。俺の自動防御魔法でも防ぎきれるかどうか……」
およそ50の三又の氷槍が一点に向かって降り注ぐ魔法、氷葬槍。破壊力で言えばウガメルの水の柱と同等かそれ以上なのでは無いか。
「そうやって話を逸らして……はぁ。私の使える魔法の中でも攻撃に特化した魔法です。あの槍は着弾した場所で砕け、その欠片が辺りに飛び散り相手を襲います。例え直撃をしなくとも周りにいるだけでもダメージを負う魔法なんです」
いや怖。ショットガンみたいなもんでしょ? しかも刺さってから砕け散るとなればその欠片は体内に……。
「エグい魔法だね……」
「……えぇ。なのでこれは人に対して使うことはありません。というより、生き物に対して使ったのは初めてですよ……」
改めて横にいるのがウライ神聖帝国の巫女、この国でも有数の強力な魔法使いだということを実感する。氷姫の異名は伊達じゃない。
山賊に襲われた時、怪我を負ってしまったのは相手を殺す気が無かったからだ。アイラが本気を出せば勝てるものは本当に限られるのではないか。
アイラの弱点はその優しさなのだ。
「それよりも話には聞いていましたが、凄いじゃないですかサクライ!」
「え、なんだっけ?」
「防御魔法ですよ!! 自動防御魔法を任意で発動することにより魔力を集中し、より強大な魔法を防ぐことができる……。ただの魔力の放出では無い、ちゃんとした発展系の魔法ですよあれは」
「あ、ああそれね……。俺もぶっつけだから成功するかは分からなかったんだけど、なんとか上手くいって良かったよ」
ワレスでアルナという男相手に使った桜花。俺が自分の意思で生み出した初めての魔法だ。そう思うと少年心をくすぐられるものがあった。
「そうか……俺、魔法使えたんだな」
今まで攻撃に使っていた光槍等は光という属性の魔力を何となく長細くするイメージで打ち出していただけだ。しかし今回の桜花は明確に攻撃を防ぐために桜の花を咲かせる、そのイメージの下に発動した自作の魔法だ。
「まあ、とは言っても自動防御魔法がベースになってるわけだから本当に自分で使えたのかと言われると怪しいけどな」
「魔法なんてそんなものですよ。先人が生み出したもの、自分が元々使えるもの。それにちょっとした変化を加えて作り出す。サクライは立派に魔法使いとして成長しました」
そう言って優しく微笑むアイラ。最初にアイラに教わった魔力、想像、きっかけ。そして旅の期間にしてもらった色々な指導。それがここに来て実を結んだんだな。
「……ありがとな、アイラ」
一瞬ぽかんとしたアイラだったが直ぐに理解して笑う。
「いえ、私がしたのはきっかけ作りだけですよ……。本当ならサクライをおばさまのところに連れて行って修練をつけてもらえればいいのですが……」
「おばさま?」
聞き慣れない人物に顔に疑問を浮かべるとアイラが照れたように髪をかきあげる。
「おばさま……私のお母様の妹のトーア・エルスタインです。巫女であったお母様と違って無数の魔力を持っていたわけではないのですが、類稀なるセンスと柔軟性で数々の2属魔法を生み出した魔法研究家……私が最も尊敬している大好きな人です」
そう語るアイラの目は優しげに細められており、本当にその人のことが大好きなのだと伝わってきた。
「そっか。そんな凄い人なら俺も会ってみたいな」
「はい……いつかサクライにも紹介しますよ。私の氷魔法もおばさまが最も得意としている魔法だからというのが習得のきっかけなんです」
「へえ。おばさんも氷魔法を使うんだな」
「はい。……小さい頃は本当に可愛がってもらいました」
なんだか親戚というより、兄弟とか親子みたいだ。そんな親しい存在がいてくれているから母が無くなってしまって尚、こうしてアイラは今も頑張れるのだろうか。
「はぁ〜。話をしていると会いたくなりますね……この状況じゃ叶わぬことですが」
寂しそうに目を伏せる。確かに手配中の今は血縁の者には監視もついているだろう。そう簡単には接触できないかもしれない。
「どこら辺に住んでるんだ? やっぱりライバーン?」
皇后の妹であればやはり王宮の近くに家があるのだろうか。
「いえ……おばさまはライバーンがあまり好きではなく、西の方に家を建てて1人で暮らしています」
「そうなんだ? 結婚はしてないのか」
「ええ、私の知る範囲では一度もしていなかったはずです。魔法の研究が好きな人ですから、そういったことに興味が無いのかもしれませんね」
かなりストイックな人のようだ。アイラも1人で聖地で祈り続けたり、かなりそういう所があるのはこの人似たのかな。
「西にも聖地ってあったよな」
「はい。西にはトウトウ聖丘が」
「どうせそっちに行くならさ、顔だけでも見ていくのはどうだ?」
「え?」
虚をつかれたようにきょとんとした顔をする。
「俺とギンとの3人旅だと気も中々休まらないだろうし、血の繋がった人と過ごすっていうのも大切な時間だと思うんだ」
実家に帰った時のなんとも言えない安心感。それは自分が苦しい時であればあるほどじんわりと心に染み入るものだ。
「い、いえでも……。私が行ったら迷惑がかかるかもしれませんし、そもそもおばさまにも監視がついていると思いますし……」
「監視はまあ何とかなるだろ。おばさんはアイラが顔を出したら迷惑がるような人なのか?」
「いえ! そんなことはありません!」
「だろ? なら、アンサン聖池の祭壇の後は西のトウトウ聖丘を目指そうぜ」
「サクライ……」
にっと笑いかけてやる。
アイラに必要な時間は大切な人との触れ合いだ。こんなに優しい女の子が俺みたいな男とだけ旅をしていていいはずが無いのだ。
「……分かりました。次の目的地はトウトウ聖丘にしましょう。でもおばさまの件は少し考えさせてください」
「ああ、それでいい。それにまだアンサン聖池の祭壇にすら辿り着いてないわけだしな」
出発してから大体5時間ほどが経っただろうか? 祭壇はまだ全くその姿を見せない。
「今のペースだと夜には辿り着けるかどうかというところだと思います。ギンさんだけなら直ぐに行けると思うんですけどね」
「わふ?」
俺の横にいたギンが首を傾げる。
「さっきのロデオを祭壇まで続けるってのは厳しいな……走るギンから落ちたら擦りむく程度じゃすまないだろうし」
「地道に歩いていくしかありませんね……」
ピクリとギンが池の方を向いた。唸ってこそいなかったが警戒しているようだ。
「どうした? まさかウガメルが……」
また来るのだろうか? アイラと俺も腰を上げていつでも動ける体制を取る。
ザバアアッと水を割って現れたのはやはりウガメル。アイラの氷葬槍によって大ダメージを負ったはずだが、パッと見たところその傷は見えない。
「……この湖は聖地の魔力で満たされています。聖獣はあれほどの傷でもこんな速度で回復できてしまうというのですか……」
「これじゃあまた……!」
「わふ」
しかしウガメルがこちらに対して魔法を放ってくることは無かった。ギンがトコトコと近づいていく。
「ギ、ギン?」
「ワウ! ワフワフグワゥ!!」
岩場の端まで行くとウガメルに対して何かを伝えるように吠えていた。
会話できるの??
「あ、サクライ……ウガメルが」
ゆっくりとした動きで身体の向きを変え、岩場に横付けをする巨大な両生類。
「わふ!」
ギンがこちらに振り向きひと吠え、ぴょんと岩場から飛び降りウガメルの背中へと乗ってしまった。
うっそーん……。
「これ……私達も乗れってことなんですかね……?」
「……信じられないけどそういうことなんじゃないかな……」
恐る恐る近づいていくが、特に聖魚がこちらに攻撃してくる様子はない。
「……どうする?」
「ギンさんが交渉してくれたようですし……乗るしか無い、ですよね」
そうですよねえ……。
「サクライ、行きましょう」
「あ、ああ」
そうしてアイラに手を引かれウガメルの背中に飛び降りる。着地寸前でアイラが風の魔力で勢いを緩めてくれた。
ウガメルの背中は意外にも乾いており硬かった。ギンが何かをウガメルに伝えるように吠えると、その巨体が動き出す。
「うおっ……」
「この方向はまさか……」
「ンワフ」
ウガメルは俺らを乗せたまま、斜め前に。俺達が目指していた祭壇の方向へと泳ぎだしていた。
「ギンが頼んでくれたのか?」
「わふ!」
肯定であろうひと鳴き。そうか……聖獣同士、なにか通ずるものがあったのだろうか。
「これなら直ぐに辿り着けそうですね……ギンさんもそうでしたが、聖獣は皆こうなのでしょうか」
「どうなんだろうな……」
負けた相手に従う。ヤイタ狼ゆえの性質だと思っていたが、そうでは無かったのかもしれない。
こうして1日がかりの祭壇への道は、突如現れた聖魚によって大きくショートカットすることができたのであった。
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